2020/07/18 のログ
シュルヴェステル > 「言葉は余計なものを伝えすぎる」

言葉を交わし、気持ちを伝えることを良しとする男とは対照的に。
シュルヴェステルは、何も伝えないことを本来良しとしている。
そこに「ある」ものだけを「ある」ものとして扱っていた。

言葉は、そこにないはずのものまで伝えてしまう。
本当だったら聞こえるはずもない、相手の心の声を知れてしまう。
本当だったら「嘘」なんてものも生まれる余地がなかったように。

それがなければ、この世界からいくつか苦痛が減っていたかもしれない。
青年はそれを良しとしている。それが彼の抱く理想だ。
互いに何も言わず、互いに生存でのみ他者と関わる機会を得られる。
……この世界の全員が「言葉」を使うここでは、まさに夢物語だけれど。

だから、少しだけ歩み寄った。
伝えることが正しいのであれば、せめて嘘のないようにと。
それもそれで難しいということを知ったのは、つい最近のことであるのだが。

「……それも、この世界から《門》を辿ってやってきた人間に、壊されてしまったが」

自嘲するように少しだけ吐息に笑いを混ぜてから、
固い正方形の氷が丸くなり、汗をかいたグラスに手を伸ばした。

「ああ、いいや。
 ……嘘のない言葉は、それだけで心地がいい。まだ、と付け加えるが。
 届かないから、戻らないから焦がれるのかもしれないと思っていた。
 だから、少しだけ。……そう言われるのなら。帰郷を夢見ても、いいかもしれない」

たとえそれが。
戻った先が、言葉溢れる世界であるかもしれなくとも。
……もう、どこにだって楽園がなかったとしても、心の底から。

そこに嘘はなく。

ヨキ > 短い言葉に、ふむ、と呟く。
相手の顔をじっと見るうちに、気付く。

「そうか。
つまりは、口を結んだ君の表情――それが、君の世界でのあるべき姿勢だったのだな。
であれば、言葉も、表情もなければ……この街では、居づらくもあろう。

……いやはや、済まない。ヨキは君のことを、少し誤解していた。
君の寡黙さは、居心地の悪さや、不自由から来るものとばかり思っていたから。

君はただ、かく在るべしという美徳を体現していたに過ぎなかったのだな」

その顔に、どこか安堵が交じる。
けれど、続くシュルヴェステルの吐息に、眉を顰める。

「――壊された? 地球人が、君の世界の在り方を壊したと? それは、」

悪夢だ、と。ハーブティーに口を付ける間際に、微かに呟く。

「……ヨキは嘘が吐けぬでな。何もかも、言葉と顔に出る。

君の善き隣人で在りたいと思うことは本当だ。
たとえそれが、どこかで毒や剣の錆に繋がってしまうとしてもな。
ヨキにはそうする他に、生きる手立てがないから。

……異邦人は、故郷を失い。
地球人もまた、故郷が様変わりした。
避けられぬ板挟みなら、少しでもより良いように、と願わずには居られない」

シュルヴェステル > 「…………?」

珍しく。本当に珍しく、目を丸くした。
瞬きを数度したのち、不可解なものを見るかのような表情を浮かべ。
咳払いを一度だけしてから、おかしそうに表情を少し緩める。

「あ、ああ。……不慣れなんだ。もとより。
 その必要もないから、しないだけ。そうか。これも、違和に繋がるか」

困ったように眉間を抑えてから、深く息を吐いた。
本人の視界には一切なかった知見であったらしい。頭を片手で抱える。

「これ以外を知らな……い、というわけではない。
 が、そうまで努力ができなかったというだけの、話でしかない。
 私の怠惰ともいえる。……美徳というよりは、変えられる部分ではない」

「『言葉』という発明は、未開の異世界にとっては驚くべきものだった。
 ……停滞を保っていた文化に、外からの刺激が与えられたとすれば。
 一体誰を恨めばいいのやら、と。今も夢に見る。
 持たぬものに与えることを善行だと、少しも疑わない毒婦の夢を」

自分の分の伝票だけ手に取って、ゆっくりと立ち上がる。
氷の溶け切ったハーブティーを、一息に飲み干した。

「……ああ。私も、私を損なわない程度の妥協と譲歩を。
 この島で、覚えなくてはならないと強く認識している。
 そのために、貴殿という隣人が、剣の錆を厭わなくとも居てくれるというのなら」

すれ違いざまに、小さく。
ああ、最近は。修道院などに足を運んでいるせいだろうか。
どうやら、少しだけ自分にも祈りというものがわかるようになった気がする。

「それは、祝福に違いない」

剣の錆となることを恐れないでいてくれるのであれば。
正しく、畏れを識る隣人が一人増えるというのであれば。

……雨足は、足早に立ち去っていった。

ご案内:「異邦人街」からシュルヴェステルさんが去りました。
ヨキ > 「……ふ、はは。済まぬ、これもまた、言葉による考えすぎだ。
可笑しくば、笑うといい。困ったときには、困った顔をすればいい。

ヨキはこうして、勘違いと失敗を繰り返してきた。
そうまでして、歩み寄りたいと思うのだ」

笑う。笑うと、獣に似た歯が見える。

「…………。そうか。言葉によって、君の世界は様変わりした、のか。
なるほど、確かに毒婦だ。……そしてそれは、ヨキもまた」

教師として、安寧という名の毒を注ぐ悪霊。

まだ半分ほど残ったハーブティーのグラスを置いて、シュルヴェステルを目で追う。

「我々はみな、招かれざる異邦人が独りずつ。
だとすれば――各々の故郷を守りながらに、支え合うこともまた夢ではない。

ここには戦場ほど奪う者もなく、少しの妥協と譲歩で保ってゆける。
……惰弱と謗られようとも、そうして堅固を保つ街なのだ。

また『言葉を交わそう』、シュルヴェステル君。
ヨキらはきっと、うまくやってゆけるさ……それなりにな」

言葉に対して、恐れと畏れを等しく抱く身なればこそ。

シュルヴェステルを見送ったのち――少しして、ヨキも店を後にする。

ご案内:「異邦人街」からヨキさんが去りました。
ご案内:「異邦人街」に羽月 柊さんが現れました。
羽月 柊 >  
「ええ、爪切りはこれで…。
 いえそんな、私に出来ることがあれば何なりとお申し付けください。」

異邦の街。
立派な馬舎のような建物がある所から男が出て来て、愛想笑いをしている。
外向けの顔、外向けの言葉。
丁寧に頭を下げ、扉が閉まるのを待つ。

……小型竜が専門だというに、客の所で昔の知識柄でつい普通の竜の話に口を出したのがまずかった。
知り合いの竜乗りの飼竜のメンテナンスを頼まれたのである。


扉が閉まった後頭を上げると、じゃれつかれてぼさぼさになった紫髪を手で梳いた。

羽月 柊 >  
外は夕暮れ。

営業やら客への巡り仕事がひと段落を迎え、
セミの声が鼓膜に張り付くような中、帰路を歩いている。

どこかに寄ろうか、そんなことを考えながら。

異邦人街は歩き慣れた。
紫髪に桃眼の自分の見目では、こちらの街に居てもさほど不自然には思われない。

「……寄る場所が一つ無くなったんだったな…。」

とある家の前で足を止めて見上げていた。