2022/10/23 のログ
角鹿建悟 > 後は、戻って報告書を纏めて提出――したいが、体が重い…と、いうか一歩も歩けない事に気付いた。

(……限界か?…まだ動けるだろう…せめて、きちんと報告はしなければ)

その意志に反して、全く体が動かない。時間をオーバーしたのは反省点だが、仕事はきっちり果たした。
ずっとここに留まっていてもしょうがないのだが、意思に反して体は動いてはくれない。

「―――クソ…。」

誰も周囲に居ないからか、珍しく小さく悪態を零しながらその場に座り込む姿勢。
…状態が回復する見込みは薄いが、せめて歩けるまでは何とか回復しておきたい。
さっさと誰かヘルプでも呼べばいいのだろうが、任された仕事はきっちり最後まで一人で終えたい。

「――……ここがこうなった事情は…知らないが…。」

元の形に復元された修道院を見上げる。完璧に直した…予定より時間はオーバーしたがそこは文句は無い。
だが、まだまだだ…肉体のコンディションは大事なのは言うまでも無いが、それでも出力が”落ちすぎ”だ。

「――こうしている間も、また何処かが派手に破壊されているんだろうか。」

――そうだとしても、地道に1つずつ直していくしかない。いたちごっこだ。
自分の行動が取るに足らないものだとしても、こうする事しか自分は出来ないから。

ご案内:「異邦人街 - 廃墟となった修道院の場所」に言吹 未生さんが現れました。
言吹 未生 > 硬質な足音は、その背後から。

「――君。よかったら、これを」

異邦人らの営む店で買った、賦活薬(ポーション)の瓶を差し出しながら言葉を投げる。
讃えるべきかな異界の薬学。
材料や味わいについては―― 一考の余地があるかも知れないが。
少なくとも回復薬を謳って発売されているものだ。それも表通りで。
問題はない、だろう。多分きっと。

「全快とまでは行かないが、そのまま倒れる事は避けられると思うよ?」

見ようによっては、彼よりもなお不健康そうな白皙を傾げながら。

角鹿建悟 > 「―――…?」

聞き覚えの無い声(そもそも知人友人が殆ど居ないのだが)に、そちらをやや怪訝そうに振り返る。
そうすれば、相手にも虚ろにも見える憔悴しきった銀瞳や、両目の下の色濃いクマも見えるだろうか。

「……これは……。」

首を緩く傾げつつも、彼女から一度瓶へと視線を落とす。…賦活薬――ポーション、だったか。
薬学方面の知識はそこまで精通していないが、それくらいは理解したようだ。
材料などは、そこまで正直考えるほど余裕が無い…と、いうか思考が鈍っている。
勧められるまま、取り合えず蓋を開けて中身を一気に煽る…味は…まぁ、こんなものだろうとは思っていた。

「…ん……。有難う、誰か知らないが助かった。」

仏頂面のままではあるが、礼儀は弁えているのできちんと頭を下げてお礼を述べる。
とはいえ、直ぐに立てるほど素早く効果が浸透する訳ではないし、全快する訳でもない。

ただ、明らかに体が軽くなって来たのは実感できる。”回復の術式や薬が効きにくい”自分には破格だ。

「……ところで、アンタは何でこんな場所に?風紀…という感じではなさそうだが。」

言吹 未生 > 隈に鎧われた朧な銀の揺らめきに、灰曇りの一つ眼はひとつ瞬きをして。
素直に薬を受け取って嚥下し、これまた素直に礼をする彼に、漸くにこりと眦を緩めてみせた。

「なに、今は単なるお節介な野次馬さ」

誰何にはひょいと肩を竦めてみせる。
実際、破壊の爪痕に来たところで、自分に出来る事などそうはない。
かの破壊者『パラドックス』が、常世渋谷での一件に先んじて破壊したという場所。
何かの手掛かりなり残っていないかと。
身も蓋もない言い方をすれば、現場を漁りに来たところ、それらが“巻き戻る”のを見た――。

「そう言う君は、さっきの術式――いや、異能かな。あれからして、生活委員、と言うやつかな?」

それは、この島に生きる人々の生活と、島のインフラにまつわる諸事に携わると聞いている。

角鹿建悟 > 特徴的な隻眼を、些か不思議そうに見上げていたが…元々、落ち着いた態度と仏頂面なのもあり。
直ぐに不思議そうな面持ちも静謐に沈む。隻眼が珍しい、という訳ではなく――…

「…その”お節介”に助けられた事があるから…野次馬でも何でも、感謝は感謝だ。」

ひょいっと肩を竦める仕草の彼女に対して、男は硬い、というかクソ生真面目な態度だ。
元々、堅物なのもあるが彼なりに相手に向き合おうとしている…そこは、以前には無かったもので。
自身の能力の事や所属を聞かれれば、隠す事もなく…そもそも、調べれば直ぐに分かる情報だ。

「――いや、異能だ。俺は魔術は二種類しか習得していないから。
…生活委員会で間違いない。…2年の角鹿建悟、主に修復や修繕作業を多く担当してる。」

勿論、生活委員会としての他の仕事もきちんと行っているのだが。
能力や適性から、男はこういう建造物や物体の修復作業が殆どメインの仕事になっている。

「――差し支えなければ、そちらの名前を聞いてもいいか?」

と、一応相手の名前は聞いておきたいのでそう尋ねて。可能なら賦活薬の分の礼もしたい所だが。

言吹 未生 > 「どういたしまして。――律義者だねえ、君は」

くつくつと肩を揺らして笑う。
からかうような所作だが――この塵世に於いて、あまりに好ましいものを見た日には、
ついつい不実に扱ってしまいそうにもなる。

「1年、言吹 未生。委員会の類には入ってないし、そのつもりもない。どこにでもいる昼行燈だよ」

相手から名乗られた上に訊ねられれば、そう返す。
……嘘は言ってない。
少女は自身が生産的な存在であるなどと、微塵も考えていない。イコール昼行燈。
“口にしていない”部分は、そもこんな行き逢いの世間話で出すものじゃあない。

「しかし、修復が出来るともなれば、かなり忙しいんじゃないかい?
 最近はやたら方々で、何かとぶち壊しまくってる手合いがいるって言うし――」

そんな世間話の延長として、一つでも“奴”の情報を仕入れようと言う辺り、己も中々に業が深い。

角鹿建悟 > 「――そうか?よく分からないが…礼を述べるのは別にあたり前の事では?」

何かおかしかっただろうか?不思議そうに真顔でまた首を傾げる。
好ましい、と思われていることすらピンと来ていないのだろう。実際察しは良くない。
と、いうよりも人の感情の機微をあまり理解できてない不器用さなのだが。

「…そうか、まぁこれも何かの縁という事でよろしく頼む、言吹。」

名乗りに名乗りを返されれば、素直にそう口にして。嘘や本当など、彼には分からない。
初対面なのもあるが、そもそも――嘘だろうが本当だろうが、目の前に居るのは変わらないからだ。

「……そうだな、この現場の前に20件ほどこなしてきたが。
…まぁ、流石に疲労が蓄積し過ぎていたので、正直ありがたかった。」

ぶち壊しまくっている手合い、という言葉に首を傾げて…ふと気付いた。名前は確か。

「…パラドックス…と、いう名前だったか?俺はよく知らないが、あちこち派手にやっているようだ。」

淡々と口にする。少年は彼の事など何も知らない。破壊者など――自分とは”対極”過ぎるのもあるが。

「―――正直、直す側のこちらが追い付かない状況だが…だからといって、やめる理由にはならないからな。」

言吹 未生 > 「その当たり前が出来ない人間が、なかなか多いのさ。
 ――“ゴミをゴミ箱に捨てる”と言う当然の事さえもね」

それは、この前会った探偵の言葉をなぞるように。

「ああ、こちらこそよろしく。角鹿先輩」

先輩、と付ける割に口調の軽々しさは最初と変わっていなかったが。

「20件――それを、全部一人で?」

半ば呆気に取られたように繰り返す。
それに続いた破壊者の名――“それ”がもたらした惨事の容たるや、つぶさに被害を数えるのも嫌になるぐらいだ。
そうしてそれを直しても――またぞろ壊されてしまうかも知れないのに。

「……それは、生活委員としての責任感、なのかな?」

昼行燈の野次馬如きが、改まって聞く事じゃあないだろうに。
聞かずにはおれなかった。
言わば不毛とすらなじられるかも知れないその行いを。
やめる理由にならない理由を。

角鹿建悟 > 「…そうか。俺は普通に捨てているからそこはあまり意識した事は無いが。」

ゴミはゴミ箱に捨てるもの。生活委員会の一員、という以前にそれは当たり前の事だから。
その言葉に含みや別の意味があるにせよ、無いにせよ…男としてはそう答えるだけだ。

「…先輩、と呼ばれるのはあまり慣れないが…まぁ、それは兎も角…。
……少ないか?本当なら30件くらいはこなしておきたかったんだが…。」

さらり、と。そんなとんでもない事を真顔で淡々と口にする男である。
勿論、軽口でも冗談でもなく――男は本気だ。直す事に一切妥協はしない。

勿論、生活委員会で他に修復技能や術式、異能を持つ者は存在するし彼だけではないが。
直す事に特化しているとも言える男のソレは或る意味で群を抜いているとも言えなくも無い。
能力が強力、という以前に――直す事への狂的な執念が他の同僚を凌駕しているだけだ。

「――責任感?無いでもないが…俺がやりたいし、やるべきことだからそうしている。
――そもそも…俺には”これ”しか能が無いからな。だったらやるべきだろう。」

それが当然のように、歪でも滑稽でも、先に待つのが■■だとしても、だ。
そこは一度挫折してもまだ揺るがないし、また折れる事も無い。

言吹 未生 > 「皆が思う以上に、普通の価値とは尊いものだよ。
 普通に食事をして、普通に友人と語らって、普通に夜が明けて目が覚めて――」

その普通が、ここ数日で一体どれだけ喪われたのか。
一つ眼が、刹那あまりに遠過ぎる景色を幻視して――かぶりを振って立ち戻る。

「……まるで労働中毒(ワーカホリック)だな。
 何か直す前に“貴方”自身が壊れたりなどしないよう、気を付けてくれよ?
 先程の様子からして、その異能は自身には応用出来ないんだろう?」

仮に出来たとすれば、見事な永久機関が顕現する訳だが――まあ、世の中そんなに甘くはない。

“やるべきことだからそうしている”。
それは一箇の信念――否、神格不在の信仰とすら言える。
狂犬は気付かない。
他者のそれに危うさを感じながら、己もまたその狂信者であると言う矛盾に。

「……自分を卑下するものじゃない。貴方は素晴らしい人さ、掛け値なしに。
 だからこそ――少し《休養を取るべきだ》」

それは呪い。【圧魄面説】。
生きとし生ける者の意識に働きかけ、我が意を通させる異能。
多くの咎人を裁く為、あるいは尋問する為に使って来たそれを。
今はただ――まったく、ほんのお節介の為に。

角鹿建悟 > 「――食事は栄養取れればいいし、友人はあまり居ないな…夜明けで目が覚めるのはまぁ、そうだが。」

――そう、別に男は”普通”ではない。実際、生活感という意味では薄い。
だから、彼女の言う”普通”に該当している、とはお世辞にも言えないのだけれど。
ただ、当たり前の事は当たり前にやる程度の分別は付けているつもりだ。

「―――どうだろうな…一度挫折した事はあるが。
…そもそも、俺の異能は”生物は治せない”。自分も含めてな。それが絶対の制約だ。」

そう、それが男の異能の最大の欠点で制約でもあるのだ。
物体や建造物なら直せる。死体ですら”肉の塊”という扱いで適用されて綺麗な状態に出来る。
だが、生きているモノは例え微生物レベルであろうと男は治せない。
何故なら、【直す】力であり【治す】力ではないのだから。それだけの事だ。

そう、世の中そんなに甘くない――男が人を助けたいという願いも、能力のせいで満足に叶わない。
間接的に直す事で誰かを助ける事は出来るだろう。だが、それは本来の望みではない。

――だから、男は歪んでいる。直す事にその分、全てを費やしかねない程に。
そして、その言葉に不意に体が傾いだ気がする…いや、傾いで入る。

「――言…吹…!…アンタ、何を――し、た…?」

その呪いに抗う術は彼には無い。それでも、素直に屈しない辺りは相当のものだろう。
休息を取るのは当たり前で、彼も疲労や空腹、眠気の蓄積でそうするべきだとは理解している。

だが、このように――彼女のはお節介のつもりであっても、呪いで屈服させられるのは許容できない。
それでも、意識が呪いにより段々とそちらへと傾いて――だから、舌をグッと噛んだ。

「――っ…!」

その痛みで無理矢理意識を叩き起こす。この時点で常軌を逸しているが、彼は迷わずそうした。

「――アンタの気遣いなら素直に礼を言う…だが…屈するのは御免だ。」

唇の端から血をぽたぽたと垂れ流しならも、静かに彼女を見上げる視線は揺るがない。

言吹 未生 > 何をしたのかって――?

「善意――いや、お節介さ」

意識に叩き付けられた命令文に揺れ傾ぐ彼に、またも肩を竦めて見せた。
自分を含め、生物は治せない。自己回復の手段がないならばなおの事と。
少女は白面で独善を紡ぐ。

「ああ、爾後の心配はせずともいいよ。ちょうど直った修道院もある事だし。
 そこへ運んで人を呼ぶくらいの手間を――」

惜しむほど、ろくでなしじゃあない。
そう返すよりも早く。
強い衝撃に、干渉が絶たれる。
口の端から雫を生す血潮に、まるで己までもが舌を噛んだような――苦を含ませた貌をして。

「…礼が欲しかった訳じゃないよ」

その残滓を振り払うようにして、踵を返す。

「貴方のような人が、この街には必要だ。
 ――ただそれだけの事さ」

だから自重すべきだと。言ったところで止まるまい。
もっとも自分の言葉程度で、取り返しのつかぬ火もまた灯りはすまい。
よってこれは単なるいじけた子供の捨て台詞――。

角鹿建悟 > 「――お節介を要らない、とは言わない…むしろ、俺には勿体無いくらいだ。」

それは本当だ。そもそも、一度”やらかしている”己を気に掛けてくれた人達が居た。
それに報いたいと思いつつ、しかし自分自身を見つめ直しても根本の歪みは未だそのままで。
彼女の独善であろうと何だろうと、そこには彼女の思惑がどうであれ感謝しよう。だが――

「――その手間は省けたみたいだな…強いショックがあれば、どうやら干渉は解けるらしい…。」

あくまで意地と矜持と、破れかぶれも混じりはしたが…それでも、確かに呪いを跳ね除けた。
勿論、思い切り噛んだ舌からの出血は、酷くは無いが軽んじていいものでもなく。

「――別に俺は必要とされたい訳じゃない…。ただ、この異邦人街も、学生街も…落第街も。」

直すと”約束”したのもある。ただ、それだけではない――自分に出来る事はそれしかない。
決め付けている、視野狭窄とも取れるだろう。だが、故にその執念は狂的なのだ。

「――アンタだってそうだろう…言吹。俺の勘違いかもしれないが…。」

――アンタだって揺るがないモノを抱えているのだろう?と。それは言葉にはならず。
ただ、踵を返して立ち去る後姿を眺めるくらいしか出来なかった。

(…流石に、強がってはみせたが限界、か――)

素直に呪いに屈していた方が楽だったろうに我ながら馬鹿だとは思う。
だけど、譲れないモノは譲れないし――屈せないものは屈せないのだ。

ぼんやりと、霞む視界に隻眼の少女が溶けて消えていくように。
――同時に、プツン、と限界を迎えた男の意識はそこで途切れた。


――暫くして、終了報告が挙がっていない事に気付いた上司に派遣された同僚が、彼を見つけて慌てて連れ帰ったのはまた別の話で。

ご案内:「異邦人街 - 廃墟となった修道院の場所」から角鹿建悟さんが去りました。
言吹 未生 > “勿体無い”“これしか能がない”。
彼の口から来るのは、彼自身に対するないない尽くしばかりだ。
それを引き剥がすのは容易ならざる事であり、己の領分であるはずもない――。

「――――」

遠ざかる背で聞いたそれに、少し俯いて。

「そうだね。僕も――」

必要とされたい訳じゃない。
欲するのは、成さんとするのは、罪に対する罰。過ちに対する報い。
誰の為でもない。
“今ここに息づいている誰の為にもならない”。
直し、取り戻す彼とは、まるで相容れぬ――。

「…だからこそ、貴方はこの街に必要なんだよ――」

聞こえはしないだろうが、もう一度繰り返す。
破壊の後、人々の日常を――たとえ生命はそこから取りこぼしたとしても――蘇らせる為。
独善たる助けの手を振り払われた狂種は、ただとぼとぼと、似つかわしくもない日常の片隅へ――。

ご案内:「異邦人街 - 廃墟となった修道院の場所」から言吹 未生さんが去りました。