2020/07/08 のログ
ご案内:「転移荒野」に西村貫二郎さんが現れました。
西村貫二郎 > 空中に『門』が開く。
その中から、ぺい、と吐き出されるように一人の男が現れ、そして、どさ、とそのまま倒れ伏す。

うう、と呻き声を上げながら立ち上がり、そして、きょろきょろと周囲を見渡しながら。

「ど、どこじゃ、ここは……」

愕然と呟く。
おかしい。
先程まで、いざもうすぐ甲府城入りだと、近藤さんの厚意で飲み食いして騒いでいたはずだ。
そう考え、目を凝らすも、その視界に見知った景色も、見知った人も誰も見当たらない。

「どこじゃ……近藤さん!土方さん!!おらんのか!!」

今は大久保だの内藤だのと呼べ、と言われていたことも忘れ、大声で呼ばわるも、うんともすんとも返事がない。

西村貫二郎 > 「くそ……どういうことじゃ……」

少しでも状況を確認しようと、再度周囲を見渡す。
やはり、見覚えのある景色は一切ない。

「もうすぐ、もうすぐで甲府城入りだってのに……なんでこんなことに!」

訳も分からず地団太を踏んでとりあえず歩き出す。
どうやら。どうやら、どこぞに迷い込んでしまったらしい。妖にでも化かされたか、神隠しにでも合ってしまったか。しかしそれでも、自分にはやるべきことがある。
そうとりあえず納得した上で自分を奮い立たせ、当てもなくひたすら歩く。
妖に化かされたなら妖が、神隠しに合ったなら神がいるはずだ。
それを斬れば戻れるかもしれない。
その勘を頼りに、鯉口を切ったまま歩き続ける。

ご案内:「転移荒野」に柊真白さんが現れました。
柊真白 >  
「――」

それを見たのは何年振りか。
いや、何年どころの騒ぎではない。
百か二百か、もしかしたら三百か。
遠い記憶にある浅黄色のだんだら羽織。
彼が物好きなコスプレ青年、と言うわけでないのなら恐らく本物だろう。
だってこんな荒野のど真ん中で大小差しているのだから。

「そこの」

声を掛ける。
彼がそうなら、きっと困っているはずだ。
そうでないとしても、何も知らずに街に入って暴れられても、それはこちらが困る。
敵意はないとわかるように、鞘に納めた刀を右手で持って。

西村貫二郎 > 「!」

そこの、と声をかけられれば、即座に刀を抜く。
そして、半身から刀を中段に寝かせたように構え。

「――貴様が、俺を浚った妖か」

ジリジリと間合いを詰めながら睨みつける。
――聞いたことがあった。
白髪の少女。見目麗しいながらも静謐な、幼女とも呼ぶべき見た目の暗殺者。
それを指す噂は数多あったが、その中には『悠久の時を生きる妖である』と言うのもあったのだ。

「はよう俺を近藤さん達のところに戻せ。さもなくば、斬る」

言いながら、ジリジリと、間合いを詰める。
妖相手ならば、刀を右手で持っていることなんて何の保証にもならない。
油断は出来ない。警戒は最大である。

柊真白 >  
「どうしてそうなる」

気持ちはわかる。
気持ちはわかるが、いささかせっかちが過ぎないか。

「落ち着いて。私はあなたに危害を加えるつもりもないし、あなたをさらっても居ない」

妖、と言う点は否定しない。
当時自分が噂になっていたのは知っていたし、事実妖の類だから。

「ここはあなたがいた時代より先の未来で、私じゃ戻せない」

出来れば刀も手放して敵意がないことをより確実に示したいが、相手が刀を抜いている以上そう言うわけにもいかない。
左手を開いて突き出しつつ、じりじりと詰められた分だけ距離を離す。

西村貫二郎 > 「左様なことが信じられるものか。先の未来じゃと?それならば妖の仕業であろうが」

間合いを更に詰める。
異常事態で気が立っているのもあるが、実際に自分の時代で噂になっていた存在が現れたことで、完全に誤解を深めてしまっていた。

「狙いはなんじゃ。近藤さんの首か。違うな、貴様が件の妖なら、即座に近藤さんを狙えばいい。俺に斬られた長州か薩摩の輩の仇討ちでも願われたか。違うな、なら声をかけず暗殺すればいい。なんじゃ、なんじゃ、何が為に俺を浚うた。吐け。吐かねば斬る。戻さねば斬る」

殺気を迸らせながら間合いを詰めつつ。

「それとも、何か証でもあるか。貴様の仕業でなく、そしてここが先の世だという証が」

柊真白 >  
「まぁ、うん、妖の仕業と言えば仕業……でも私じゃない」

門の事とか転移とか、妖の仕業と言えなくもない。
なんにしても説明するにもまずは落ち着いてもらわねば。
そんなに詳しくはないけれど。

「狙いも何も、私はたまたま通りかかっただけ。それこそ、あなたが今口にしたことがその証拠」

そもそもここには植生の調査に来ていただけだ。
本業ではなく、学生としての仕事。
単位のためのフィールドワークだ。

「証拠、これ、とか」

やはり現代技術の粋を極めたスマホだろう。
それを取り出そうと、ポケットに手を突っ込んで。

西村貫二郎 > 「っ!!」

衣嚢に手を突っ込んだ。
やはり暗器か、と即座に反応する。

「(妖術、暗器の類は使わせん!)」

一気に間合いを詰め、そのまま、ぐん、と身を屈める。
そして、そのまま低い姿勢で足薙ぎを放つ。

「(足を削ぐ!如何な妖と言えど、足が落ちればそうは動けんじゃろうが!)」

まして、目の前に敢えて体を晒してからの上下動。
糞度胸がなくては出来ないが、この動きだけで数名の不逞浪士を始末してきた。
決まる。その核心のまま、剣を振るう。

柊真白 >  
「――あぁ、くそ」

迂闊だった。
そりゃあ殺気だった『彼等』の前でポケットに手を突っ込めばそうなる。

「これだから幕末の連中は」

血の気が多くて困る。
しかも体裁きは一流と来たものだからなおさら性質が悪い。
久方ぶりに目にする一流の殺気が込められた刀がその脚を、

「落ち着いて、と言った」

捉えない。
振るわれた剣を脚を上げて避け、そのまま踏み込み間合いの内へ。
幕末当時、彼らを相手に何度か見ていなかったらこうもうまくは捌けなかっただろう。
同時に右手に持った刀の柄を彼の首元へ突き出し、避けられないならそのままぴたりと押し付けるように寸止め。

西村貫二郎 > 「なっ……」

必殺の足薙ぎが躱される。
いや。
躱されるだけならともかく、反応、対応が速くて的確過ぎる。

「くっ……他の隊士が使っていたのを見とったか……」

刀の柄が突き出されるのは『見えて』いる。
が、渾身の足薙ぎの後では、完全な回避は間に合わない。
せいぜいが、間に左手を挟み込む程度で。

「(俺は……今、死んだ)」

これが抜き身であれば死んでいた。
それを確信し、歯噛みしながら、わずかの隙でも見逃さないと言わんばかりに睨みつける。

柊真白 >  
「落ち着いた?」

至近距離、ほぼ密着するような距離で見上げながら。
命が取れる状況で取らなかった、と言うことでどうにか彼に敵意がないことを察してくれると良いのだが。

「これ以上暴れるなら、私も流石に刀を抜かなきゃならない」

右手の鞘に納まったままの刀を突き付けて、淡々と。

西村貫二郎 > 「……」

歯噛みしつつも、今出来ること……あの場所に戻るために出来ることは、相手に抜かせないことだけだ。
ギリ、と歯軋りして。

「――なら、なんとする」

問いかけた。
今、この状況で敢えて殺さなかった意味を問う。

柊真白 >  
「今あなたがやらなきゃいけないのは私を斬ることでも帰る方法を探すことでもない」

淡々と。
混乱したままではあるだろうが、先ほどよりは多少落ち着いたように見える。

「現状を正しく理解すること。私ならその手助けが出来る」

彼と同じ時代を生きた自分なら、他の誰かよりも少しだけ。
刀を引っ込め、身体を離す。

「帰る方法を探すのはそれから」

西村貫二郎 > 「それから、だと……?」

斬りかかりこそしないが、そうしかねない勢いで睨みつけて。

「そうこうしている間に、近藤さんらは甲府城についてしまう!こまいことを考える前に、帰るのが先に決まっとろうが!!」

叫ぶ。
半日くらいはいいだろう。
だが、その後彼らは当然進軍し、そして甲府城に入る予定だ。
そこに参列できないなど我慢ならない。
一分一秒でも早く、あの場に戻りたい。その気持ちを叫びに込めた。

柊真白 >  
「――さっきも言った」

やはり混乱している。
さっき言った言葉が耳に入っていない。

「いい、落ち着いて聞いて」

だからもう一度。
また斬りかかられるかもしれないけれど、何度でも。

「ここはあなたがいた時代じゃない。今、この時代に新選組はいない」

西村貫二郎 > 「新選組が、おらんじゃと……?」

いや、それはまだわかる。
ちょうど甲府城に向かう時も、新選組は甲陽鎮撫隊とその名を改めていた。
だが。

「……証は、あるのか。今が、先の世であるという証は」

刀を鞘に納めて問う。
この口ぶりはまるで『新選組というものが消滅した』と言わんばかりだ。
名を変えたのではなく、無くなった。
そんなことは考えたくなかった。年を経てかつての隊士はいなくなっても、胸に刻んだ『誠』は残り続けると思っていた。
――先ほどの言葉からは、それすら否定する響きを感じた。
だからこそ、証を求める。ないことを願って。否定できることを願って。

柊真白 >  
無言でスマホを取り出す。
それを操作し、ネットからとあるページを呼び出して。

「見て」

差し出す。
表示されているのは、ネットのフリー百科事典。
その、新選組のページ。
表示されている字は当時の物とは違うけれど、おそらく読めるだろう。
そういう魔術がこの島にあると聞いたから。

「新選組がいた時代から、二、三百年経ってる。この時代まで生きてきた私が言うから、間違いない」

表示されている文章は、彼等が過去の存在だと示していて。

西村貫二郎 > 「なんじゃ…?」

覗き込む。
その面妖な板も不可解であったが、不思議と、そこに書かれている文字は見たこともないものもあるのに理解できた。
が。

「そんな、馬鹿な…」

愕然とする。
ここに書かれていることが本当ならば、自分らが駆け抜けた時代から確かに、2~300年経過している。

「な、なら…なら、新選組はどうなったんじゃ!俺らの掲げてきた『誠』は、どうなったんじゃ!!」

叫ぶ。
目の前の板の扱い方なんぞわかりはしない。あくまで、幕末、という時期に新選組が活動していたというくらいしかわからない。
嫌な予感がする。
幕末。幕府の、末。
これは、新選組が守ろうとした幕府が、その直近で『終わった』ことを意味しているのではないか…?

「将軍様は!近藤さんは!土方さんは!沖田さんは!斎藤さんは!原田さんは!あの戦いは、どうなったんじゃ!!!!」

柊真白 >  
「みんな死んだ」

どうなったか、と言われて。
当然の事だが、自分のような妖でも無ければこの時代までは生きていない。

「沖田総司は肺結核で。土方歳三は五稜郭で旧幕府軍として新政府軍との戦いで。原田左之助は江戸上野での戦いで。斎藤一は、警察官になったと聞いていたけど」

それには自分は関わっていなかった。
なのでどれも伝え聞いた話とあとになって調べた話だ。

「将軍――徳川慶喜は大政奉還を行って新政府軍に江戸城を開城。近藤勇は――」

ここで少し迷う。
これを伝えていいものか、と。

「――新政府軍に捕えられ、処刑された」

けれど、彼が知りたがっているのならいつかそこにたどり着くだろうから。

西村貫二郎 > 「う、嘘じゃ……」

愕然とする。
いや、沖田総司に関してはわかるのだ。池田屋の時も咳き込んでいた。
他の隊士の討ち死にもわかる。
討ち死には武士の誉れ、いつかは死ぬことを覚悟して戦ってきた。
だが。

「将軍様が、江戸城を、明け渡した……それに」

それに。

「近藤さんが……近藤さんが、処刑された、じゃと……?」

処刑。
討ち死にでも、切腹でもなく、処刑。
武士の誉れからは程遠い、あの人にあってはならない死に様。

(→)

西村貫二郎 > 「嘘じゃああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
西村貫二郎 > 叫ぶ。
否定したくて叫ぶ。信じられなくて叫ぶ。だけど。
だけど、目の前の妖の言葉に、嘘を感じることが、出来なくて。
否定する要素を、見出すことが、出来なくて。

「そんな、あってはならん……あのお人が、処刑じゃなんて……嘘じゃ……そんな、馬鹿なことが……」

がく、と膝をついて俯き呟く。

「『誠』は……俺らが魂をかけて背負ってきた『誠』は、負けた、のか……?『誠』は、どこに行った……」

柊真白 >  
掛ける言葉が見つからない。
そりゃそうだろう。
自分たちが信じて戦ってきたものが、人が、そんな最期を迎えるなど。

「――それについてはわからない。私は、あなたたちではなかったから」

誠がどこに行ったのか、なんてことはわからない。
自分は暗殺者で彼らは新選組。
そもそもその誠が正しかったか間違っていたかすらわからないのだから。

「とにかく、街にいこう。あなたみたいな――ではないけど、ここは違う世界からあなたみたいに流れてきた人も多い」

彼がこれからどうするか、どうすれば良いかはここに居たってわからない。
過去から来た彼の扱いはわからないが、とにかく自分ではどうすることも出来ないのだから。
膝を付いた彼の肩に手を伸ばして。

西村貫二郎 > 「……」

こく、と力なく頷く。
目の前の妖を斬ろうだとか、そんな気力は失せていた。
心の中に広がっているのは失意のみ。
信じていた『誠』が敗れ、散ったということへの絶望だけだ。

柊真白 >  
「……」

伝えて良かったのだろうか、と思う。
一応過去の人物だし、下手に未来の事を教えて、仮に彼が帰ってから過去を変えたりしないだろうか、と。
放心してしまっているし、少し困ったように眉根を寄せて。

「――立てる?」

とりあえず手を差し伸べようか。

西村貫二郎 > 「…………立てる。手は借りん」

若干ふらつきながらも、自分の足で立ち上がる。
強烈な衝撃を受け、精神はボロボロだ。
だが、それでも、妖の手を借りて立ち上がるということは、誇りが許さなかった。

柊真白 >  
「……そっか」

差し出された手は拒否された。
所在なさげに引っ込める。

「――柊真白。あなたは?」

この様子を見ると名前を教えてくれる、とも思えないけれど。
一応聞くだけ聞いてみよう。

西村貫二郎 > 「西村貫二郎じゃ」

素直に返す。
悔しさもあるが、今はこの妖に助けられている。
それが名乗ってきて、名乗りを返さないのは士道に反すると感じたのだ。

「それで……なんとする。どうすればいい」

柊真白 >  
おや、名乗ってくれた。
意外――というと失礼か。

「さっきも言ったけど、街に行く。異邦人――違う世界からの迷い人を保護してくれる仕組みがあるから」

街の方を示す。
遠くに多数のビル――と言っても彼はわからないだろうが――が見えるだろう。
とりあえず、彼の学生証を発行してもらわないと。

「……あと、あまり期待はしない方が良いけれど。運が良ければ、元の時代に戻れることもあるかもしれない」

西村貫二郎 > 「そうか……そういう場所、なんじゃな」

ここはきっと『そういう』場所。自分のようなものがそれなりにいる場所なのだろう。
そう納得しながらも促されるままに高くそびえたつ建築物を見て、唖然とする。

「嗚呼……あんな建物は京にもなかった。なるほど、先の世、か……」

石造りだろうか?の高くそびえる姿に、障子ではないが明らかに何かがある透明な窓。
如何な名工でも、あのようなものは作れまい。
嘆息しながらも、可能性があると聞けば、目に光を宿して。

「その可能性があるだけでも、まだ生きる意味はある。いつか必ず、近藤さんのところへ、帰るんじゃ……!」

柊真白 >  
「とりあえず、これだけ約束して」

じ、と見上げる。
彼の目をまっすぐ見つめて。

「一つ、みだりに刀は抜かない事」

申請すれば帯刀は違法ではないが、刃傷沙汰は色々面倒なことになる。

「二つ、委員会の人たちにはあまり逆らわない事」

これまた色々面倒なことになる。

「三つ、私が暗殺者だってことは内緒にして欲しい」

またまた面倒なことになる。

「いい?」

西村貫二郎 > 「一つ目と三つ目はいい。しかし、委員会とはなんじゃ。御上か?」

一つ目は、そもそも局中法度で私闘を禁じられているため、構わない。
三つめは、一々喋る必要もないので、構わない。
だが、二つ目。
これは即ち、主と仰いだ将軍、そして局長達以外に従うということだ。
武士としての忠が、乱れてしまう。それがどういうものかくらいは聞いておかないと、頷きかねる内容だった。

柊真白 >  
「まぁ、そのようなもの」

これに関しては説明が難しい。
が、お上と言えばお上のようなものか。

「別に絶対って訳じゃない。ただ、基本的にはこの島に住む人が快適に暮らせるように働いてる人たちだから――」

つまるところ。

「顔を潰さないであげて。あなたが捕まる可能性もあるし、私の立場も危うくなる」

そういうことだ。
自分が連れてきた異邦人――と言っていいのかわからないが――と言うこともあるし。

西村貫二郎 > 「新選組みたいなものか。それとも見廻組か。まあよくわからんが……」

目の前の意地に拘って、戻る可能性を潰すのは愚策だ。
それに、不承不承ながらも恩義のある相手のメンツをつぶすのもよくない。

「仕方ない、聞いてやる。そいつらはそいつらなりに『誠』を背負っておるかもしれんしな」

その背に『誠』を感じることが出来れば、新選組はただ消えたわけではないと思えるだろう。
そのためにも、まずは見極めたかった。

柊真白 >  
「ん」

とりあえず納得してくれたようだ。
とはいえ誠、あるだろうか。
特に彼とか、まぁ彼なりにあるんだろうけれど。
病院で寝ていた友人の姿を思い出して、首を振る。
まぁなんとかなるだろう。

「それじゃ、ついてきて」

それだけ言って歩き出す。
たまに後ろを振り向いて、彼が付いてきているかを確認しながら。

辿り着いた街で彼がどんな反応をするかとか、ちゃんと生徒登録出来たかどうかとか、住居はどうするかとかは、また別の話――

ご案内:「転移荒野」から西村貫二郎さんが去りました。
ご案内:「転移荒野」から柊真白さんが去りました。
ご案内:「転移荒野」にシズクさんが現れました。
    > ───二人の男女が立ち去って、しばらく経ったあと。
転生荒野の上空に再び『門』が開き、一人の少女が晴天の下に投げ出された。

シズク >  
「────────────ぁぁぁああああああああ!?」

冒険者として不思議な遺跡の調査に赴いた時のこと。
興味本位で遺跡を起動してしまったボクは、その場に開いた『門』のようなものに吸い込まれて───
気が付いたら、空高くから落っこちていた。
はい、状況説明終わり!

「誰か助けてぇぇえええええ!!!」

助けを求める叫び声はむなしく虚空に響くだけ。
近くに掴めそうなものは見当たらないし、ジャケットを脱いで広げたところで速度を和らげるには足りない。
こんな事なら、前に拾った"ヒコウキ"とかいう遺物を持ってくるんだった。
あれに乗って自由に空を飛び回るのは楽しかったなぁ。
魔物と間違われて撃ち落とされそうになった時は焦ったけど……って、思い出に浸ってる場合じゃないよ!

シズク >  
だんだん地面が近付いてきた。
見渡す限りの荒野地帯で、このまま地面と衝突したら大怪我どころじゃない。
血の気が引いていくのを感じながら、同時に一つの打開策を思い付く。

「……そうだ、精霊魔法なら!」

風の精霊に力を借りればいいじゃないか!
こんな単純なことにも気付かなかったなんて。
いきなりの事だったから、すっかり頭から抜け落ちていた。
ここは冷静に、精霊のマナと感応して───

「……あれ!? マナを全然感じない!?」

いつもなら大気中に漂う精霊のマナを感じるはずなのに。
薄ぼんやりとは感じるけれど、強い風を起こすほどの魔力には足りなさすぎる。
それでも、やらないよりはマシだと思って……ありったけのマナを掻き集めた。

「【ワールウィンド】っ……!」

掛け声に応じて吹いたのは、旋風には遠く及ばない僅かな風。
最初の頃より少し勢いが落ちたくらいで、自由落下は止まらない。

「どうしてぇえええええ……」

失意の中、いよいよ地面が間近に迫る───

ご案内:「転移荒野」にスピネルさんが現れました。
スピネル > 自由落下を続ける少女の脇をコウモリの一団が通り抜ける。
少女が落下する直前の位置に集まったコウモリは一瞬で少年の姿へと変化する。

「…よっと。」

両腕を開き、腕の中に少女を受け止める。元より怪力を誇る吸血鬼の少年に取ってこの程度のことはお手の物であった。

「大丈夫か、お主。」

金髪で燃える様な色の瞳の少年は少女をゆっくりと足元に座らせて。
自らは咄嗟に荒野に転がっている遺物の中から黒い日傘を手に取り、日よけに活用する。

シズク >  
「きゃああああぁぁぁ…………あ?」

もう駄目だ、と思ったその時。
視界の端に何か黒いものが見えたと思ったら、次の瞬間には誰かの腕に抱えられていた。
いったい何が!? とか、重たくなかったかな……? とか、言いたいことだけが頭の中をぐるぐるして。
突然のことに目を白黒させながら、大人しく地面に下ろされる。

「へっ? あっ、えっと……ありが、とう……?」

かけられた声と顔に差す影を見上げれば、ボクを助けてくれたのは金髪の男の子だった。
立ち上がってお礼を言いたいのに、腰が抜けてぺたんこ座りのまま頭を下げることしかできない。

スピネル > 日中での活動は実の所、苦手なのである。
太陽は常にこの世を支配し、照り付ける陽光が身を傷つける。
少年は拾った日傘で遮らなければ今頃汗だくになっていたことだろう。

「無事で何よりじゃな。 それよりお主、こんな所で何をしておる?
ここは転移荒野と言ってな。色んな遺物が出てくる代わりに危険もわんさか出てくるエリアらしいぞ。」

らしい、とは少年自体も人づてで聞いたのであまり実感がないから。
地面に座り込んだままの少女を尻目にがさがさと金になりそうな品や、日常生活で使えそうな品を探している。

「我は高貴なヴァンパイアのスピネルじゃ。お主は?」

少年はいつもの両手を広げて行う大げさな挨拶はしなかった。
片手が塞がっていること、探し物に半分意識を取られていることが理由である。

シズク >  
「てんいこうや……?」

聞いたことのない地名だ。
ボクが起動した遺跡があったのは森の奥深くだし、単に外へ放り出されたってわけでもないみたい。
遺物があるってことは、ここもまた遺跡の一つなのかな?
なんて思考を巡らせていたら、自己紹介の前半部分を聞き逃してしまって、慌てて答える。

「っと……スピネルくんっていうんだね。
 改めて、助けてくれてありがとう。ボクはシズク、冒険者だよ。
 依頼でとある遺跡を調査してたら、ここに飛ばされちゃったみたいで……
 帰らないといけないんだけど、ここって何大陸のなんていう国かな?」

布の付いた変な棒を片手に歩き回るスピネルくんの様子を眺めながら、現在位置を訊ねてみる。

スピネル > 「お? その反応はこっちに初めて来た人間か?」

ガラクタ漁りを中断しては、フフンと鼻を鳴らす。自分もほんの数日前までは同じ状況だったのに、すっかり先達気取りだ。

「教えてやろう、冒険者のシズクよ。」

左手を後ろに回し、右手の人差し指をピンと掲げる。
まるで講義をする先生のように。

「ここはお主のように異界の住人が突如飛ばされてくることがある場所だ。
その様子だとお主も突然飛ばされてきたのだろうな。
ちなみにここは日本と言う島国の近海に位置する"常世島"と言う島の様だ。
生憎と元の世界に帰る手段は今の所ないぞ。いや、全くないわけではないようだが。」

吸血鬼を恐れない辺り、流石の冒険者か。それとも見た目が子供だからか。
少年は軽くプライドが傷つく音を聞きながら、数日前にスラムなどで集めた知識をかき集めてそれらしい説明をしている。

シズク >  
得意げに語るスピネルくん。けれど、その内容は衝撃的なものだった。
異世界? ニホン? トコヨ島? ぜんぜん聞いたこと……ううん、少しだけある。
世界のどこかには別の世界に繋がる『門』がいくつかあって、普段ボク達が相手にしている魔物もそこから来たと言われてる。
ひょっとして、あの遺跡がその一つだったってこと……!?
見上げても青空が広がってるだけで、ボクが通ってきた『門』らしきものは見当たらない。

「そ、そんな……これからボク、どうしたらいいの……?」

帰る手段がないという事実を受けて、その場にがくりと崩れ落ちた。
得意げに語るスピネルくんが同じ立場だなんて知る由もない。
あれ? でも言葉は通じてるな……

スピネル > 冒険者は日頃から非常時に対する免疫があるのか、理解が早かった。
自らの説明が良かったのだろうと顎をしゃくりあげる少年。

「そうだな、差し当たっては異邦人街と言うエリアに向かうとするか。
そこはお主のような飛ばされてきた者たちが集まって暮らしているエリアでな。
恐らくお主のように常識ある者なら歓迎してもらえるだろう。
当座の資金は後で我が貸してやろう。
他にも色々とエリアがあるようだがこの島を支配している学園とやらの関係者でないと出入り出来ない場所が多い。

ああ、言葉は何故か通じる。理由は我も知らん。」

ガラクタ漁りを再開し、金になるような物品を2~3個収集する。
どれも金で作られた小物やどこぞの床の間で飾られていたであろう絵画など。

序でにこっちに飛ばされてきた少女が真っ先に疑問に思っていそうなことを指摘する。
決して心が読めたわけではない。

「我はここでやるべきことは終えたし、あとはお主次第だ。
もう少しここで手掛かりを見つけたいのなら手伝ってやってもいいぞ。」

シズク >  
「異邦人街……そんな場所ができるくらい、よくある事なんだ」

もしかしたら、同じ世界から来た人もいるかもしれない。
そう考えたらちょっとだけ元気になってきた。
まだまだ不安はあるけれど、こんな事でへこたれてたら冒険者は務まらないからね!

「うん、分かった。異邦人街まで案内してくれると助かるよ。
 言葉が通じるなら、後は自分でなんとかできると思う。
 お金を借りるのは悪いし、ボクも金目の物を拾って……拾って…………」

周囲を見回す。広い荒野のあちこちにガラクタが散らばっているのが見える。
お金になりそうなもの、ならなさそうなものは様々だけれど。
ボクにとってはどれも見たこともない、宝の山に思えた。

「……やっぱり、もうちょっとここにいていい?
 手がかりっていうか、うん。純粋な興味本位だけど」

助けてもらってる身で自分勝手かな、と頬をかきつつ。

「実はボク、冒険者をやりながら遺物の蒐集もやってるんだ。
 目利きだってそれなりにできるんだよ。
 例えばそれ、キミが今拾った金色のやつ……ちょっと見せて」

盗らないからさ、なんて言いながら返事を待たずに近付いて、彼が持っている小物に手で触れる。
目を閉じれば脳裏に浮かぶのは、その小物がどんな構造をしているか。
ああ、やっぱり───そんな顔をしながら瞼を開いた。

「これ、金色に塗ってあるだけだね。たぶん安物」

この世界の鉱物には詳しくないけれど、わざわざ見せかけるってことはそうだと思う。
それでも溶かせば再利用はできるだろうから、一銭にもならないってことはないんじゃないかな。

スピネル > 「そのようだな、ちなみに我はスラム街を住処にしている。
危ない場所だからお主は近づくなよ。」

ヴァンパイアのスピネルでも最低限の良心は持っていた。
スラムの凄惨な光景を目にしているだけに、可愛らしい少女には先に忠告をする。

「分かった。冒険者なら自活能力もあるだろう。
街まで案内はするが、後は自力でなんとかできるだろうな。」

シズクのセリフが止まる。どうやらこの荒野の有益性に気が付いたようだ。
少年は日傘を持ったまま少女を見守る。

「仕方ない。但し我から離れるなよ。
ここは魔獣が現れたりと色々危険らしいからな。」

ため息を吐くも、少年は少女の傍で用が済むのを待つことに。

「ほう、流石冒険者だな。」

その手の仕事はかつては部下たちにやらせて居た為に実はその手の鑑定の経験がなかった。
言われるままに手にしていた小物を預ける。
どんな風に調べるのかと期待していると、なんと目を閉じている。
これで本当に分かるのか?と内心疑問が浮かんだところで。

「なんだと!?」

少年は少女の鑑定結果に目を見張る。
小物を手にわなわなと震え。

「根拠は。根拠はどこにある。」

偽物であればわざわざこの場から持ち出すまでもない。
少年は興奮気味に少女に食い下がった。

シズク >  
「こ、根拠っていうと説明が難しいんだけど……
 少なくとも騙し取ろうだなんて思ってないってことは先に言っておくね」

口八丁で利益を奪おうとしていると思われて、協力が得られなくなっちゃったら困る。
前置きをして、触れていた手も離してから目利きのタネを話すことにした。

「ボクね、小さい頃からどういうわけか、手に持ったものの構造とか使い道が分かるんだ。
 遺物を集めてるのもそれが理由で、たまに使えるものが拾えたりするんだよね」

腰のアイテムポーチを開いて、薄い板状の遺物を取り出す。
これは手持ちの遺物でも一番の掘り出し物で、こんなに薄いのに色々な機能が詰まってるんだ。
まぁ、ほとんどは使い方が分かるだけで何の役に立つのか分からないものばかりだけれど。

「これをこうすると……ほら!」

両手の平くらいの広さがある板の表面を指でなぞれば、そこに転生荒野の地形が表示される。
そう、これはこの遺物が持つ機能の一つ、自分がいる場所周辺の地図!
いやぁ、異世界でもばっちり対応してるなんて優れものだなぁ。

「どう? すごいでしょ!」

渾身のドヤ顔でスピネルくんを見る。
途中からただの自慢になってるけど気にしない方向で。

スピネル > 「そんなことは思っておらん。
いいから早く続けろ。」

少年は持ち前の短気ぶりを発揮しては、少女を急かしている。

「冒険者達がよく言うスキルと言う奴か?
生まれつき持ち合わせているとは凄い話だ。」

ひょっとして、ただの人間ではないのだろうかと顔を見やる。
腰のポーチもよくある冒険者の装備品と思っていたが違う様だ。
次は何が出てくるかと、少年は鼻息が荒くなる。

「なんだこれは! この辺りの地図ではないか。」

コウモリ姿で上空から見上げた地形と同じものが表示され、声を張り上げる。
最早少年の中で価値を失っていた小物は手からポトリと落ちてしまう。

「ううむ、これは凄いぞ。
これがあればここでの資金稼ぎも簡単ではないか。」

どうだと言わんばかりの少女の顔を、驚愕のまなざしで見る。
同時に、少年の中でこの少女が欲しくなってくる。
今後、荒野での遺物回収に使えるぞと囁く声が聞こえていた。

シズク >  
「えへへ~そうでしょ! 地下に入ると動かなくなるのが難点だけど……
 あっ、欲しいって言ってもあげないからね! これはボクの大切な相棒なんだからっ」

物欲しそうな顔でこっちを見てくるから、サッと胸に抱いて庇う。
今ボクの胸見て「薄っ……」って思った人は覚悟するように。

「まぁでも、価値まで分かるわけじゃないから稼げるかは分かんないけどね」

少なくとも金が希少らしい、というのはボクの世界と同じみたいだけれど。
異世界の物価なんて分からないし、遺物ってだけで高く売れる場合もあるから、拾えるだけ拾った方がお得かもしれない。

「遺物と言えば、キミが持ってるそれはなに?
 武器……にしては変な形だけど」

興味を逸らす意味も兼ねて、彼がずっと持っている変な棒について訊いてみた。

スピネル > 「地下では使えないのか。なら尚の事スラムなどには近づかない方が良いぞ。
あの辺りは連れ込んだ相手を地下室に閉じ込める習性があるようでな。
…誰が欲しがるか! 我が欲しいのはお主だ!」

ポーチを胸元に隠している少女に対し、苛立ち紛れに返答する少年。
聴く人が聴けば勘違いされるような内容になっているとはこの時は気づいていない。

「どうせ片手が塞がっておるのだ。
持ち帰るのなら他の者の方が良いだろ。
やはりこっちにするか。」

ガラクタの中から黒い色の奇妙な遺物を拾う。
こっちの世界の火筒のようだが、妙に小さい。

「これか? 日傘と言う類のモノだ。
我は高貴なヴァンパイア故に日中太陽光を直接浴びると体に負担が来るからな。
こういう遮蔽物で身を守る必要があるのだ。」

シズク >  
「んん゛っ……!?」

むせた。
いきなり「欲しいのはお主だ!」なんて言われたらビックリするよね普通。

「そ、そんなこと急に言われても……ボク達まだ、出会って間もないのに」

その手に持った銃のような遺物でボクのハートを撃ち抜こうっていうの!?
赤くなった頬を片手で押さえながら、もう片方の腕で抱えた板の遺物で心臓をガード。
そっちの棒状の遺物はヒガサって言うんだね。
ヴァンパイアも大変だなぁ……うん? ヴァンパイア!?

「ってヴァンパイア!?!?」

さっき聞き逃していたらしい部分を今度はばっちり聞き取った。
スピネルくんからしたら、かなり遅いリアクションになったと思う。

スピネル > 「そうだろう?
そのような異物を鑑定できたり地形を表示できたりする能力を持っているのなら
我の活動が更に進む。」

少年は両手を上げ、得意げに心中を語った。
少女が驚いていることなど意にも介さずに。
昔もこのような方法で部下を集めてきたのだろうか。
少女が頬を赤らめていることに気づき、軽く咳ばらいを。

「うむ、その通りだな。
急な話で済まなかった。とはいえ前向きに考えておいてくれ。」

テンションが落ち着こうとしてきた少年に、再び火が灯る。

「フハハハハハハ!
いかにも! 我こそが高貴なヴァンパイアのスピネルである。」

シズク >  
ヴァンパイアといえば、ボクがいた世界ではかなり高位の魔物だ。
夜の支配者とも謳われる通り、夜間においてヴァンパイアに敵うものはいないとされている。
断じて真っ昼間から荒野でガラクタ漁りをしてるような魔物じゃない───!

「……えぇ~、うっそだぁ……」

懐疑的なまなざしを向ける。
よしんば本当にヴァンパイアだったとして、ものひろいに励む姿はお世辞にも高貴とは……

「しかも、ボクが欲しいって能力面でってことね……ときめいて損した気分」

高笑いするスピネル君のテンションとは対照的に項垂れる。
冒険者として能力を買われるのは嬉しいけど……けど! 乙女としては複雑なの!

スピネル > 「何が嘘だ。
我も本来は広い領地を抱え、眷属や下々の者達を多数抱えておったわ。
だが今の我は一人でここに飛ばされたのだ。
いや、案ずる出ないぞ。スラムに行けば我の部下が多数控えて居るわ。
フハハハハハハハハ!!」

得意げになって色々と語るが、この説明は実は数か所瑕疵がある。
まず、眷属や下々の者達を抱えて居たのは元の世界でも遥か昔の事。
そして、部下は今も居るが忠誠心は限りなく低い。
おまけに危険な場所に連れ出せない程に戦力としても弱かった。

「いやいや、そんなことはないぞ?
我はお主のような綺麗な女を欲しておる。
お主が望むのならば眷属として永遠の命を授けても構わん。」

ジリジリと近づき、顔を覗き込む。
少女が固まったままなら唇を奪ってしまうだろう。

シズク >  
「き、綺麗? そうかな……いやでも、それはちょっと」

言われ慣れてない褒め言葉に緩んだ顔を覗き込まれて、思わず板で顔を隠した。
少しヒビの入った真っ黒な板面に、スピネル君のご尊顔が反射する。
あれ、ヴァンパイアって鏡に映らないんだっけ?
じゃあ反射してないかも。裏(こっち)側からじゃ確かめられない。

「でも、そっか……スピネルくんも一人ぼっちなんだ」

領地とか眷属の話が本当かはともかく、異世界に飛ばされて一人きりなのはボクも同じ。
もしかしたら、孤独を紛らわす仲間が欲しくてボクに声をかけたのかもしれない。
そう考えると、なんだか放っておけなくなってきちゃったな。

「……助けてもらった恩もあるし、資金稼ぎを手伝うくらいなら協力するよ?」

だから、板からそっと顔を覗かせて、そんな提案をしてみた。

スピネル > 「なんだ、身持ちが堅いではないか。」

真っ黒の板が行く手を阻み、少年はつまらならそうに口を尖らせる。
ちなみにスピネルの姿は鏡などには映らない。
だから姿見で自分の姿を確認することが出来ずにいつも苦労している。

「仕方あるまい、高貴な存在は孤独なのだ。」

まあ、聞けばわかるがこれは強がりである。
実際少年は一人ぼっちで行動している。
それをことさら口に出して認めることはしないだろうが。

「ふうむ、まあそれでよいか。
さてシズクよ。 遺物探しは終わったか?
街へ向かうつもりなら飛んで連れて行くぞ。」

少年はまだ少し不満そうであった。
もともと城では美女を侍らしていたこともあるが、今の状況だとそれは叶わない。

シズク >  
「こんなムードもへったくれもないファーストキス嫌だよ!」

キスどころか、恋人だっていたことないけど。
だって仕方ないじゃん、冒険者にそんな暇ないんだから!

「強がっちゃってまぁ……素直に寂しいって言えばいいのに。
 ボクも、スピネルくんがいなかったら心細くて泣いちゃってたかも」

そもそも無事でいられたかも分からない───とは言わないでおいて。
会話の最中、その辺の遺物を見繕ってアイテムポーチに詰めていく。
ポーチがパンパンになったところで彼の言葉に頷いた。

「よっし、こんなものかな。ボクはいつでもいいよ!
 でも……飛んでくって、どうやって?」

そういえば、どんな風に助けられたのかよく分かってない。
あの時は必死だったりで、周りを見てる余裕なんてなかったから。

スピネル > 「なんだ、ムードを用意してやればいいのか。
しかし、ファーストキスか。ふむ、それは悪い事をしたな。」

以前はファーストキスであろうと生娘であろうと呼べば皆が傅いたものだった。
今はそれは遠い昔であることを改めて認識させられる。

「ええい、馴れ馴れしいぞ。
我が傍に居てやるから泣くな。」

スラムで従えているチンピラ達にも軽口を叩かれてみたり。
少年は自分が思い描いている関係とは異なる人間関係が構築されていく。
内心諦めの境地に達しているが、表立ってはあくまで孤高の存在を貫くようだ。
会話の途中でも少女はポーチに価値のありそうな品を入れている。
ポーチは見た目よりもなんでも入るようで、少年は羨ましそうに唾を飲む。
そして、少女が良ければ2~3の拾った品を預かってくれるように頼むだろう。

「それは…こうするのだ。」

物陰に入った所で少年は人間の姿のまま巨大なコウモリの翼を広げる。
日傘を差したままなので、自然と少女を抱きかかえての移動になるだろう。

「街まで歩くと時間がかかる。
行くぞ。」

片手を広げ、少女が近づくのを待っている。

シズク >  
「そりゃ初めてなんだから、大事にしたいに決まって……って何言わせるの、もうっ!」

ついつい変なことを口走ってしまって、照れ隠しにスピネルくんの肩を痛くない程度にバシバシ叩く。
本当に寂しい時にこの顔と口調で迫られたら、わりと本気で危ないかもしれない。用心しとこ……

それにしても、アイテムポーチの容量に目を付けるなんて流石だね。
まだ少しだけ余裕があったから、頼まれた分も入れておいた。
肝心の移動方法は───と目の前で翼を広げたのを見てポカンとする。

「えっ、わ、何これ! 本物!?」

まさか本当にヴァンパイア?
思い返してみれば、助けられた時も何か黒いものが見えた気がする。
ヒガサを片手に手招きするスピネルくんを前にちょっと尻込み。

「……ヘンな事しないよね?」

どさくさに紛れて変なところ触ったらひっぱたいてやろう。
そんな身構えをしつつ、恐る恐る近付いた。

スピネル > 「お、怒るなシズク。」

少年は肩を叩かれて思わずフリーな方の手で身構える。
日頃偉ぶったり強がったりしていても気を抜けば只の少年なのでこういった時に素が出てしまう。

ポーチの有用性は少年にとっては大層羨ましいレベルだった。
持ち運びに長け、しかも軽くて場所を取らなそう。

「さっきからずっと言っているだろう、我は高貴なヴァンパイアだと。」

毎回高貴、と言う言葉を付けないと気が済まないスピネル。
気が短い少年はしり込みしている少女を前にブンブンと手招きを繰り返す。

「誰がするか。
それより、そこそこ高度を上げるから暴れるなよ。
落ちて死んだら眷属にしてやるからな。」

シャレになるのかならないのか、微妙な発言をしてから少女を抱き寄せる。
胸の辺りを避けるとなると、自然とお腹の辺りを触ってしまうだろう。
翼を広げ、飛翔する。

目指すは島の南東部、異邦人街!

ご案内:「転移荒野」からスピネルさんが去りました。
ご案内:「転移荒野」からシズクさんが去りました。