2024/02/24 のログ
ポーラ >  
「ええそうなの、なんでもあり。
 だから、なんでもありになり過ぎないように、見守るヒトも必要なのよ」

 そう言ってから振り向いて、片目を閉じながら人差し指を自分の唇に当てた。

「もう、そこは嘘でもお誘いしてるって言ってほしいわ。
 先生だって女の子なのよ?」

 もう、なんて年甲斐もなく言っているが。
 それが楽しそうなのだから、きっとこういったやり取りそのものが好きなのだろう。

「ふふふっ、それだけ、ゆーちゃんみたいなお客さんが珍しいのよ。
 教会に来る人はいても、こっちに来る人は少ないもの」

 そう言いながら、談話室の前まで少年を連れていくと、中からはざわざわとした気配が駄々洩れで。
 子供たちが少年の正体についてあれこれと憶測を巡らせているのがまる聞こえだろう。

「あらあら、この子たちったら」

 困った子たちねえ、なんて笑いつつ、ばぁん、と勢いよく談話室の扉を開けた。

「――はーい、みんな、お客さんよ。
 先生のお友達だから、ちゃんとご挨拶しなさーい」

 そう彼女が談話室の中の子供たちに呼びかけると、

『こんにちはー!』

『いらっしゃーい!』

『わぁっ、美人なお姉さんだー!』

 などなど、十人ほどの子供たちが口々に少年を歓迎するだろう。
 談話室にいるのは、下は初等教育すらまだだろう幼児から、上は十代前半までの子供たちだ。
 誰もが少年よりも年下と言う事になるだろう。

「はぁい、よくご挨拶できました。
 それじゃあみんな、ちゃんと座りましょうね。
 ――はい、ゆーちゃんはこっちね」

 談話室の中は、大テーブルと、それを囲むようにソファが置かれている。
 ぐるっと囲めば、二十人ほどが座れるだろうか。
 そこの上座に、少年を案内して、自分の隣に座る様に促すだろう。
 テーブルの上には、それぞれが呑みたいのだろうジュースやお茶が置かれていて、上座の二人の前には、湯飲みに入った暖かなお茶が支度されていた。
 目の前には一人分ずつ取り分けられたお茶菓子があり、小さなお饅頭といくつかのクッキーが綺麗に置かれている。

「あら、杉本さんから頂いたお饅頭を出したのね。
 んー……こういう気が回るのは、コータかしら?」

 そういうと、十歳くらいの男の子が、へへへ、と自慢げに笑って答える。
 褒められたのが嬉しいのだろうが、それを見た他の子たちからは、

『あーっ、コータだけずるーい!』

『ミリィもっ、ミリィもおちゃよういしたのー!』

 などなど、あちこちから、自分が何した、なにをやったと主張が出るわ出るわ。

「はいはい、みんな偉いわ、ありがとう。
 それじゃあ、みんなでお茶にしましょうね」

 彼女がそう音頭を取ると、子供たちは行儀よく、いただきまーす、と声を揃えてお菓子やジュースに手を伸ばしていくのだった。

「……ふふ、ごめんなさいね、騒がしいでしょう?
 いっつもこんな感じなのよ。
 どの子も元気すぎて、困っちゃうわ」

 なんて、どこか幸せそうにしながら、困るなんて口にする。
 確かに騒がしく賑やかな光景だろう。
 そして、きっと目の前のお菓子がなくなったら、少年への質問攻めが始まるだろう事は想像に難くない。
 なにせ今も、お茶菓子を頬張りながら、いくつもの視線が少年に剥いているのだから。
 

風花 優希 >  
「…そのための委員会、ですもんね」

生活委員も、そうした一つ。
少年は図書委員であるが、そうした役割の重要さは身に染みている。
目の前の彼女も、教師であるからには何らかの委員と関りがあるのだろう。
だからこそ、そんなことを言ったのかもしれない。

「じゃあ、今からお誘いします、なぁんて」

けれども、そうしたことを気にしすぎてしまうのも良くはない。
今は何より、子供たちも近くにいる。
だから、そんな冗談交じりの言葉を返し、歩を進める。

彼女が言うように、客人そのものがきっと珍しいのだろう。
賑やかな興味津々なざわめきの中、子供たちの挨拶に笑顔を向ける。

「構いませんよ、元気でいい事じゃないですか。
 …と、ボクも自己紹介しないとな。
 風花 優希です、これでも一応男で~…学年的には高校生?だよ」

きっと質問攻めが待っているだろうが、ひとまずは挨拶を。
子供の前だから、彼女としゃべる時の敬語は一旦、脇へと置いて。
ふだんの少しフランクな、素の口調で声を張る。

ポーラ >  
『ええええ~~っ!?』

 少年の自己紹介に、子供たちの驚きの声が幾重にも重なった。

『おね……えっとおにーさん、なの?』

『うっそだー!
 すっげー美人なのにー!』

『せんせーよりかわいいー!』

「はーいミリィ、後でお風呂掃除ねー」

 理不尽な宣告に女の子は『やだぁー!』と声を上げるが、どことなく楽しそうだ。

「というわけで、とーっても可愛い美人な、優希おにーさんです。
 学園じゃみんなの先輩なのよ。
 ちゃんと仲良くできるわよね?」

 そういうと、『はぁーい』と元気な返事が返ってくる。
 ただ、一人だけ。
 ソファでも端っこに座ったまだ十才にもならないくらいの男の子だけ、顔を伏せたまま、ちらちらと少年の様子を黙って伺っているだろう。

「……ゆーちゃん」

 とんとん、と少年の肩をつついて、その男の子に視線を向けて目配せする。
 恐らく、その男の子が自身のジェンダーと折り合いの着いていない子なのだろう。
 

風花 優希 >  
「あはは、ありがと。
 こんなだけどね、そうお兄さん」

わいわいと響く子供たちの声。
愉し気なやり取りを見ていれば自然の頬が緩む。

けれどもその中でひとり、顔を伏せた子供が一人。
きっとあれが、件の子なのだろう。
チラチラと視線が向いているのを見れば、ひらひらと小さく手を振って。

「やっほ、はじめまして」

そうやって軽く、挨拶から試みる。

ポーラ >  
『すげー、学園の女子より美人!』

『なによそれー!
 わたしだって可愛いもん!』

 わいわい、がやがや。
 少年の自己紹介ですっかり子供たちは盛り上がってしまった。
 そしてあっという間に当人そっちのけで話が進んでしまうのである。
 いつの間にか、『やっぱりせんせーのカレシだったんだ』説が主流になってしまうあたり、背伸びしたいお年頃なのがよくわかるだろう。

 さて、それでもやっぱり端っこの男の子は顔を伏せてむすっとしたまま。
 少年に声を掛けられたら、慌ててそっぽを向いてしまうだろう。

「……ね?
 ちょっとだけ難しい子なの。
 ゆーちゃん、少し話し相手になってもらえないかしら」

 おねがい、と上目遣いで確信的にあざとく言うだろう。
 

風花 優希 >  
子供の噂とは怖いもの。
いつの間にか彼氏説が彼らの中の定説となっている。
年頃の子はこういうものかぁ、などと感心しつつ。
本題の子の方は、なるほどちょっと悩ましそうだ。

「まあうん、そうっぽいかな。
 ええと…とりあえず、キミの名前を教えてくれる?」

そっぽを向いてる男の子に、中腰になって目線を合わせる。
そうしてそっと、真正面からにんまりと笑いながら声をかけるのだ。

ポーラ >  
「ありがとね、ゆーちゃん」

 そして手を合わせて小さくウィンクして少年を見送ると、男の子の前で視線を合わせて声を掛ける。

(あらあら、ゆーちゃんたら子供の相手も手慣れてるのねえ)

 そんなふうに感心したのも束の間。
 声を掛けられた当の男の子とくれば。

『……男のくせに、そんなかっこうして、へんなやつ』

 どこかいらだちをぶつけるように、とげのある言葉を投げるのだ。

『ああー!
 しの、そーいうこといっちゃだめなんだよー!』

「ミリィ、ちょっとこっちにいらっしゃい」

『んえー?
 なあに、せんせー』

 「しの」と呼ばれた男の子は、自分よりちいさい女の子に注意されても、そっぽを向くだけだった。
 「ミリィ」と呼ばれた五才くらいの女の子は、大好きな先生に呼ばれると、すぐに駆け寄っていって、その膝の上に載せてもらうとすっかりご機嫌になって、ついさっきの事なんて忘れてしまったようだ。

(ゆーちゃん、がんばってー)

 と、頼んだ当人は、微笑みながら少年に手を振っていた。
 今出来るのはとりあえず応援だけなのである。
 

風花 優希 >  
「あはは、いいんだよ実際まあ、そう見えちゃうのは仕方ないし」

からからと、棘のある言葉に対する少女の指摘に、笑みを返して。
そっぽを向いたままの男の子に、それでも真っすぐに言葉をかける。

「けど、実際これが似合ってるらしいしね。
 だったらまあ、ソレでいいかなって思ってるんだけど…キミはどう思う?」

その反応を伺うように。
質問を投げかけるようにして、言葉を待つ。

ポーラ >  
『……似合ってたって、それ女の服じゃん。
 男がそんな恰好したら、ヘンって言われるし』

 男の子は、ぼそぼそ、と小さな声で答える。
 ただ、その答えはまるで、みんながそう言うだろうから、のような答え方だ。

『ヘンって言われるの、嫌だろ』

 背中を丸めて、目を逸らしながらぶっきらぼうに言う。
 男の子は、よく見れば少年と同じように線が細く、骨格も中性的だ。
 似合えばいいというのであれば、この子もまた、女の子のように着飾ればとても似合う事だろう。
 

風花 優希 >  
「さっきのボクは、美人だとかかわいいとか評判だったけど」

そうどこか、ちょっと言葉だけならナルシストめいた事を言い。
けれどもそのまま続けて、苦笑を浮かべる。

「でもそうだね、変って言われるのが嫌なのは分かるよ」

否定はしない、その通りだねとそう返す。
事実、自分が似合っていて、歓心が先に来るだろうというある種の打算、
そうしたものがある上で、こうした格好も厭わないのは一つの事実。
いくら似合っていて、変という人は変というだろう。

「ボクはちょっと、其処をあんまりきにしないだけだしね」

ポーラ >  
『嫌なのに、へーきなの?
 わかんない……』

 しの、は不思議そうにしながら、やっと少年の顔を見た。
 その姿を見ると、少しだけ目を輝かして、息をのんで。
 けれどまた、俯いてしまう。

『ぼ――お、オレも、似合ってるって、思うけど。
 ヘンって言われるかもしれないのに。
 なんで、気にならないの』

 純粋な疑問の声だった。
 嫌なのに気にならない、それがどうしてかわからない、と。

(……あらあら)

 そんな正直な言葉が「しの」から出た事に、仕掛け人の女は、ミリィを膝の上に抱いたまま、感心するしかなかった。
 

風花 優希 >  
「自然な方でいいと思うよ、ボクでもオレでも」

言い淀んだ一人称。。
それを見逃さず、目を細めて。

「純粋に、ボクは自分の見た目にそれなりに自信とか自覚があるからねぇ」

正直に、そのままの自分の事を彼に伝える。

「変って思う人はまあ、いるだろうけどね。
 でもほら、似合ってるって分かってるなら、そう言ってくれる人も居るのも分かるもの。
 だったら、それでいいかなって」

どんなことをしていても、どんな格好をしていても。
変だという人は変だというからね、と。
そんな言葉を付け加えて。

ポーラ >  
『……お、ぼく、も』

 ぽつぽつ、と少し迷いながら「しの」がゆっくり言葉を探している。

『好きな服きたり、したい、けど。
 男は、男らしくないと、ダメ、って』

 少しだけ本音が零れ始める。
 けれど、どうしても「しの」の気持ちを邪魔するものがあるようで。

『でも……怖い、し、嫌われるの、やだよ』

 それは自身の無さと、未知の恐怖によるものだろうか。
 どんな格好でも、ナンクセを付ける人間は確かにいる。
 きっと「しの」の顔や体格なら、男らしい恰好をしても、似合わないという人間はいる事だろう。

『お兄さん、は、どうして、そんなに自信あるの?
 その、似合う、けど……そういう恰好、しようと思ったの、どうして?』

 沢山のなんで?が零れ落ちる。
 それは、『先生』には引き出せなかった言葉だった。
 

風花 優希 >  
「…キミぐらいの歳の子だと、そのあたりストレートに言うもんねぇ」

うんうんと、頷いて。
零れ始めた本音、弱みとも言える部分に寄添うような姿勢を見せる。

「だから、怖いし嫌われたくないって言うのも、理解はできるよ」

その上で完全に寄添うのではなく、自分として。
個々人としてどこか、切り離すようにほんの僅かに距離を置く。

「ボクはそうだねぇ、ホントに気にしてないってのもあるけど…
 ま、この容姿には自信とか思い入れとかもちょっとあってね。
 折角こんな容姿なんだから、似合うようにしてあげないといけないよなって」

そう思ってるんだ、と、小さくぼやく。
それを語る表情は、どこか何かを思い返すかのように。

ポーラ >  
『似合うようにしないと、いけない?』

 不思議な言葉だと「しの」は思ったようだ。
 ずっと似合う似合わない、好き嫌いより、周りに変に思われない様に、とばかり思って、縮こまってきたのだろう。

『お兄さん、ふしぎ。
 どうして、そんなふうに思えるの?』

 だんだん、「しの」の目の色が変わってくる。
 不安だらけだったのが、少しずつ、期待の籠ったモノに。
 

風花 優希 >  
「勿体ないというか、なんだろうなぁ」

頬をポリポリと掻いて、ちょっとだけ考えこむように。
何と伝えればいいものかと、言葉を選んで。

「持ってるものは、ちゃんと使ってもらって、初めて浮かばれると思うんだ」

そうどこか、曖昧にも思える言葉を答える。
産まれ持ったものがあるのならば、そうした何かを持っているのならば、
それを”使う”ことが、それそのものの意味になるのだと。

ポーラ >  
『え、っと……』

 後半の言葉は、「しの」には少し難しかったのだろう。
 一生懸命にかみ砕いて理解しようとしているのだろうが、眉を顰めて難しそうな顔になってしまう。

『……その、じゃあ』

 それでも、なにかは伝わったのかもしれない。
 顔を上げて、少年をじっとみる。

『ぼくはその、もったいない、の?』

 おそるおそる、不安と期待混じりの声が小さく零れた。
 

風花 優希 >  
「キミのその見た目が、だけどね」

勿体ない、というその言葉に小さく頷く。

「折角、可愛い服が似合いそうなんだから、着飾ってもいいんじゃないかな。
 ボクはそう思うけどね」

純粋に伝えたいのは、そうした部分。
何故に、どうして、というのはきっと彼には十全には伝わらない。
だからこそ、それさえ伝わるのなら十分だった。

ポーラ >  
『見た目……』

 そう言われて、少しだけ黙り込んでしまう。
 けれど、少ししてから、また話はじめた。

『あの、ね。
 ぼく、可愛い服、すき、だし。
 その、女の子みたいになりたい、って、おもった。
 でも、ずっと、それはヘンな事だ、って』

 少しだけ身を乗り出して、「しの」は本当にしたかった事を言葉にして。

『やっても、いいのかな……。
 ヘンじゃ、ないかな……?
 にあう、かな……』

 と、とても綺麗で可愛い「お兄さん」に本当の気持ちを打ち明けた。
 

風花 優希 >  
「ボクは似合うと思うよ」

率直に、言葉を飾らずそう告げる。
彼のほんとうの本当に、恐れていた事、思っていた言葉はそれなのだろう。
ならば、それには率直でそのままの言葉を。
何も飾らぬそのままの感想を、述べるのが筋だろうと、そう考えて。

ポーラ >  
『…………』

 じっと、「お兄さん」の目を見つめて、少しの間押し黙る。
 
『その、ぼく……』

 一度言い淀んで、やはり何度も躊躇う様子は見せるけれど。

『……やって、みたい』

 と、ようやく、本心からやってみたい事を口にするのだった。

(……あらあら。
 本当にゆーちゃんったら、凄い子ねえ。
 生活委員にスカウトしたくなっちゃう)

 そんな少年に向かってやっと、自分のしたい事を口に出来た「しの」を見て、自然と笑みが浮かぶ。

「ね、ミリィ。
 シノが女の子の服着たら、とっても似合うと思わない?」

『ほえ、シノちゃんが?
 んー……』

 膝の上の女の子は少しだけ考えてから、迷いない笑顔を浮かべる。

『うんっ、とってもかわいーとおもう!』

「ええ、そうよね、先生もとーっても可愛いとおもうわ!」

 そう、二人が言い始めると、周囲の子供たちも、にわかにざわめきだし。

『んー、たしかに似合うかもなー。
 つーか、好きならやればいーじゃん』

『シノちゃん、髪もきれーだし、きっと似合うよねー?』

『まーでも、その兄ちゃんにはかなわねーかもなー!』

 などなど、口々に無遠慮な、だけれど素直な言葉が飛び交う。
 そこには、「しの」の気持ちを否定するような言葉はどこにもなく。
 少なくとも、この『方舟』の仲間は前向きに受け入れる事だろう。

「ふふっよかったわね、シノ。
 素敵なお兄さんに会えてよかったわね」

『……うん』

 恥ずかしそうに「しの」は頷いて。

『その、おにいさん、ありがとう……』

 小さな声で、恥ずかしそうにお礼を言うのだ。
 

風花 優希 >  
とうとう口にした、男の子の『わがまま』。
それを聞けばニッコリ笑い、静かに頷く。

視線だけをポーラへ向けて、視線でこれでよかったのか?と微かに問う。
恐らくは、これでよかったのだろうけれど、確かめるように。

「どういたしまして」

再び賑やかさの増した施設の中で、少年は彼にそう返す。
特別な何かをしたわけでは無い。
ただそう、少年としては思った事を伝えただけの事。
それだけでも、何かのきっかけとなったのならば、それ以上の事は無いのだから。

ポーラ >  
「……さて、それじゃあ折角だし。
 今日はちょっと面白い事をして遊びましょうか」

 そう言って「先生」は少年にウィンクをして。

「男の子は女の子の衣装を着て、女の子は男の子の格好をして見ましょう?
 きっと、とっても楽しいわ!」

 そんな「先生」の思いつきに、子供たちは色々な反応をするものの。
 最後には「ミリィ」の『おもしろそう!』って言葉に押し切られてしまうのだ。
 『方舟』の可愛い末っ子の言葉にはお兄ちゃんもお姉ちゃんも勝てないのである。

「それじゃあ、女の子はわたしと一緒に、二階に行きましょうね。
 こういう時の為に色々準備してたのがあるのよ」

 どんな時の為なのか、まったく謎ではあったが。
 どうやらこの「先生」は色々とした仕込みに余念がなかったらしい。

「男の子の方は、ゆーちゃんに任せてもいいかしら?
 わたしの部屋を使っていいから、みんなを可愛くしてあげてちょうだい」

 そう言って、お客様にさらっと無茶振りをするのであった。
 

風花 優希 >  
「わぁ…」

なるほど、そういう流れに持っていくのかと。
彼女がウィンクと共に口にした言葉に、ちょっと呆れの混ざった感嘆の声があがる。

はてさて、何処までが織り込み済みだったのだろう。
結局、誰も彼も押し切られて断る様子はなさそうで。

「他人を着飾るのは初めてなんですけど」

なんて、肩を竦めて答えるも、無茶ぶりされたからには仕方がない。
子供たちに声をかけ、衣替えの手伝いをするのだった。

ポーラ >  
 ……はてさて。
 お客様を招いた、少し変わった『方舟』の催しは、子供たちの笑顔に包まれて終わる。
 そんな子供たちの笑顔を作ってくれた立役者の、素敵なお客様を見送るために玄関へ。
 子供たちは遊びはしゃいだ後を、みんなでお片付け中だ。

「……はい、これ。
 今日のお礼に、ゆーちゃんに似合いそうな着物をいくつか選んでおいたわ。
 普段着と、礼服と、部屋着に、浴衣もね?」

 そう言って少年に差し出す紙袋は少し大きく、薄い桐箱が何枚も入っていた。

「予想以上に素敵だったわ、ゆーちゃん。
 ねえ、折角だから生活委員に入らない?
 きっとお悩み相談でとーっても頼りになると思うの!」

 と、とてもいいことを思いついたとばかりに言うのである。
 もちろん、今日の様子を見ての、完全な思いつきなのだ。
 

風花 優希 >  
「うわっ、こんなに貰っていいんですか?」

突発的な催しは無事に終わり、恐らくは日も陰りを見せた頃合い。
そろそろ帰路につく時間に、手渡された紙袋を抱えて目を丸めた。

「とりあえず、ありがとうございます。
 ボクはそんな大したことはしてないつもりでしたけど」

それでも、一つの子供の悩みの一助となったのだ。
その礼として渡されたのなら、それは快く受け取って。

「一応ボク、図書委員だからなぁ。
 お誘いは嬉しいけど、一旦持ち帰りってことにしてください」

常よりも、少しフランクな口調を残して、そう返す。

ポーラ >  
「大した事をしたのよ。
 だって、わたしには解決してあげられなかった事だもの。
 ふふ、ゆーちゃんには、教員になる素質もあるかもしれないわね」

 そう微笑みつつ、紙袋を渡しながら、そっと少年の手に手を重ねる。

「わたしの大事な子を助けてくれてありがとう。
 この恩は忘れないわ。
 困ったことがあったら、いつでも頼ってね」

 そう伝えてから静かに手を離し。

「残念、またふられちゃったわ。
 でも気が変わったらいつでも歓迎するわ」

 いつものように口元を隠しながら、楽しそうに笑って。

「本当に、今日はありがとうね。
 気が向いたら、また是非遊びに来て頂戴?
 うちの子たちもきっと喜ぶから」

 

風花 優希 >  
「あの子にとっては、そうだったみたいですしね」

だから、その賛辞と礼は受け取るべきものだ。
重ねられた手に、静かに視線を降ろす。

「ボクにも仕事?はありますからね。
 それを置いて、そっちの仕事まで手を上げられなくて」

「此方こそ、愉しい時間でした。
 服もたくさんいただけましたし…また、誘ってください」

そうして笑いと共に顔を上げ、今は帰路へと付くために。
別れの挨拶の為に、向き直るのだ。

ご案内:「児童養護施設『方舟』」からポーラさんが去りました。
ご案内:「児童養護施設『方舟』」から風花 優希さんが去りました。