2020/08/15 のログ
エコー > 耳で聞けば石が風化し砂のように散り散りになる音が、鼻で感じれば生き物の残滓が無くなった自然の香りが。
その触覚(手)には、確かに石となった蟷螂を穿ったという感触が得られよう。
周囲から何も感じなくなることこそ、消滅の確認なれば。

「しにがみ……」

己はついつい、情けなくもへたり込んだままだった。
不鮮明な『彼』か『彼女』か分からない風来坊な出で立ちは、先のように凛とした形は鳴りを潜める。
口元を緩めた隙間から零れた言葉は、あまりに柔らかかった。

「……私にも見えるんだなぁ、死のお誘いが来たのかな。
 それとも死が間近にあるから救ってくれたのかな。神様っているんだねぇ」

嗚呼、呑気にそう口にする。彼はきっと、彼に関する重大な情報を朧げに口にしてくれたのだ。
言語化し、上手く形にしようとするそれは、夢うつつの出来事のよう。

「――私、死ぬって言うのが人の定義と違うんだけど――キミはそれでも死を感じ取ってくれるんだね。私にとっての死は異なるものだけど、神様は平等なんだなあ」

手を伸ばされ、ふっと笑いながら取ろうとする――しかして、掴むことは能わず。
すり抜けた手をふらふらとさせながらよいしょっと、だなんてのんきな掛け声と共に自力で立ち上がった。

「私、実は人間じゃあないんだっ。こうしてカメラに投射された立体映像なのです!
 人間みたいなアバターを持った電脳生命体、疑似人格を持つ妖精、山彦。

 私はエコー。あなたの名前を教えて?」

 今度は自分から手を伸ばす。触れられないと言っておきながら、疑似的に握手を求めた。

九十八 幽 > 「──……生を終えることが 即ち死では無いからかな 無いからかも
 終わるということ それそのものが 多分《死》という言葉になっているんだろうね
 ……実のところ 自分でもよく分かっていないんだ
 ただ そうである と思い出しただけで 誰に言われた訳でもないものだから」

緩やかに笑みを浮かべていたが 自分の手が相手の手をすり抜ければ目を見開き
二、三度まばたきをした後に 相手が人間ではないと聞いて

「ははぁ、なるほど なるほどね
 そういう事なら きっと君が“僕”を呼んだのかな」

静かに一度目を閉じてから又開き エコーが引き連れていたドローンへと目を向ける
小さく微笑み掛けると 再びエコーへと向き直って

「エコー エコーというのだね
 
 ──……嗚呼 終わってしまったや
 九十八 幽というよ 
 数字のきゅうじゅうはちと書いて にたらず
 幽霊のゆうで かすか」

静かに自分の胸に 手を当てて名乗った後は
差し出された手に重ねる様に そっと手を差し出して握手の真似を

エコー > 「じゃあキミは、きっともっとすごい何かだったのかな。
 私、むつかしいことはよくわからないけど、なんかすごい! っていうことだけは分かるから」

 手をひらひらと見せびらかすように振る。女は悪戯の成功した子供の用ににししと笑った。

「ここにはきっと、私以外ロクに話せる人がいないから、たぶんそう。
 私を死から救ってくれてありがとう、幽」
 
 抜き身の刀から鞘に納めたように、音は再び変化する。どことなくその笑顔は安心する。

「えっへっへ。これでも常世学園で教師をしているんだ~。キミはたぶん生徒でしょ?
 便宜は図るよ~素行良しって花丸付けてあげる!」

 そうしてふわふわとした君に手を重ねる。握手の真似事、実在はないし感触も無い。ただ触れたという形式だけは己のログに書き加えられた。

「……まあここから脱出出来たらなんだけど」

九十八 幽 > 「どうなのだろうね それも分からないんだ
 すごいのかもしれないし 案外 すごくないのかも
 それでも 君たちを助けられた様で良かったよ」

穏やかに微笑みながら 一度視線を蟷螂が居た箇所へと向ける
もう何かが在った痕跡すら無い場所 其処へと労るような眼差しを向けて

「ああ いや、エコーもだろうけれど
 きっとこの子たちが 呼んでくれたのかなって」

落ちているドローンを拾い上げ どうなっているのだろうと見回して
特に壊れている箇所も無ければ そっと抱えたまま微笑むだろう

「へえ へえ!
 エコーも先生をしているんだね これで授業以外に先生とお話しするのは三人目
 そういうつもりで助けた訳ではないのだから 少しだけ困ってしまうね」

重ねた手をそっと離し 自分の頬へと当てる
そして静かに一度目を瞑り 小さく腰元の鈴の音を転がして

「そうだね 此処を出よう 出ないとね
 上手く行くかは保証出来ないのだけれど 算段が無い事も無いんだ
 ──……もうすぐ盆も終わるから 現世から常世へと戻らないとならないね」

静かに目を開くと 懐から燐寸と線香を取り出して
心残りは無いかを 静かにエコーへと訊ねるのだった

エコー > 獣も蟲も存在しない。ここにあるのは石のように堅い樹木と地面ばかりで、無機物ばかり。
己もドローンもまた同じなれば、生きている者はあなただけとも。

「え、コレが?」

ドローンを拾い上げれば、特に抵抗も何もなく持ち上げられる。
中身(きかい)の詰め込まれた重みがしっかりと感じられよう。

「……モノにも何かが宿るって降霊科の先生が言ってたけど、そういうものなのかな」

特に故障した様子もなく、機体やプロペラは傷はなく、付属しているカメラとライトにも特に壊れた様子はないようだ。

「でもでも、これは先生なりの気持ちだから! よきにはからえ!」

たっはっは~。女はあっけらかんとして笑い立てた。

「え、まじで!? やったやった!
 ……は、盆終わるんだ。現実から常世に戻るんだなあ……」
 
こういう時は、お茄子に乗って行くんだ。何となく知っているんだ。
線香の煙を頼って、白煙についていくように。

「うん、大丈夫! ここでも色々な発見と経験も得られたからばっちり!」

嗚呼、まるでひと夏の冒険をしたように、晴れやかに答えた。

九十八 幽 > 「そうとも 生あるもののみに訪れるモノじゃないだろうからね
 終わりは万物に平等に であれば死もまた平等だろうね
 早いか 遅いか それだけの違いでしかないのかも」

ぽんぽん 腕の中のドローンを撫でながら
静かに火を灯した線香を二本、三本 地面へと置き並べて

「うふふ ありがとうエコー先生
 でも多分 この場所での事は 自分はあまり覚えていないかもしれない
 先生が覚えて/記録していてくれれば良いのだけど 覚えていなかった時は
 その時は ごめんなさいね」

微かに 予感めいた物を感じる
この裏常世を後にすれば 殆どの事を忘れてしまう予感
それは この場所で思い出せたものがあった代償
本来居てはならない場所に居る為の 制御装置

幽は静かに笑うと 流れる白煙に沿う様に歩き出した
再び濃口を切り すらりと愛刀の刃を外気に晒しつつ

「それなら良かった じゃあ帰ろうか」

翳りなく煌めいていた白刃に線香の煙が絡み付く
ゆるり ゆるりと歩きながら 森の終わりまで差し掛かった時

「──此処が良いね
 それでは先生 お気をつけて」

一陣の剣閃を 線香の煙と共に遺しながら
下から上へ 天へと昇る道のように はたまた黄泉から地上へと至る道のように
ともあれ九十八 幽は裏常世の空間を切り裂いたのだった

───空間が 反転する

エコー > 生と死の概念は、何となく分かっている。分かっているだけで、こうして死(しょうめつ)の危機が訪れてようやく理解が及ぶ程度。
このエコーが死ぬ時と、ドローンが壊れる時は共にある。生物もまた同様で、脳が死ぬか肉体が死ぬか、それと同等の何かになるのだろう。
何にせよ、己はきっと得難い経験をしていたはずだ。是が非でも残しておかねばならない。
柔らかな彼の人を、覚えておかねばならない。

「まっかせて! 私、覚える事は大得意なの!
 絶対覚えているから、忘れても伝えるから! 学びを教授するのが先生の役目だもん!
 キミのことは絶対に覚えて置いておくからね。
 だから『あっち』でもよろしくね、幽!」

 機械であるが故に記録を得意とし、先生であるから伝える事を良しとする。
 なれば笑顔で答えるのは必然。ごめんなさいねと丁寧に添える声に、女はなおも元気に答えた。
 人非ざる者が跋扈する常世の裏側。都市の隣接するハザマの境界。
 様々なイレギュラーで迷い込んだ彼は、同じく迷い込んだ己と機械の悲鳴を聞いて助けてくれた英雄だ。
 アラートを鳴らせば装置として作動するように来てくれた存在を忘れてはならない。語り伝えねばならない。
 それが覚える者の役目である。

「え、ここ……はわっ!?」

 空間は断たれた。彼の後ろをついていた己達は、無機質な森から浮遊するように足取りが揺れた。
 白刃の煌きは道を作るように、黄泉路より戻ったかの神のように神話を辿って。

 空間は裏返り、逆さまに。

 カメラはどこまで捉えていたかは分からない。されど理解できる範囲で観測を続けていた。
 ホワイトアウトした視界が晴れる頃には、きっと我々は日常に戻っているのだろう。
 盆を越えた先へ、現世から常世へ戻るべく。

九十八 幽 > 「ええ 覚えていてくれると とても嬉しい
 よろしくね、エコー先生 またお話し出来たら良いな」


──りん、と 鈴の音が遠く響く
彼岸から名残を惜しむ様に 現世からの道を標すように

りん  りん     りん        りん

やがて鈴の音は遠く 離れ 薄れて
エコーはすっかり元通りとなった世界で 目覚める事だろう
それがどのような形であれ 傍に着流しの姿は無く


──ただかすかな線香の残り香と 小さな最後の鈴の音の幻だけ


こうして電脳教師は無事に裏常世からの生還を果たしたのだった

ご案内:「裏常世渋谷」からエコーさんが去りました。
ご案内:「裏常世渋谷」から九十八 幽さんが去りました。
ご案内:「常世渋谷 中央街(センター・ストリート)」に黒龍さんが現れました。
黒龍 > 「――何つぅか、学生街よりはマシだが…どうにも俺は浮きそうな場所だなこりゃあ」

ぽつり、と呟きながらスクランブル交差点の前で周囲をサングラス越しに黄金の瞳で見渡す。
基本的に落第街やスラムを拠点とし、偶に異邦人街などに足を運ぶ程度でそれ以外の地区はなるべく避けている。
とはいえ、偶にはこういう場所も悪くないと話だけは聞いていたこの常世渋谷へと来た訳だが。
本来の渋谷という街並みを全く知らないのもあり、男からすれば本物でも再現でも偽者でも何でもあまり関係はない。

「――しっかし、”年寄り”にゃどうもこの手の店とかはわかんねーなぁ」

見た目は人型でも実際は異世界の龍だ。こちらに来て早数年。多少は慣れてきたがまだまだ馴染んでいるとは言い難い。

黒龍 > 何でも、この島は本土と呼ばれる場所よりも気温や湿度が高めらしい。亜熱帯がどうの、と聞いた覚えがあるが正直あまり覚えてはいない。
一時期、精巧な偽造学生証で学生生活を送っていた事もあり、その時に色々と聞いた気もするが殆ど忘れている有様だ。

「――まぁ、そういうの俺ぁあまり感じねーんだけどな」

見た目が人型だが、中身は龍だ。暑さ寒さには滅法強い。
なので、こんな気温や日差しでも黒ずくめというスタイルだ。
…偶に通行人から奇異の視線で見られる事もあるが、まぁこの島は奇抜な格好の奴等も多いだろうから然程は目立つまい。…多分な。

ご案内:「常世渋谷 中央街(センター・ストリート)」にサクヤさんが現れました。
サクヤ > 「こ、困ります……、どいてください」

スクランブル交差点前からほど近い、忠犬「ロク」像前で何やら声と騒ぎが起こる。
見ればこの常世渋谷では珍しい巫女服の子供がチャラい格好の男子数人に絡まれている。
一見するとコスプレ、とも思えてしまう緋袴の子供は、行く手を遮る男子たちに明らかに迷惑していた。
誰かに助けを求めるように周囲を見渡すが、みな素知らぬ顔で素通りしていく。

もしかしたらサングラス越しに、黒龍とも視線が合うやも知れない。
無視するのも割って入るのも自由だが、さて。

黒龍 > 「―――あん?」

堂々と煙草を蒸かしながら信号待ちをしていた最中、近くから聞こえてきた声にそちらへとサングラス越しに胡乱げに視線を向ける。
――何やら、変な犬っころの銅像の前で揉めているようだ。見れば、緋袴姿の子供が数人の男子たちに半ば囲まれているようだった。
少女は周囲に助けを求めているようだが、誰も彼もが知らん振りして通り過ぎていく有様で。

(――やれやれ、この手の馬鹿は本当に世界が違っても居るもんだな)

と、嘆息交じりの紫煙を吐き出しつつ。丁度スクランブル交差点の信号が青になり、男は歩き出した。
―――絡まれている少女の方へと、だ。

「――おい、そこのクソガキども…いい加減にしとけ、みっともねぇ。たかが小娘一人に何やってやがる」

と、そう声を掛ける。少女と視線が合えば、特にリアクションは取らないが男の言動と行動が雄弁と物語っているだろう。

サクヤ > それまでヘラヘラ笑って子供を囲んでいたチャラ男たちは
割って入った黒龍の雰囲気に気圧されてしまった。
すぐに気まずそうな顔して、『いや、俺達はその……』ともごもご口の中で言い訳じみた言葉をつぶやくと
『行こうぜ』と周囲の仲間を伴ってそそくさと去ってしまった。
あとに残された子供はポカンとしたまま、黒龍を見つめ慌ててお礼に頭を下げた。

「あ、ありがとうございます! 助かりました。
 あの、お礼をしたいのですがお名前を伺ってもよろしいですか?
 ぼくは、祭祀局員のサクヤと申します」

黒龍の雰囲気に気圧されることなく、ふんわりと微笑んでそんなことを言った。

黒龍 > (――何だ、情けねぇ。”ご挨拶”程度でビビってんじゃねーよ、タマ付いてんのかあいつ等は)

と、こちらの声掛けと姿に、何やらもごもごと口走っていたが、直ぐにその場をそそくさと立ち去る連中を呆れたように見送って。
ちなみに、どう見てもチャラ男な彼らよりこの男のほうが見た目や言動的にこう、チンピラ感というかヤクザというかマフィア的な空気が満載である。

「――あ~別に礼はいらねーよ。祭祀…局員ってのはよくわかんねーけどよ。
――黒龍だ。通称みてーなモンだけどな」

本名をそう気軽に名乗る気はないし、別に礼の類も要らない。そういう目的で助けた訳でもない。
単に先ほどの連中の態度が情けないというか気に食わなかっただけである。

「――んで、サクヤっつったか?ああいう手合いはこういう場所じゃ割りとゴロゴロ居るんだ。気をつけな」

サクヤ > ここが表通りの渋谷だったのが幸いしたのかも知れないし
明らかに危なそうな黒龍を警戒して勝てなさそうな相手だと早めに尻尾を巻いたのかも知れない。
まぁそれはさておき、

「で、でも……せっかく助けていただいたのにサクヤの気がすみません。
 ええっと……なにか……なにか……」

意外に食い下がるサクヤがキョロキョロと周囲を見渡すと自販機が目に映った。
急いでそこに小銭を入れて、冷たい緑茶と紅茶をそれぞれ買うと黒龍の前に引き返す。

「あの、よければどうぞ。お礼には足りないかも知れませんが」

そう言って冷たい紅茶の缶を差し出した。
黒龍が自分に忠告してくれるのを少し意外そうに聞いて、それから微笑んだ。

「ありがとうございます。心配してくださって、嬉しいです。
 その……こういった場所に来るのは初めてなので、警戒心が足りませんでした」

黒龍 > 少なくとも、敵意や殺気、攻撃や威嚇に類に該当する気配は出していないが、見た目や言動のせいだろう。
ともあれ、そそくさと立ち去った連中にもう一瞥も向ける事はしない。

「…お前さん、意外と食い下がるな――別に、礼を期待して助けた訳じゃねーっつぅか」

見た目に反して割と食い下がってくる相手にサングラスの奥の双眸を意外そうに丸くして。
と、近くの自販機にいそいそと小銭を入れて飲み物を買い込むサクヤを眺めていたが。

「――いや、だから別に礼は―――ったく、じゃあこれでチャラだ。それ以上の礼はいらねぇよ」

と、差し出された紅茶の缶をひょいっと手に取りつつ。しかし、最初少女かと思ったが…。

(…女…いや、男…?気配が独特っつぅか…両性か?)

と、内心で相手の性別に当たりを付けながらも表面上の態度には出ない。
しかし、こういう場所に来るのは初めてだとサクヤは言う…確かにそんな気はするが。

「――つぅか、そもそも何でここに来てんだ?所用か待ち合わせでもしてたっつーんなら分かるけどよ。
まぁ、若者に人気のスポットとかいうやつらしーから、来たくなる気持ちもあるんだろうがよ」

と、肩を竦めつつ。見た感じ、あまり俗世に塗れていないように思えるが。

サクヤ > 「はい、お礼を期待されて助けていただいたわけではないと思います。
 でも、だからこそその親切心に報いるべきだとサクヤは思います」

紅茶の缶を受け取ってくれた黒龍にほっとして、すすすと横に移動すると
自分もその場で一休みとばかりに緑茶のプルタブを開けた。
黒龍が自分の性別を探っているなど何一つ知らず、ニコニコしながらお茶を飲んで

「えっと、祭祀局……委員会のお使いでここまで来ました。
 でも、ここまで来れたのはよかったのですが、そこから先へ行くときに
 ちょうどあの人達に絡まれてしまって……。
 それから、お使い先……に行くのも、ちょっと、迷って、しまったり……」

恥ずかしそうにもじもじとうつむいて、弁解する。

「黒龍さんは、常世渋谷にはお詳しいのですか? なんだか、慣れた雰囲気を感じます」

黒龍 > 「――生真面目っつぅか律儀っつぅか…まぁ、いいけどよ。
どうにもお人好しっぽいが、ああいう時はちゃんと拒絶するかさっさと逃げるのをお勧めしとくわ」

ちゃっかり横に移動してきたサクヤを軽く見下ろしつつも、特にそこは何も言わず紅茶缶のプルタブを開けて一口。
まぁ、性別については別にどうだろうと些細な問題だろう。

「委員会の使い、ねぇ。……つーか迷ってたのかよ。なら、携帯なり何なりで場所の確認とかした方がいいんじゃねーのか?
あと、俺はここに来るのは今回が初めてだぜ。だから、悪ぃが俺に土地勘とかねーから道案内は出来ねーぞ」

慣れている雰囲気、と言わればそうでもない、とばかりに苦笑を僅かに浮かべて。
まぁ、もっと物騒な落第街やスラムで普段から暮らしていれば、このくらいは遥かに平和なものだ。
少なくとも。常世渋谷でもこの辺りは全然治安も良いとは聞いている。

紅茶を口に運びつつ、しかしサクヤが目的地にこのまま辿り着けるかも正直怪しい。
ややあって、一つ吐息混じりにこう提案しよう。まぁ暇潰しにはなりそうだし。

「んじゃ、さっきみたいなのに絡まれねーようにボディガードの真似事くらいはしてやるよ。
少なくとも。このままだとまーた変なのに絡まれたり道に迷ってそうだしよ」

サクヤ > 「はい、今度からは頑張ってお断りするか、逃げたいと思います!」

返事だけは一丁前。どうにもこの子供が相手をきっちり拒絶するのも
のらくらとかわして逃げるのも想像がつかないが。

「まぁ、黒龍さんも初めてだったんですね。じゃあサクヤと同じ、初めて同士です。
 ふふ、なんだか親近感がわきました。
 あ、いえ……助けていただいたのに、さらに道案内なんて……」

図々しいのか遠慮がちなのかイマイチわからないが、すっかり黒龍に心を許しているらしい。
それから、彼の提案にはぱぁっと顔を明るくして

「あ、あのご迷惑じゃなければぜひお願いします!」

またぺこりと頭を下げた。
それから、自分の端末を取り出してマップを表示させる。
画面が宙に浮かび上がり、ここからさほど遠くない位置へ印がついている。
どうやら常世渋谷にある委員会繋がりの放送局へ行く途中だったらしい。
さて、黒龍がその場所を知っているだろうか。
案内板は出ているし、わりと有名なのでそれほど場所は難しくはないが。

黒龍 > 「…本当に大丈夫かね…。」

意気込んで返事をするサクヤをジト目で見つめるが、サングラス越しなので相手からは見え辛かったかもしれない。
まぁ、知り合った相手がまた変なのに絡まれるのもそれはそれで気分的に良くないし、ボディガードくらいはお安い御用というものだ。

しかし、一度助けただけなのにもうすっかり信用されている気がする。
内心で「ついつういうっかり騙されるタイプじゃないか?」と、思いつつもこの男もなんだかんだで詰めが甘いので結局、彼女が目的地に着くまでは面倒を見ることになるのだが。

「あーー俺から言い出した事だし、迷惑も何もねーよ。」

と、紅茶を飲みながら。そちらだけ黒い革手袋をした左手を緩くひらひら振ってみせる。

と、彼女が取り出した端末に映るマップ。それが宙に浮かび上がり視覚的に分かりやすくなる。
その場所は名前くらいは知っているが。流石に赴いた事は一度も無い、が。

「――成程な、道順は把握した。まぁこのくらいなら問題ねーか。
んじゃ、取り敢えず行くぞサクヤ。…あー、それ飲み終わってからでいいからな?」

と、そこは気遣いを。何せこの暑さだ。水分補給は大事だ。少なくとも人間?の身であろうサクヤには。

サクヤ > 黒龍の不安を知りもしないで、にこにこしながらガッツポーズを見せる。
即座に大体の道順を把握した様子の黒龍に感心のため息をつく。
「黒龍さん、すごいですねぇ」
なんて、言いながら、緑茶を飲み干すとゴミ箱に缶を捨てて

「それでは行きましょう!」

意気揚々と出発した。
黒ずくめのガラの悪い男とコスプレを思わせる巫女服の子供が並んで歩きだすと
まるで人混みが左右に割れるように道を開けてくれた。

「常世渋谷の皆さんは親切ですね、道を譲ってくださるんですから」

イマイチ気づいていないサクヤはニコニコしながらそんなことを言う。
端末に地図を表示したまま、歩き出した先は微妙に方向がずれている。
注意すればすぐに元の道順へ戻るだろう。

「そういえば、黒龍さんはどんなご用事で常世渋谷へ?
 ご用事、お邪魔してないといいんですけど……」

黒龍 > 何と言えば言いのだろうか。世間知らず、というか純粋無垢?上手い言葉が見つからないが…一言で言うなら”危なっかしい”。
少なくとも、こういう街を一人で歩き回るタイプではなさそうに思えるが、話を聞いた限り委員会の仕事の一環のようだ。
彼女が飲むペースにさり気無く合わせてこちらも紅茶を飲み干しつつ、ゴミ箱に手首のスナップだけで投擲して見事にダストシュート。

「――あーーサクヤ?意気込んでいる所に悪いんだがな?方向が微妙に違うぞ。正しいのはこっちだこっち」

と、サクヤが気付いていなくても男はしっかりマップを確認していたらしく、彼女が歩き出した後にそう注意をして軌道修正をしておこうか。
ちなみに、まるでモーセの十戒のように人ごみが綺麗に左右に分かれるが、男は特に気にした様子は無い。
いや、まぁ確かにこの組み合わせの格好は遠くから見ても矢鱈と目立つやもしれないが。

「取り敢えず。この距離だとこっから…15分ちょいって所だな…逸れない様にちゃんと付いて来いよサクヤ」

流石に初対面の、しかも子供相手に手を取るなんて事はしないが一応そう言葉には出しておく。

サクヤ > 「あ、あら……そうでしたか……。
 サクヤは勘違いしていました……ごめんなさい」

すぐに軌道修正されて黒龍のそばに戻ってくる。
歩いていてもすいすいと向こう側から来る人達が避けてくれるので歩きやすいったらない。
黒龍と同じく、こちらも特に人混みが割れていく様子を気にした様子はなかった。

「ふふ、黒龍さん、頼りになるお兄さんみたいです。
 もしかしてご兄弟とかいらっしゃいませんか?」

くすりと笑ってそんなことを尋ねる。
と、渋谷の道行きは誘惑が多い。流行りのスイーツ屋やファッションブランドが所狭しと並んでいるからだ。
サクヤはオノボリさんらしく、いちいちそんな華やかな店先に目を奪われては足取りが遅れてしまう。
特に、クレープ屋の前を通りがかったときに女子生徒二人が仲良くクレープをつついている姿を遠くから見つめる。
羨望と憧れが混じった眼差しであった。

黒龍 > 多分、周りから見たら意味不明の組み合わせ見えるだろう。どちらも見た目が目立つ。
片方は黒ずくめにサングラスのチンピラかヤクザじみた男、片方は中性的な雰囲気をかもし出す緋袴姿の子供。
まず、接点がそもそも見当たらないし――実際、つい先ほど知り合ったばかりである。

「――兄弟?生憎とそういうのは特にいねーな…つーか、あちこち目移りするのはいいが逸れんな――…?」

と、彼女に改めて忠告しようとちらり、と視線を向ければ。丁度クレープ屋の前を通りかかった所で。
サクヤが、女子高生らしき少女二人とその手に持ったクレープを見つめているのに気付けば。

「――ったく。…おい、サクヤ。食いたいなら素直に言え」

と、一度方向転換してクレープ屋の前で。サクヤが付いてくれば、「ほら、さっさと選べ。奢ってやる」と短く一言。
そもそも、あんな憧れの目線で見るくらいなら自分で体験してみればいいのだ。

サクヤ > 「そうなんですか……。すごく面倒見が良くて親切な方ですから
 てっきりご兄弟がいらっしゃったのかなって。
 サクヤも兄弟はいませんが、どうやら一緒に育った相手がいると面倒見が良くなるだとか……」

そんな一般的な知識を持ち出して、あれやこれやと黒龍のことを聞きたがる。
と、そこへクレープ屋が飛び込んできたので視線をそちらに移せば
なんだか物欲しそうな目線で見てしまっただろうか。
実際は女子生徒たちが楽しそうだったのが嬉しかったのだが。
黒龍に「奢ってやる」なんて言われれば、慌てて両手を振って

「あ、……いえ……そういうわけじゃなくて……!
 えっと、えっと、じゃああの、このおすすめの、ちょこばななあいすくれーぷを……」

遠慮しようとしたのだがつい勢いに押されて、頼んでしまう。

黒龍 > (面倒見が良いとかじゃなくて、お前さんが危なっかしいんだけどな)

と、内心でそう嘆息交じりに呟きながらも、まぁ実際己に兄弟なんて呼べる存在は居ない。
――いや、居たかもしれないがどいつもこいつも問題児ばかりだった気がする。

「少なくとも――一緒に育った相手は特にいねーよ」

居たとしても最終的に殺しあう。そんな殺伐としたものにしかならなかっただろう。
クレープ屋台というのは正直、この男の容姿だとシュールなくらいに場違いだ。男もそこは承知している。

「――ん、じゃあソレ一つで。…俺?俺はべつにいらねーよ。コイツの分だけでいい」

と、親指でくいっとサクヤを示しつつチョコバナナアイスクレープを注文。
元々、甘い物はそんなに食べたりはしないというのもある。支払いはちなみに男が受け持った。

「――んじゃ、それ食いながらでいいからさっさと行くぞ。あんまり遅れ過ぎてもまずいだろ、その使いってのは」

正直、委員会のお使いなんて自分にはさっぱりではあるけれども。

サクヤ > 「……――ごめんなさい。
 あんまり事情を知らないでご家族のこととか口にするべきではなかったですね」

一緒に育った相手がいないことを家族に何らかの事情を抱えていると考えて
それ以上はあまり聞かぬように努めた。
クレープ屋に奇異な二人組が寄っていくのを、通りがかる人々が不思議な目で見ていく。

「あ、あ、あの、ありがとうございます!」

クレープを受け取ってぺこりとまた頭を下げた。
食べながら歩く、ということをしたことがないので、もたもたしながらクレープを小さな口で食べていく。
美味しい、甘い、冷たい。味わったことのない至高の味が口の中に広がっていく。
ぱぁっと顔を輝かせて食べるも、何も食べない黒龍にあわてて前に回り込んでクレープを差し出した。

「黒龍さんも!一口どうぞ!」

こんなに美味しいのだから、彼だって味わっていいはずだ。
大体彼に奢ってもらったのだし、そうすべきだろう。

黒龍 > 「あ?…ああ、別に気にすんな。家族なんて欲しいと思った事はねーし、慣れだ慣れ。」

と、実際そんなに気にしてないので手をヒラヒラと振ってみせつつ。
そもそも、口には出さないが異世界の龍なので、人間と比べればその辺りの感覚も多少なりズレがあろうし。
ちなみに、もう変な目で周囲から見られるのは慣れてしまっているので、相変わらず気にしなかった。
ともあれ、クレープの代金を支払えば、彼女がそれを受け取るのを確認して屋台の前を離れよう。

「あーー礼は別にいらんから、――いや、俺は甘い物はあんまし食べねーからなぁ」

歩きながらサクヤの様子を窺いつつも再び放送局へと向かって歩き出すが。
不意に回り込まれたかと思えば、差し出されるクレープ。いや、だからお前の分だろうそれ、と言いたくなるが。

「――ったく。んじゃ一口だけな」

根負けしたのだろう。一口だけ無造作にパクリ。ちなみに間接キスだとかそんなのは気にしないのである。
モグモグと口を動かせば。「やっぱ甘ぇな」と分かりきった感想をぽそり。
ともあれ、そんなやり取りを交えながら彼女がクレープを食べ終える頃には目的に付近まで近づいてきているだろう。

「――そろそろだな。放送局ってのは…アレか。おい、サクヤ。後はもう一人で行けんだろ?」

と、残り50メートルも無い辺りで足を止めて。流石に放送局出入り口まで付き合うつもりは無い。
それに、ここまで来たならばもう目撃達成は同然だろうし。

サクヤ > 「そう、なんですか?
 サクヤも家族という概念は実感が無いのでわかりませんが……、
 慣れ……なのですね」

ふむ、と考え込んで納得し、自分が差し出したクレープを一口食べてくれる様子に
満足そうな笑みを浮かべる。

「……ありがとうございます。クレープ食べるの、初めてでした。
 こんなに美味しくて甘いものが世の中には存在するんですね」

そうして残りを美味しそうに大事そうに食べると、そろそろ放送局が眼の前だ。
この楽しい道行きも後少しと思うと、名残惜しく寂しく思えた。
しかしここまで付き合ってもらったのなら、黒龍にこれ以上手間をかけさせるのも悪いだろう。

「はい、ありがとうございました……!
 無事にたどり着けたのは黒龍さんのおかげです。」

そうして放送局の前でぺこりと向き直って頭を下げた。

「黒龍さん、あの、またお会いできたら嬉しいです。
 今日は、ありがとうございました。
 またどこかで、お会いしましょう」

そう言って微笑んで手を振ってから、放送局の中へ去っていった。

ご案内:「常世渋谷 中央街(センター・ストリート)」からサクヤさんが去りました。
黒龍 > 「まぁ、あくまで俺がそうってだけで実際はどうか知らんけどな。
ああ、どういたしまして…満足したみたいだし、それで十分ってな」

と、軽くひらりと手を振って見せつつ。彼女が礼を述べてくれば、別に大した事はしてない、と肩を竦めつつ。

「ああ、また何処かで会うことがあったらな――んじゃな、サクヤ」

そう、最後に言葉を交わしてサクヤを見送れば、そのまま男もぶらりぶらりと歩き出すだろう。

ご案内:「常世渋谷 中央街(センター・ストリート)」から黒龍さんが去りました。