2020/09/29 のログ
池垣 あくる > 「そこは車内ではありませんし、先に危険行動をしてきたのは、そちらではありませんか」

ぷくー。ちょっと拗ねたように頬を膨らませてながらも、警戒心を高める。
そして、突進の気配に、また削りの一手を挟もうと考えた瞬間。

「……あら」

襲い来るは、紫煙発する怪異の山。

――そして、これは霜月一天流の性質だが。
実はこの流派は、決闘方式を最も得意としている。
穂先の変化、多種多様な技巧、それによる変幻自在の槍術。
それらは、一対一の決闘方式でこそ最も活かされ、一人の相手を幻惑して圧倒することに向いている。
そのため、数には数を揃え、基本は少人数を相手にするのが霜月一天流の戦術方針だ。
つまり……対多数になると、真価を発揮しきれない。
霜月一天流にとっては、たまたまとはいえ怪異の行動は、最悪に近いものだった。

――あくまで、霜月一天流にとっては、だが。

こく、と、理央の言葉に頷き、接近される前に深く息を吸い、そして息を止める。
自分を信じる目に、心がゾワゾワする。今まで感じたことのない力がわいてくる。槍が、軽く感じられる。
それを感じている間に、怪異が迫り……

「不潔、です。近寄らないで、ください」

寄ってくる怪異を、滑らかに躱しながら、くるくると回転しつつ薙ぎ払った。
突きを主体とする霜月一天流にはない、多数を舞うように捌きながら薙ぎ斬る技術。

霜月分家流派、薙刀術。霜月神薙流『薙舞』。

滑らかに、美しく、隙なく、凄絶に。
対多数に特化した他流の技をしかし、あくるはそれが有効と思えば平然と使う。
流派に誇りがないのか……否。

神槍『天耀』ならば、他流の技でも使えると信仰するが故に。

そして、薙舞にて怪異を捌き裁きながら、少しずつ朧車に近づきつつ、理央の言葉を反芻する。

「(現実に起こる列車事故は、とても、たくさんの理由がありますが……この場合は)」

目指すは、朧車の往く線路。
そこに向かい、紅蓮の槍舞にて薙ぎ通る。

『朧車・喫煙専用車』 >  
「ワタシのお客様アアアアアアアアアアアアア!
 お客様お客様お客様アアアアアアアアアアア!
 ゆるさないゆすろあさなあゆるさないさナイナイナイ!!!」

『お客様』がニンゲンによって切り裂かれていく。
薙ぎ払われていく。消滅シテイク。
ワタシのお客様だ。ワタシの存在意義ダ。ワタシノワタシノワタシノ――!

「ニンゲンンンンンンンンンンンンンンン!!!」

烈火の如き怒りを讃えて。切り裂かれた顔から呪詛の言葉を吐き出して。
目の前のニンゲンに、線路を伸ばそうとして――

「――あ――アァ――!?」

ニンゲンが、ワタシの線路を切り裂いている事に気が付いたのは、其処に至ってカラ。



車輪が、外れる。車体が、傾く。
皮肉にも、得物を轢殺する為に加速していた事が、朧車にとって致命的な"事故"を引き起こした。
まるで飛び上がるかの様に車体は傾いた儘脱線し――其の侭の勢いで、アスファルトを削りながら道路へと横たわった。

神代理央 >  
「……ほう。見事なものだ。槍一本で、よくも此処迄」

さて、戦闘の推移を見守っていたのだが。
手助けの必要等、今のところまるで必要無い。
小型怪異を華麗な槍術で捌いたかと思えば、此方の指示を的確に理解して朧車の線路を遮断した。

哀れな姿を晒した朧車は、後は彼女が好きに料理するだけ――であれば良いのだが。

本来であれば、油断するなと声をかけるべきだろう。
しかし、敢えて黙った儘。横転した儘の朧車に彼女がどういった一手を打つのかを見守る。
戦闘経験に基づく判断を確かめる、という意味合いもあるだろうか。

念の為、異形達に即応出来る様な指示を出しながらも。
彼女の行動を、静かに見守っているだろう。

池垣 あくる > 「ええ……やはり、線路がないと、走れません、よね」

ふぅ、と息を吐く。
ある意味で、これは『条件型』の怪異と言ってもよかったのかもしれない。
即ち、攻略法が存在するタイプ。条件型の中には攻略法以外には無敵の存在もいるが、これはそうではない。攻略法がわかっていれば楽、というだけのこと。
しかし、理央の助言がなければ、槍の技巧に任せて時間をかけて壊す方向に走っていたかもしれない。

「(私の状況判断も、まだまだ、ですね……)」

内心ちょっと落ち込んで反省しつつも、倒れた朧車に対し、槍を構える。
――条件型の怪異は、条件でのみ倒せるタイプと、条件で倒すのが楽になるタイプに分かれる。
そしてさらに、条件をクリアすれば『それだけで倒せる』タイプと、条件をクリアしても『トドメにならない』タイプがある。
おそらくこの朧車は、『条件で倒すのが楽になる』が『クリアしてもトドメにはならない』タイプだ。

故に油断しない。
狙いを定め、そして。

「『天孫一烈』、参ります」

神槍『天耀』の奥義の一つ。
しなりやすい柄の性質を利用し、『完全に芯を通す』ことでしなりやすさを抗力に変え、最大の威力、貫通力を発揮する最強の突き。
朧車の顔、その中心を貫かんと、その奥義を突き放つ……!

『朧車・喫煙専用車』 >  
彼女の放った奥義は、見事朧車の顔を貫き――苦悶に歪んだ顔は、其の侭溶け落ちる様に車輛から溶け落ちていく。
その貫通力たるや。『顔』が生えていた先頭車両の最後尾まで衝撃波が届く程。
悲鳴を上げる間もなく、怪異『朧車』は討伐され――

『朧車・車掌亜種』 >  
 
「――切符は御持ちデスカァ?」
 
 

『朧車・車掌亜種』 >  
彼女の一撃で、先頭車両は破壊された。
『顔』が剥がれ落ちた先頭車両は、軋む様な金属音と共に何故か勢い良く切り離されて――

『二両目』から、顔が生えだして、嗤った。

二両目は其の侭、勢い良く車輪を回転させる。
線路が無くとも、車輪が回ってさえいれば。
そして、先頭車両に止めを刺す為に、朧車に接近していた彼女にならば。
近付く事は、容易だ。

『朧車・車掌亜種』
車掌型の怪異が、車両に宿る事で新たな生を得た怪異。
ソレは、彼女をその巨大な口で噛み砕く為に、轟音と共に彼女に迫る――!

池垣 あくる > 「あ」

間抜けな声が出た。
惜しむらくは、怪異相手の実戦経験の乏しさ。
才に溺れ、槍に溺れたあくるは、当主の意向により、怪異退治の現場にはあまり連れ出されなかった。
それは、連携を軽視し槍の技量に任せて突貫する危険性を踏まえてのことであったが、結果として経験不足の原因ともなってしまった。
相手は怪異、常識は通用しない。
目の前の怪異を倒せば終わり、などという思い込みは死に直結するということを、学び切れていなかった。
加えて……「天孫一烈」は、全神経を集中させ、完全に芯の通った突きを放つ技。
そもそもが連撃に向かない、一撃必殺技なのだ。
それに加えて残心まで怠っていたならば……如何な名手と言えど、対応は追い付かない。

「(先、輩……)」

自分を食いちぎろうと迫る怪異を前に、体が追い付かない。
せっかく引き立ててくれた恩人に、報いる間もなく散ることを想い、ただ、無念と後悔を呆然と噛み締めながら、その瞬間を、ただ待つしか、出来ない。

神代理央 >  
「――Brennen!」

短く。しかし鋭い声。
『二両目』が動き出した瞬間。彼女の耳に届くだろうか。
心配する声でも無い。
励ます言葉でも無い。
唯、"状況を解決する"為に放たれた言葉が。

そして周囲に響き渡るのは、爆裂音にも似た凄まじい砲声。
彼女を救う為に放たれた、鉄火の暴風。
それは『怪異如き』が己の後輩に触れる事を許さない、と言わんばかりの猛烈な火力の投射。

人類が生み出した暴力の権化。
破壊だけの為に生み出された『兵器』を体現した己の異能。
その従僕たる異形から放たれた数多の砲弾は『二両目』が彼女に迫ろうとしたその瞬間――

凄まじい爆音と共に、二両目の後方へと着弾した。
着弾の衝撃によって車体は揺らぎ、浮き上がり、後ろ半分が文字通り消し飛んだ。
また、精密に計算された砲弾の着弾位置は、絶妙に彼女を爆風や砲弾の破片の被害が及ばぬ様にしているだろうか。


「――止めを刺せ!ソイツはまだ、"死んでいない"!」

厳密には、敢えて殺さなかったと言うべきか。
彼女に、最後の一撃を――決めさせる為に。

池垣 あくる > 「っ!!」

ビクン、と体が跳ね、そして突き動かされる。
理央の言葉に。
そして、死を前に真っ白に染まっていた視界が、鮮明なものに戻る。
目の前には、弾き飛ばされた怪異。
手の内には、愛する槍。
耳朶に響くは、背を叩く声。

身体が、勝手に動いた。

「あああああっ!!!」

らしからぬ咆哮。
だが、この経験から学び、身体は、あくるの才は最適解を選択する。
放つは一技、されど四撃。
石突を掴み、手の捻りで高速回転を加え、穂先をブレさせて回避を困難にするほか、貫通力を増した霜月一天流の奥義の一つ。
この技は、天孫一烈に比して細かい制御は不要。必要なのは高速回転を加える技巧のみ。
故に、極めれば連突きで繰り出せる。

――霜月一天流奥義『極虹・烈華』。

不規則変化を持つ高速突きを、ほぼ同時に四発。
攻撃範囲も広いこの技は、『二両目』に万一の回避も許さず。

「――――ふぅぅぅぅぅぅぅ…………」

『二両目』を、見るも無残に突き壊した。
だが、今度は警戒を怠らない。
普段ぼんやりと薄めに開いている目を見開いて、槍を構えながら、周囲を見渡し残心を怠らない。
そのまま、顔を向けずに。

「――終わり、ましたか?」

そう、問うた。

『朧車・車掌亜種』 >  
「切符ハ…御持ち――です―カ……」

嗚呼、何という事か。
漸く。漸くあの忌々しい『喫煙車』がいなくなって。
ワタシがこれからこの躰の主になれたのに。

こんな、こんなサイゴを迎えるくらいなら。
『車掌』のママ。嫌煙車と死んでやればよかっ――


其処で、朧車の意識は途絶える。
彼女の放った一撃によって、今度こそ。

『朧車・喫煙車輛』
『朧車・車掌亜種』

この二両は、無事に討伐されたのだった。

神代理央 >  
「……ああ、終わりだ。朧車は、活動を停止した。討伐成功だ」

突き壊され、無残な鉄屑となった朧車を一瞥した後。
コツコツと革靴の足音を響かせながら、彼女に歩み寄る。
終わりだ、と声をかけながら。彼女の傍に歩み寄ると――

「……良く頑張ったな。これだけ出来れば上出来だ。
お前は、私の期待以上にその才能を見せてくれた。
お前は、風紀委員会に必要な人材だ」

柔らかな声色で彼女に告げて。
ぽん、とその肩を叩こうとするだろうか。

池垣 あくる > 「……ありがとう、ござい、ます」

そう言って、ようやっと構えを解く。
そして、肩を叩かれると、それに手を重ねて。

「でも、私、死んでいました。せっかく、いいところ、見せたかったのに。助けて、もらいました。悔しい、です……恥ずかしい、です……こんな気持ちは、初めて、です……!」

プルプルと震えながら、嗚咽と共に声を絞り出す。
今まで、誰かの期待を背に受け、そしてそれに応えようと戦ったことは、なかった。
あくまで槍のために戦っていた。しかし、それ以外のものを背負っての戦いは、負けが、単なる負けではなくなっていた。
死ぬことに対する恐怖は無かった。
だが、格好いい姿を見せたい、期待に応えたい、寧ろ上回りたいと思っていた相手の前で死にかけ、助けられたという事実が、あくるの精神を攪拌していた。

「もっと……もっと強く、なり、ます……ええ、ええ……もうこんなのは、嫌です……!」

神代理央 >  
彼女の慟哭を、黙って受け止める。
その気持ちも感情も、十二分に理解出来るものだ。

期待に応えられない事への焦り。
強さを持つが故の、助けられた、という事への悔しさ。
己の弱さを見せてしまった事への、恥。

"良い先輩"であれば、きっと彼女を慰めるのだろう。
強さを讃え、『あの状況では仕方なかった』と慰め、彼女の努力を労うのだろう。
だが己は――そういう"良い先輩"には、なれない。

「……当然だ。今回の怪異は、高い脅威度を持つ、と事前に説明していただろう。
此れはあくまで『訓練』だ。お前の力に期待はしていたが、完璧な結果など、最初から求めてはいない」

重ねられた手を、するりと手を動かしてそっと握る。

「お前の望みを本当に叶えようと思えば、そも私は最初から同行していない。
此の程度……とまで楽観視はせぬが、まあ怪異相手に安定して単独行動を取れぬと上層部が判断したから、此処に私がいる」

「驕った言い方をすれば、お前が超えるべき壁は私だ。
異能の相性もあるとはいえ、私は朧車を単独で討伐する事に特段苦労はせぬ。
砲火で薙ぎ払い、敵を殲滅し――『守るべき者の為に、力を振るう』事を躊躇わぬ。
お前は果たして、何の為にその槍を振るうのか。考えた事は、あるか?」

そして、もっと強くなると告げる彼女を。
僅かに瞳を細めてじっと見つめた後。小さく笑みを零して頷いて見せる。

「そうだ。今は唯只管に強さを求めると良い。
私を超えてみせろ。『鉄火の支配者』など、他愛もないと笑ってみせろ。
お前はきっと、其処まで強くなれるさ。何せ、此の私がお前を風紀委員会に『必要』だと思って、引き入れたのだからな」

そして、握った手をそっと離して。
彼女の頭をぽんぽんと撫でる。

「期待に応えろ、とは言わないさ。
ただ、私はお前に期待している。何時か、風紀委員会屈指の戦力足り得ると、期待している。
それだけ覚えていてくれれば、それでいい」

池垣 あくる > 悔しい。恥ずかしい。
その気持ちを抑え込みながら抑え込めず、涙として溢れ出させる。
だが、何より恥じるのは、自分の驕りだ。
こと戦闘においては、この先輩は圧倒できる、と驕っていた。
怪異も、自分の槍術があれば鎧袖一触と侮っていた。
だが現実はどうだ。
怪異の奇襲に死にかけ、命を救われ。
先輩は、その怪異を苦にしない。
もちろん、相性もある。遠距離砲撃を主とする理央と、近距離での槍術で立ち回るあくるでは、得手不得手は正反対だ。
だが、それでも、それを覆せぬ程度では、圧倒なんて口が裂けても言えない。
それに何より、恩人を侮っていた自分が、恥ずかしかった。
どこまで……自分だけなのか。自分は。
何のために槍を振るうのか。
槍のため、と以前までは即答出来ていた。
だが……今は、出来ない。
自分のために振るっていたのではないか、という疑念が一つ。
そして……自分を『必要』と言ってくれる人たちのために振るいたい気持ちが湧き上がっているのが、一つ。
最早、槍の最果てに恋する乙女ではいられなくなった。
問いには。そして期待には。こう答える。

「先輩……私は、貴方を、越えて見せます。単なる強さだけでは、なくて……その『心の強さ』を、いつか、越えます。
そのために槍を振るいます。槍のためだけでも、自分のためだけでも、なくて。もっともっと、いろんな意味で『強く』なるために。
そして……先輩の、期待に、応えるために。そう、したい、です」

神代理央 >  
「――その意気だ。強さに果てなど無い。
私を越えて。数多の強者達を越えて。
越える為に強くなり、強くなって越えていけ。
お前の振るう槍は天下無双だと、世界中に轟かせる様にな」

彼女の言葉を静かに聞き入れて――穏やかに、笑う。
それは、彼女の言葉と意志を受け止めた証。
強さを求める事を是とし、彼女の想いは正しいものだと、背中を押す言葉と笑み。
――心が強いつもりは無いんだけどな、と内心ちょっぴり苦笑いしつつ。

「だが、そう簡単に私を越えられると思わぬ事だ。
『鉄火の支配者』という通り名は、私が吹聴した訳では無い。
伊達や酔狂で落第街にてその名が知れ渡った訳では無いのだと――理解した上で、私に挑むと良いさ」

それは、強さを求める彼女に敢えて放った傲慢な言葉。
二つ名で呼ばれるとは、それだけの理由があったのだと。
矜持に満ちた笑みで、彼女に言葉を紡ぐ。

「だが、まあ、それでも。
………今回の結果は、お前にとっては色々と納得できない者だったかもしれないが。
その、なんだ。……正直、期待以上ではあった。単独での怪異討伐は、十分な成果だ。
驕る必要は無い。また、今回の訓練を失敗と捉えるのも良い。
それでも――」

頭を撫でていた手を離し、彼女の瞳を見つめて。
ふわり、と微笑んで。

「……お前が築いた戦果は、まず最初にお前自身が認めてやらなくちゃ。
誇ると良い。そして、私からの賛辞を、ちゃんと受け取って欲しい。
お前は、十分に戦力足り得る。私の前衛を預ける事が出来る。
その事実は、否定せずに受け取って欲しいものだな」

池垣 あくる > 「はい……はい……」

涙をこぼしながら、神妙に頷く。
器が違う。そう感じた。
エゴのためにしか槍を振るっていなかった自分と。
誰かのために、異能を振るっていた理央。
いつかの、伊都波凛霞の言っていたことも、ここにきてやっと理解できた気がする。
確かに……強さの階梯が、違う。
存在としての位が違う。在り様の格が違う。
ついに、やっと、ここにきて。
『自分は未熟者だ』ということを、池垣あくるは、受け入れた。

「越えます……越えることがきっと、御恩を返すことに、なりますから……!」

単なる槍狂いであった池垣あくるは、もういない。
まだ未熟ながらも、一つの信念を宿した槍使いが、今ここに、誕生したのだ。
そして。

「はい……先輩のお言葉なら、納得、出来ます。ありがとうございます。先輩の前衛に不足しない槍を、これからもきっと、お見せします。だから……」

賛辞を受け取り、決意に変える。
きっと嘘は言っていないと、心からそう思ってくれていると、信じているから。
だから。

「頭を、撫でて、ください……私を褒めてくださるなら……どうか、お願いします……。それで、私はもっともっと、戦えます」

甘えるように、頭を差し出した。

神代理央 >  
「…別に、恩を売ったつもりは無いんだがな。
お前は、お前の思うままに強さを求めればいい。
其処に私を介在させる必要は無いんだぞ?」

御恩、という言葉に少しだけ苦笑い。
とはいえ、彼女の信念を。秘めた決意を。
何かしら、彼女が大きな変化を迎えた事くらいは、流石の己でも理解出来る。
だから彼女の言葉を強く否定はせず、ちょっとだけ苦笑いを浮かべるに留めるのだろう。

「そう思って貰えると私も嬉しく思う。
まあ、別に私専属という訳でも無い。
その強さを、どうか他の委員を。生徒達を守る為に使って欲しい」

本音を言えば。
設立したばかりの部隊に彼女を引き入れたいとは思うのだが。
風紀委員会に入りたて。まだまだ学ぶ事も、触れ合う友人も多いであろう彼女を鉄火場に巻き込んで良い物かと、悩むところ。
それ故に、今は"己以外"も守れる槍になれと、静かに告げるに留めるだろうか。

――そんな悩みも。彼女からおずおずと告げられた言葉と。
差し出された頭を見れば消えてしまうだろうか。
クスリ、と思わず笑みを零して、そっとその手を伸ばし――

「……よしよし。よく頑張ったな、あくる」

幼子をあやすように、そっと囁くだろうか。

池垣 あくる > 「私が、勝手に、感じているものですから……」

風紀に興味こそ持っていても、流石に前科があるから無理だと思っていた。
が、それを引き入れ、そして必要と言ってくれた理央に、あくるは恩を感じていた。
それが一方的でも、確かに、この人のために槍を振るいたいと、思っていたのだ。
そして、その人が言うなら……否、そうでなくても。
自分を受け入れてくれた人のためになら、槍は軽く、鋭くなる。
大きな変革が、そこにはあった。

「はい……はい……!」

頭を撫でられれば、嬉しそうに笑みを浮かべて、それに浸る。
頑張ろうと思える。槍を持つ手に力が入る。
何より……自分の存在が愛されたようで、幸福感に包まれる。
撫でられれば、幼女のように、笑みを浮かべてその感触を味わうだろう。

神代理央 >  
「…まあ、それがお前にとって強さを求める理由になるのであれば、別に構わないんだが。
そういうのは、余り慣れてないんでな…」

彼女がどの様な思いを持って風紀委員会に入ったのか。
そこに今一つピンときていない己では、不思議そうに首を傾げながらも彼女の言葉に頷くばかり。
鈍感は美点ではない。悪意になら、敏感になり得るのだが。

「――…さて。そろそろ帰ろうか。此の空間は、長居すれば精神に悪影響を及ぼすとも言われている。
お前の初戦果だ。きちんと報告書も仕上げてやりたいしな」

幼女の様な純朴な笑みで、己の手を受け入れる彼女。
その様子を微笑ましい様な瞳で見つめながらも、そっと彼女から手を離す。
"帰る迄が遠足"とは良く言ったものだ。彼女と無事に帰還する迄が、任務なのだから。

「さあ、帰ろう。皆に自慢してやると良い。
『朧車を一人で討伐した』とな」

最初の個体。『朧車・喫煙車両』
此の個体は、紛れもなく彼女自身が討ち取った怪異。
その成果を誇れ、と笑いながら。
帰還の途につくために、彼女の手をそっと握ろうとするだろうか。

池垣 あくる > 「はい……帰りましょう。あそこへ」

ともすれば気づきづらい、確かな変革。
池垣あくるにとって、風紀委員会は、帰る場所、自分があるべき場所となった。
自分にとっての、大事な場所になったのだ。
しかし、そのあとの言葉には首を振って。

「それは、出来ません。私は、助けられました。そこを曲げては、この槍にも、顔向けできません」

むすっと、そう口にする。
それは、槍の最果てがまだ先にあると信じるから。
だからこそ、甘えは許されないと律するが故。
自分の戦果の評価には、とことん誠実でありたかった。
一方で。

「だから、いつか。堂々と胸を張れるように、頑張ります」

握られた手を嬉しそうに握り返し、理央に満面の笑みを向けた。

神代理央 >  
「……結構頑固だな。
最初の個体は別に手助けしていないんだから、お前の戦果だと誇っても良いのに」

むすっとした様な彼女に、小さく苦笑い。
先ずは自信をつけさせるところからなのかな、と少し悩んでいたのだが――

「……そうか。そうだな。じゃあ、初戦果のお祝いは、その時まで取っておこうか。
頑張れよ、あくる。御褒美に何が欲しいか、きちんと考えておくように」

最後の言葉は、少し揶揄う様な口調で。
彼女の手を引いて、霧深い裏常世渋谷から二人の姿は消えていくのだろう。

池垣 あくる > 「そうですね……その時は、とっておきのおねだりを、しちゃいますよ?」

にこ、と笑う。
その笑みは、意地悪さを含まず、ただただ純粋で。
きっと、その願いは実際は、些細な可愛らしいものなのだろうと想像させるものであった。

そして、手を引かれ、その姿は裏常世渋谷からは消えていく。
その時のあくるの顔は、童女のように、無垢で明るかった。

ご案内:「裏常世渋谷」から池垣 あくるさんが去りました。
ご案内:「裏常世渋谷」から神代理央さんが去りました。
ご案内:「裏常世渋谷」に燈上 蛍さんが現れました。
ご案内:「裏常世渋谷」にレオさんが現れました。
燈上 蛍 >  
【裏常世渋谷】

それは隣にある街。
現実とは少し違う世界。
この世とは全くの異世界ではない、そんな場所。

互いに影響を与えあっていたり、そうでなかったり。

──しかし今は、確実に…現実へと、影響を及ぼし始めていた。


『朧車』という怪異が裏の常世渋谷で暴れている。
祭祀局から風紀委員に、そう通達が入った。

なんでも古くから伝わる朧車とは様相が違うだとかいう話だ。
様々な形態が確認されており、討伐の方法も一律とはいかない。


どこか色彩を失った裏常世渋谷に、二人、人影が生まれる。

「噂話には聞いていましたが、
 まさか、自分が裏常世渋谷に来ることになるなんて…。」

今日の物語の"登場人物"の一人が呟いた。

紅い風紀委員の制服を着た青年。
手には何かしらの端末らしきモノを握り、炎のような紅橙眼がきょろきょろと辺りを見回す。
青交じりの黒髪を編み込んだ所に、白い花を差している。

別段何も武器らしい武器を、彼は持っていない。

「それにしても、新人二人で前線にとは、思いませんでしたね…レオさん。」

静かな声が、一緒に来たもう一人の登場人物へと。

レオ >  
「あはは……まぁ、蛍さんが信頼されてるって事じゃないですか?」

そう言いながら随伴するのは、竹刀袋を背負った青年。
ベージュの髪を後ろで軽くまとめており、手入れはあまりしていないのかツンツンと跳ねている。

「裏常世渋谷は入った事なかったけど…
 ……なんだか、懐かしい感じがしますね。昔立ち入った事のある場所に似ているというか……」

周りを見ながら、同行する先輩にそう話を振る。
異界……
大変容以後、度々各地にも表れる事が増えた超常現象の一つ。
怪異による現実改変、空間掌握……
他の世界と繋がった事による空間湾曲等。
原因は様々ではあるが、こういった空間が発生し周囲に被害を及ぼす事があった。

「でも、これだけ大きいのはあまり見ないな……
 何が理由でこんなものが生まれたんだろう…」

とはいえ、異界は基本的に一時的なものや、原因として存在する怪異に由来するものが多い。
裏常世渋谷のように常態化し、常に存在する異界というものは……稀なケース。
だからこそ原因が未だに不明であり、放置されているのも事実だ。

そして、長時間存在する異界は得てして『怪異』の脅威を人にもたらす。
元凶となる存在によって創られるのか、はたまた、外部から怪異たちが餌を求め集まるのか。
今回の異常事態がこの裏常世渋谷の『何か』によって引き起こされたのは、間違いないだろう。

そんな事を考えながら、言い渡された仕事…怪異『朧車』を、二人で探す。

燈上 蛍 >  
「一般風紀ではともかくなんですが…。
 『鉄火の支配者』と共闘したからですかね…。」

風紀委員の中にも部署が存在する。
黒髪の青年、燈上蛍が元々所属していた所、プロローグは、一般委員とされる所だ。
場合によっては動員されることもあるが、
基本的に専門的なことを行わず、雑多に学園の風紀を護る存在として活動している。

しかして刑事部前線への配置変更、『鉄火の支配者』神代理央との共闘から、
今日は更に『鉄火』の代行人との共闘というシナリオである。

なんの因果か、とは思うのだが。

結局自分は、決まったストーリーから逃げられはしないんだな、と。


「…懐かしい、ですか。
 こういう所に慣れて──……いえ。」

そう聞きかけて、以前に彼を落ち込ませてしまったことを思い出した。
下手に聞いて、また彼の『悲しい思い出』を掘り出さない方が良いかと。
己に定められた花の通りにすることも、ないだろうと。

「…普通、こういう場所に入り込むのは偶然だとか、謂れだとかですけれど、
 祭事局のおかげでこうも簡単に入り込めるモノなんですね。」

朧車を探しながら、渡された端末を見る。
それはここへの侵入、脱出の為のモノで、祭事局を通して風紀委員に支給されていたりするらしい。

とはいえ、使わずにこっちに来るヒトもいるらしいのだが。

レオ >  
「『鉄火の支配者』…神代先輩とですか。」


『鉄火の支配者』―――神代理央。
自分達の先輩にあたる人物で、ある出来事が切欠でどういう訳か、青年はその『代行者』の異名を背負う事になった。
二人に共通点があるとすれば、おそらく、そこなのだろう。
神代理央に関係した二人、として……何等かの意図をもってチームを組まされたのかもしれない。
どちらにせよ、青年が気にする必要のある事ではなかったが。

「…この前はすみません。
 ちょっと動揺してしまって……そんなに、気にしないで大丈夫ですからね?
 実際、こういう所は慣れてはいるんです。島の外にいた頃に少し……入る事が多かった、といいますか。
 だから雰囲気みたいなのには慣れているってだけですよ。」

前回、初めて目の前の先輩に会った時は不意に『ある単語』が目に入った事で動揺してしまった。
きっと、気にしてたんだろうな……申し訳ない事をしてしまった。
あれから少し経って、色々な人に出会って、前のように動揺で気分が悪くなるのは、減った…と思う。
何より、向き合わないといけない事…だと、思っているから。

「そうですね…常在化してる異界だから、っていうのもあるかもしれません。
 長く異界として存在してるから、それなりに入り方が解析されてるみたいだし……
 怪異も現象なので、例外が起きる事はありますけど法則…パターン、みたいなものがある事は多いので。

 と……

 …燈上先輩、警戒してください。
 ”下から来ます”」

突然何かを感じ取ったかのように…先輩へと声をかけ、そのまま竹刀袋のジッパーを下ろした。
そこから出るのは、一振りの両刃剣。
鞘の固定具を外すと、そのまま剣を抜き……意識を戦闘へと切り替えるだろう。

静かに、スイッチを変えるように。
姿勢を緩やかに落とし、体の力を抜く。

剣の柄を掴むのは、二本の指。
人差し指と中指で挟み、逆手に持つそれは、通常の握りに比べて異質でありながら……妙に青年に馴染んでいた。

燈上 蛍 >  
「ええ、まぁ…神代さんとご一緒した時は、
 たまたま付近を警邏していたのが僕だったというだけですが。」

因果も縁も、結局は台本の上の出来事。
自分はそれに抗う術もなし、カミサマという作者に文句を言う気も無い。

文句を言ったところでどうにもならない。

それに、もしかすれば今日の配属だって、
ただただ、前衛の苦手な自分を配慮した結果かもしれないのに。


「…貴方が大丈夫なら、良いんですが…。
 ただでさえ配属されたばかりで、要らぬ心労をと、思ったモノで。

 ……僕は、こういう所は"初めて"です。
 色んな本で、こういう所があるとは……知ってはいましたけれど…。」

隣の世界。御伽噺のような場所。
もしかすれば、"彼岸"を産み出す自分は、こちらの世界の方が良いのではないかと、
昔からそういうお話の本を読みながら思っていた。
 
こちら側の住人であれば、
この頭に咲く"彼岸花"を産み出す、燈上蛍という本が入れる書架があるのではないかと。


「……ですから、簡単に入れてしまって、少し拍子抜けしているぐらい、で──。」

そう話ながら歩いているうち、
戦い慣れているであろうレオの方が先に気付いた。

己はただ戦闘能力を保有しているというだけで、まだまだそういった気配やらには疎い。
…慌てる気は無い。これはそういう……序章なんだ。

「…分かりました。前は、任せます。」

頭に隻手をやり、数本差している"白い彼岸花"を一輪手に取る。
それは"紅い装丁の本"へと変わり、片手で頁を開く。

同時に、彩の鈍い裏常世渋谷に、鮮やかな"赤い彼岸花"が咲き始める。
地面から生えたという訳ではない、それは茎から花の部分のそれだ。
摘まれた状態の花が、地面に散らされていく。

下から来るならば、これは事前の準備だ。
己の視界が届くところの距離に、点々と、"火事花"を撒く。

朧車『ロ号』 >  
青年の言葉の直後――――

二人が構えるとほぼ同時に、地面に、亀裂が走る。

地響きが、周囲に鳴り響く。

それは巨大な木の根が強引に引き抜かれたあのような…周囲のコンクリート、その下の土を巻き込み巨大な”なにか”が地中からせり上がる音。

それと同時に、響く、電子音。


『――――間もなく、殺界。殺界。

 ――――開くドアにご注意ください。

 ――――間もなく、殺界。殺界。』

朧車『ロ号』 >  
瞬間、ヒビ割れた大地から、炎が漏れ出す。

それは薄ぼんやりとした橙の光から、赤く、大きくなってゆき……

大地を突き破り、その炎の”本体”と共に、巨大な火柱となって顕現する。




――――――炎に包まれた、般若の面を先頭車両につけた、鋼で出来た大蛇の如き巨体。

炎の、朧車。
それが地中から現れ、大地を揺らしながら天高く舞い上がる――――

燈上 蛍 >  
「っゎ、ッ……!?」

蛍は、体術は得意な方ではない。
ただただ、そう、火力があるというだけ。
広範囲に対して有効な術を持っているというだけ。

長身ながらも筋肉がついているのかと問われるような細身の身体は、
地響きの揺れにバランスを崩してしまいそうになる。


「あれ、が……『朧車』、ですか…?」

頬や皮膚が露出している部分が、ヒリヒリと火気に舐められる。
事前に多少はデータがあったとはいえ、彼らは個体によって特性がまるで違う。

火に包まれている相手を見れば、自分の趣向じゃない本を読んだかのような気分になる。
"相性が悪い"と、最初の一文を読むだけで分かってしまう。

異能の行使に、持っている紅い本の頁を捲らねばと思うのだが、
今の状態ではと、傍らのレオを見やる。
彼の能力を…説明書を把握せねば、下手なことは出来ないと。

レオ >  
「――――一旦離れましょう……!!」

顕れた『朧車』を見て、すぐさま燈上の方に跳躍しその体を抱えて距離を取る。

声は冷静に、しかし、怒号のような地響きの中でも聞こえるように張り上げて。
確実に意思の疎通が出来るように、相手の方を見てはっきりと口を開閉させている。

顕れた敵は、炎を纏った巨大な鋼の蛇、とでも言えばいいだろうか。
その体は見目通り灼熱を纏い、近くにいるだけで身を焼く熱を感じさせる。
事前に知らされていた朧車とは既に、情報が違っている。
鋼の巨体、炎の熱……

”どれも相性が悪い”

そう、悟った。

「多分そうだと……でもデータベースにあった相手とは、かなり違う、ので……
 作戦を練りましょう…!!
 正直今の状況だと”無策じゃキツい相手”です…!!」

燈上 蛍 >  
「―――ッ!」

レオに抱えられると、思わず蛍の身体がびくりと委縮した。
この青年は他人に触れられることには、酷く慣れていないと分かる反応だった。

それでも努めて振り払わないように堪え、
手の紅い本を離さないように一旦閉じてしっかりと持つ。
身長差こそあれ、身体は細身の体躯そのままに軽い方だろう。


こういう時、なんという台詞を言えばいいのか、分からない。
台本には台詞が載っていないのが、嫌だった。


とりあえず肌を焼く火を避けるように、
手近な地下鉄出口の覆いの影の所に、二人で逃げ込む。

「……ッあり、がとう、ございます……。」

どうにかして、自分で台詞を書き込む。

「…随分と派手な個体に、当たりましたね…。」

レオ >  
「…? ……」

一瞬妙な強張りを感じたが、今はそんな事を気にしている場合ではない。
そのまま物影まで退避し、炎に包まれた敵に警戒を続ける……

「そう、ですね……あれはちょっと予想外だったな…
 …大丈夫ですか?さっき……少し様子が変でしたが」

聞くのは憚られたが、そうも言ってはいられない。
この状況、逃げるも戦うも一人では難しいだろう。
何より、目の前の先輩を危険な状態で戦場に立たせる訳にはいかない。
それは”死の気配”を強めるから。

朧車『ロ号』 >  
巨体は、その巨体故か逃げた”小さき者”を見失ったようだった。
周囲を見渡すように、空を”飛び”ながら動き回る……

少しの間は、作戦を練る時間は、あるだろう。

とはいえ……
鋼鉄の体燃え盛っており、接触せずとも近づくだけで身を焼く。
その炎は消える素振りはなく、鎮火を待つのが無駄な事を悟らせるだろう。
遠目で確認すれば、複数の貨物車両を引き連れており、それには燃え盛る石炭のようなものが積まれている。
あの個体固有の特徴だろうか……

さて、”2人”はどう、この朧車を攻略するだろうか。

燈上 蛍 >  
地面に散らした"赤い彼岸花"は、朧車が出現した時に焼かれてしまった。
火事を呼ぶ花故に、火事を呼び込んだかのような相手。

ざわつく心を落ち着かせるのに何度か深呼吸し、頭を平静にする。

動揺したことを聞かれれば、
紅橙眼が伏せられる。首を横に振る。

「あぁ……いえ、すみません。
 気にしないでください。なんでもないです。」

"死の気配"が強まっても、この青年は別段気にしない。
元々"死人花"を抱えている自分が、死だのをどうとも思わない。

燈上蛍の本を手に取らないでくれと、緩やかに拒絶をする。


「……僕のことよりも、あちらですよ。
 とにかく、自分たちが何を出来るか、話し合ってから……。」

そうして、誤魔化そうと台詞を読む。

レオ >  
「……そうですか?
 何かあったら、言ってくださいね。」

何でもない、と言われれば今は時間もない、直ぐに切り上げる。
だが、何かあったら言って、とだけ言うだろう。
前の自分と同じように、明らかな動揺があったから。
それは危険だと、知っているから。

「……そう、ですね。

 僕も燈上さんの戦い方を知らないので、先ずは、僕の戦い方から…
 といっても、特別な事はあまりできません。
 この剣を使って、相手を切る…っていうのが基本です。
 接近戦ですね。一応魔力を使って遠距離攻撃も出来ますし、普通の鋼程度であれば、裂く事も出来ます。
 機動力も一応、ある方だと思います。
 少なくとも……さっき地面から出てきたスピード位なら、対処できなくないですね。
 ただ…」

ちらり、と朧車の方を見る。
見て分かる通り、炎を纏う個体。
最初に現れた時すら、少し離れていたにも関わらず火傷しそうなほどの高温を感じた。

その相手に、接近戦をする、という意味――――


「……あの炎をなんとかしない限り、決定打は与えれないと思います。
 だからまず、あの炎の対処が最優先ですね……

 燈上さんの方は、どうでしょうか?」

燈上 蛍 >  
「……はい。」
 
レオからの声掛けには、控えめな是が返って来るだけだった。
自分が危険な分には何も気にすることは無い。
この青年が巻き込まれでもするならば話は別だが。

胸元に紅い本を抱え、その表紙を何度か撫でる。

「…僕の方は、簡単に言えば炎の異能です。
 
 さっき僕がこの"紅い本"を持って、それから地面に"赤い彼岸花"が散ってましたよね。
 僕にとっては彼岸花は着火剤で、この本がマッチ棒みたいなモノです。
 視野の届く範囲に"彼岸花を生成"して、本を使って起爆できます。
 起こした火は、火の強さ、消火もある程度自由です。

 ただ、近接戦とか、体術とかは自信が無いです。
 以前に『前衛を』と言っていたのは、そういうことですね。」

朧車の火を見て、ああ本当に"相性が悪い"と思う。

物理的な相手なら、もう少しやりようがあったのに。


「……あの炎をなんとか……、出来なくも、無い……です。ですけど…。」

青年は歯切れ悪く話す。

レオ >  
「――――”できなくもない”んですね?」

その言葉を、しっかり聞き返す。
何がどう、問題がある、というのは戦闘においては関係ない。
”できる”か”できない”か、それだけが問題だ。
それは自分も、彼も同じ事。

「それをやるのに、手順とか、必要な時間とかはありますか?
 時間がかかるなら、僕が時間を稼ぎます。
 手順があるなら、僕が手伝います。

 ”できる”なら”やりましょう”」

普段の、気の弱い雰囲気からうって変わって。
はっきりと、しっかりと。
現状できる事を発言していく。

燈上 蛍 >  
「………僕は、"自分で起こした火"しか、扱えないんです。」

炎の異能。
それは酷く一般的な異能だ。
ちょっとした端役にだって、そういう設定がされていることはよくある。

炎が本当に自在に扱えたなら、風紀委員じゃなくても活動出来たのに。
自分が扱えるのは、"自分が火をつけた"という事実が必要だ。

──『彼岸花を持ち帰ったら、火事になるよ』

そんな謂れが、頭を過った。


「つまり、あれをどうにかするには、
 僕の炎をあの炎に混ぜて、"もっと大きな炎"にする必要があるんです。
 あの炎を呑み込むぐらいに、僕の炎で覆わなければいけない…。

 ……時間稼ぎをするにも、とても危険ですよ。レオさん。
 あれの炎以上に、"僕の炎"も。」


レオという本を、焼き尽くしてしまわないかと思う。
この己の瞳の色の…炎で。

声色は先ほどの動揺から完全に落ち着いてはいた。

レオ >  
「……大丈夫です。無事に”戻って”みせますよ。」

本人の不安に、しっかりと返す。
気休めかもしれない。が……
今”できる”事があるなら、それは”やらなければならない”事だ。

それで、この人を傷つけるかもしれない。
それでも、共倒れするよりは、マシだと。
それは……自分を”大切にしていない”からこそ出る言葉なのかもしれない。

だとしても、”死ぬつもり”はない。
それは許されないし、何より”自分を大切にする努力”だけは続けなければならないから。

「……こうしましょうか。
 ”合図”を決めましょう。
 それが来たら、僕は全力で逃げに徹します。
 燈上先輩の異能に巻き込まれないように、全力で離れます。

 なので、合図の後…ひと呼吸。
 ひと呼吸してから”仕掛けて”ください。

 ‥‥それでどうですか?」

燈上 蛍 >  
「………………。」

相手の言葉に台詞が思い浮かばず、黙ってしまった。

この青年は、他人も、自分すらも信用していない。
自分で何かが成せると思っていない。
全ては決められていることで、そういう『物語』だと思っている節がある。

自分を"大切にしていない"のは蛍もそうで、
けれど、レオと違うのは"死んでも良い"と思っている所だ。

『死ぬならそれまでだ』と、言いきれてしまうのだ。
いつか、金眼の青年にそう言ったように。


「…合図……ですか。
 ……では、『黄色の彼岸花』が見えたら、逃げてもらえますか。
 なるべく貴方の視界に入るように、出しますから。

 それまで、僕は着火剤の『赤い彼岸花』をひたすら生成します。
 あれをの火を呑み込める位作って、貴方が逃げたら、一気に全部燃やします。」

これは"仕事"ではある。
これは"シナリオ"ではある。

「…貴方に頼みたいのは、あれを僕の視界の届く範囲、
 作った彼岸花を燃やさない程度に、陽動してもらうことです。
 ……すごく危険なので、無理だと思ったら……すぐに"表"へ逃げるのが良いとは、思います。」

だから、"やらなければならない"。

レオ >  
 
「了解です。

 ………――――――」

それで、自分はその後どうするのか?
そう言おうとしたが、やめる事にした。
今は、戦闘が先だ。


「……一つだけ。

 ”僕が危険でも、燈上先輩は彼岸花の生成に集中してください”
 そうしないと、僕も、燈上先輩も、もっと危険な状況に陥ります。

 …では、行きます。」

返事は聞かず、そのまま青年は朧車の前へと駆け出してゆく。
先ずは、燈上先輩に気づかれないように、出来るだけ目立つように。
真っ直ぐに朧車へと向かい、そして……

レオ >  
常世渋谷にあるビルの横を通り―――――

ビルの壁へと”跳躍”する。

壁の細い縫い目に足を器用に引っ掛け、宙を駆ける朧車のいる高さまで、駆け抜けてゆく……

「―――――」

距離を詰めながら、剣を持っていない方の手を朧車へと向ける。

親指で中指を抑え、溜める。
溜めに、溜める。
初撃、不意を突きダメージを与えるのなら、ここが一番。


「―――――こっちだ」


瞬間、指先を”弾く”



―――――ダァンッ!!!



弾いた衝撃で、腕が上へと跳ねあがる。
まるで大口径の拳銃を撃ったように…

それと共に、指先に凝縮された『魔力』が、弾丸のように朧車へと放たれる。

朧車『ロ号』 >  
『次は、黄泉―――――――』

その魔力の弾丸は、朧車の車体を穿つ。

小さな魔力の塊――――魔弾が、車体を凹ませ、一瞬、揺らす。

が―――――――


『――――次は、煉獄。煉獄』

朧車は動きを止める事なく、レオの方へと向く。
攻撃を受け、怒った―――

――――――いや

むしろ”獲物を見つけた”と、般若の顔を歪ませ。

ビルの壁を駆ける青年へと、その巨体を飛びこませる――――

燈上 蛍 >  
今まで、一般風紀として、戦闘に動員されることもあった。
けれども、結局は一般でしかないから、
そこまで期待されている訳でもなかったし、結果を残さなくても良かった。

自分は所謂、名前の与えられた登場人物ではなくて、
それらの背景にたまたま映る、通りすがりの群集の一人だった。


閉じていた紅い装丁の本を開く。
《カラミティ・カタログ》と名付けられた、それは白紙の頁の本。
頁を開いている間、その本は炎を操れる。

いつでも着火出来るようにして、視線を前へと向ける。
広範囲を埋め尽くすように、彼岸花を生成し始める。


  血だまりを作るかのように。


この彼岸花の生成の代償は、己の体力を少しずつ使うことだ。
余程でなければ、この行動が負担ということはない。


視界の端に、レオが朧車を追いかけていくのが見えた。
大きな音が響いて、凄いことをしているな、と思う。


──こうして見ていると、レオは"物語の主人公"のようだと感じた。


自分には、あんな風に出来ない。

自在にこの裏の世界を駆け抜け、魔弾を撃ち出し、剣を振るう様は、
御伽噺の勇者のようにすら思えた。




「……疎まれる僕とは、大違いですね。」

そんな呟きは、魔弾を撃ち出す音に掻き消される。

レオ >  
「―――――」

ビルに激突する事もまるで意に返さないように突き進む朧車。
そのまま進めば、自分はビルに挟まれ圧死するのは必然。
だからこそ……

足に魔力を溜め、即座に解放しビルの壁を”蹴る”
ビルからはじき出されるように、横っ飛びに退避をする。

瞬間、レオがいたビルの壁面は燃え盛る朧車によって”粉砕”される。
ビルの一部を破壊し、瓦礫をまき散らすそれは、まさに”怪物”のそれだ。

――――当たったらひとたまりないな。
空中で跳躍の勢いに身を任せながら、静かにそう思う。

ともあれ、回避は果たした。
再度気を引くために、再び朧車に向け指を弾こうとする。

その時――――

朧車『ロ号』 >  
『――――次は、火炎車。火炎車。』

朧車の後部車両――――貨物車から”なにか”が放たれる。
炎を纏う”なにか”

それが周囲に、まき散らされる。


一つ一つが大砲の弾か、それ以上の大きさを誇る”石炭”だ。