2020/06/29 のログ
■紫陽花 剱菊 > 刀身は空を切った。
身の丈に合わぬ跳躍、彼の異能か、或いは鍛えた結果か。
一刀躱された所で男が驚く程も無し。
「…………。」
戦場に一度躍り出た刃は無駄口は叩かない。
その神経は、全域に研ぎ澄まされている。
──鉄の絡繰りが動いた。
見た事も無い光と共に、矢よりも疾き"鉄弾"が辺り一帯にばら撒かれている。
けん制か。恐れる事無く、男は振り抜いた刃を、迫る鉄弾に合わせて小刻みに振るう。
一つ一つ間合いに入るごとに瞬く間に斬り落とし、一切の無駄なく刃は軌道を無数の軌道を描いて斬り落とした。
「…………。」
あれが、この世に聞く"機関銃"と言うものか。
"初めて見た"。男のいた世界に、あれほど発展した重火器は存在しない。
故に……。
「────……。」
間合いが、"ずれた"。
弾いた鉄弾の雨の一部がこめかみを掠めた。
微かに抉れた肉から赤い血が滴り
足元、右脛を抉られ、左肩を掠め痛みと血がしとどに流れる。
粗末なかすり傷だ。この程度で音を上げるような男ではない。
此れが此の世界の技術、戦火の先に編み出された技術。
……天晴だ。
戦に生きるからこそ、その"機能性"は感服する。
あれは正しく、戦場を正しく蹂躙するために作られた一点。
機能美とも言える。
「……鉄火の支配者……。」
成る程、あれほど火を噴くなら相応しい二つ名。
左右を固める大盾の絡繰り、多脚の異形。
それは正しく、上に立つ"支配者"足らしめん風貌。
「─────……。」
男の指先に、電光が僅かに走る。
「……心得た。」
生真面目な返事直後、再びその姿は疾駆となる。
風の如き速さで瞬く間に距離を詰める。
支配者に通すならば、周りを片付けねば届きはしないはず。
あの盾の強度、刃では通るか────?
戦場に精通する男は、勝算も無しに"不確か"はしない。
打刀の切っ先を向けたまま、理央へと繰り出すは打刀の突き。
……が、此れは"誘い"。あの大盾を持て余しておくはずがない。
大盾の異形が動くと共に、更に半歩踏み出して、その盾を踏み台として跳び上がる算段だ。
最初の狙いは、多脚の異形。狙い通りに事が運べば、鉄をも両断する一刀が多脚の異形の頭上から一閃と通り抜ける事になる。
■神代理央 > 「……回避もせぬのか。冗談の様な話だな」
心底、初手の一手を距離を取る事を選んでよかったと心から思う。
男は、致命傷足り得る銃弾のみを選別し、切り落とした。本当に文字通り、銃弾は刃によって真一文字に両断され、あるものは男の両脇を欠片となってすり抜け、あるものはそのまま大地を抉るのみ。
もし己が強化された肉体に奢って刃を受け止めよう等としていれば――己の判断が違えていないにも関わらず、思わず舌打ち。
あの刃が己に届くのは、不味い。
「……この弾幕下でかすり傷程度とはな。公安も随分な剣客を懐に入れたものだ…!」
それでも何とか。距離を取り相手の動きを牽制するという役目は異形達は果たしてくれているらしい。
となれば次の一手を打たねばならない。対人用の異形を押し出しながら、爆風や破片での攻撃力に期待出来る大口径の砲身を――
其処まで思考を走らせた時、男が動いた。
「…ちっ、出鱈目な速度、だなっ……!」
疾駆した男に、当然大楯の異形が動き出す。
守る為の大楯。迅速な移動の為の健脚を兼ね備えた正しく守りに特化した異形は、男の凶刃から主を守る為にその身を動かした。
――それが、男の狙いだとは気づかぬ儘。
「……何?そうか、狙いは……!?」
しかし、その刃の行先は己では無い。
盾を踏み台に。業火が夜空を染める落第街に男が舞う。その刃を防ぐ物は何もない。男が己を狙っていたなら、当然防御行動による阻害があっただろう。だが、攻撃手段たる異形への攻撃には、自我を持たぬ異形達の対応は一歩遅れる事になる。
その一歩が、男にとって万の時間である事は、流石に理解出来る。
「……ちっ、押し潰せ!質量は此方が上だ!」
銃弾をばら撒いていた異形は、その身を一部の歪み無く両断される。攻撃が、止まる。
立て直す時間を、次の一手を男に打たせる訳にはいかない。己を守護していた二体の大楯の内の一体に檄を飛ばせば、その見た目からは想像も出来ない様な俊敏さで男へと迫り、盾と化した両腕で男を吹き飛ばそうとするだろうか。
その間に、再度異能を発動しようと。だが、砲身の種類に悩んだ刹那。普段であれば迅速に顕現する異形の召喚が、数秒、遅れた。
■紫陽花 剱菊 > 飛び交う弾丸を刃が弾く。
弾丸が肉を掠める。
上空に金属が掠め合う音が立て続けに鳴り響く、男の体に次々と傷を作った。
────全て避けれぬのであれば、急所を外し、確実に動けるだけの損傷に止める。
まさに"肉を切らせ、骨を断った"。
多脚の一部を両断し、停止へと追い込み、多脚を越え、奥地へと着地する。
しなり筋肉に足を掠めた傷から血が飛び散った。
地面を穢す鮮血を自ら踏みつけ、瓦礫と砂利を交えるよりグリグリと線を描く。
「────……。」
手応えは、在り。
如何様な絡繰りかは未だ判明しないが
致命傷を与えれば停止する。
だが、"支配者"の二つ名を男は侮らない。
例え戦場に出れば、目の前に立ちふさがるものが女子供であれど
"獅子搏兎"の以て全力で斬り伏せる。故に、油断は無い。
だからこそ、幾つも思案が巡る。
二対の大盾の異形。あれらが二ついる以上、あの多脚も"複数"出せると想定するべき。
また、盤上を動かす策士足るなら、理央が"二種程度の兵しかいない"などと考えてはいない。
「────……成る程。」
厄介だ。大きな力は、人を性根を歪ますとは言うが
此の力の根深さが、彼を歪んだ支配者を足らしめたのか。
……何れにせよ、一撃。何処かで決定打を入れねばならない。
戦いに"たられば"などと言う絵空事は考えない。
此度の戦い、"時間を掛ければ掛けるほど不利になる"。
冷徹な現実を見据えるからこそ、男は乱世の世を生き残ったとも言える。
即座に構え直し、理央を見据えた刹那。
巨壁が烈風となって迫りくる────……!
「────……!(疾いな……!)」
防御一辺倒などとはいかないか。
一つ一つの質もいい、見事な"鉄火の兵(つわもの)"だ。
回避は間に合わず、刀身を前にし一身衝撃を受ける。
────寸前、腰背の小太刀を、迫る大盾の脇を抜けるように投擲した。
風を切り、一直線に胸部へと飛ぶ小太刀。此れで通れば御の字と言うだけ。
男は戦場で生きてきた。故に、例え"受けに回ろうが、針の糸を通せれば一手に繋がる道を探る"。
回避が間に合わないと即座に判断したが故に、反撃だ。
「……ッ!ぐッ……!?」
異形の腕力が前面に押し出される。
刀を握る腕が押し込められ、全身の肉と骨が軋んだ。
如何に肉体を鍛えようと、人の器。
軋む肉体の悲鳴とばかりに、受けた傷から鮮血が噴き出し
苦悶の声を上げ男の体が宙を舞う。
即座に宙で一回転し、足元から着地した。
滴る血が、止まらない。
瓦礫と砂利を赤く染める血を、自らの足で踏み鳴らし
構えと共に足が円を描いた。
理央の目論見通り、立て直す暇を与えてしまっただろう。
■神代理央 > 吹き荒れる弾丸の銃声が一時的に停止し、ほんの数舜ではあるが、奇妙な静寂に包まれる落第街。
しかして、男が両断した異形が崩れ落ちる音と、健脚を振るい歪んだ金属音と共に迫る異形の足音が直ぐにその静寂を打ち消した。
「…出し惜しみしている余裕は無いか。しかし……」
脳裏を過るのは、過剰な召喚による指揮系統の乱れ。
アウトレンジから固定目標へ砲撃する分には無数の異形を引き連れても問題はない。しかし、こうして一つ違えば己へ刃を振るうだけの力と実力を持った男が相手ならば。余りに大量の異形を召喚するのは悪手に成り得ないだろうか。
だがしかし。他に手が打てる訳でも無い。要するに、盤上の駒を動かすに当たって、常に綱渡りな余裕の無さを強いられるという訳だ。
「…ならば、公安の狗よ。その刃で全て捌いてみせろ。戦場に投射する鉄と火薬の量が、此の世の戦場の勝敗を決めるものと知れ!」
大楯の異形は、見事その役目を果たした。
男と一時的にではあるが己との距離を稼ぐ事に成り、異能は再び発動する。
――その発動と、風を切って迫る小太刀の存在に気付いたのは、ほぼ同時であった。
「……ぐ…うっ………!」
胸元へ迫った刃に対し、咄嗟に掲げた左腕。それすらも、魔術によって肉体が強化されていなければ間に合わぬ動作だっただろう。
幸い、華奢な己の肉体であっても、強化された肉体は骨まで貫通する様な事態は避けてくれたらしい。魔力を纏った皮膚が、無事に防壁の役目をある程度は果たしたという訳か。尤も、ある程度は、であるが。
その刃は半端に己の左腕に突き刺さった挙句に重力によって大地へ落ちる。制服がじわりと鮮血で滲み、裾からぽた、ぽたと血が流れ落ちる。
「………殲滅せよ!」
その痛みを堪えながら、異能によって召喚された多脚の異形――その数、4体――に吠える。
二体は、先程まで男が相対していた対人用の機関砲を多く備えた異形。もう二体は、所謂榴弾砲や戦車砲に近い口径の重砲を生やした異形。
それらの異形達が、主の命に従って砲身を震わせる。
弾丸が。砲弾が。鉄火の暴虐が。荒れ狂う嵐となって、男に降り注ぐだろう。
■紫陽花 剱菊 > 弾丸を全て躱す事が出来れば話は変わった。
だが、如何様な達人とて初見を看破できれば苦労はしない。
一矢報いる事は出来たが、着実に体に痛みと疲労が蓄積している。
全身から熱が紅となって衣服から滲み、溢れ、体心なしか、寒い。
額に滲む脂汗、表情こそ変わらないが、鉄火の嵐に着実にその身は追い詰められていた。
「──────……。」
狗と誹るか。刃の心は震えない。
例えそう謗られようと、"今此処に立つのは無辜の民為。自ら選んだ道"。
其れが例え、唾棄すべき吹き溜まりともなれど
男は命を見捨てない。その手に異能で生成された小太刀が再度握られ
腰背の鞘へと納められる。
「成れば……推して参る────……!」
血の滴る手で刃をなぞり、銀を紅へと染める。
支配者が指揮を執る、異形を見上げる。
多脚の怪物と、大盾の巨壁。
────推定戦力差は計り知れない。
されど、刃を向けたのが自分成れば、そこに後退は無い。
紅に染まった刃に、紫電が走る。
自らの能力により稲妻を纏わせた強化。
此れより一時より、雷となった刃は、ただの刃の比ではない。
狭く来る徹甲の暴雨に、"男は真正面から飛び込んだ"。
剣戟が弾丸を弾く、先ほどより遥かに速く、紫電の軌道を描き弾丸を弾いていく。
今度は速さと力にものを言わせ、確実に弾丸を弾いた。
────雷鳴の速さに肉が軋む、血が月明りを赤く染める。
「(────一歩……!)」
鉄の雨を掻い潜り、理央へと稲光が迫る。
次いで飛び交う榴弾を大きく横に逸れ回避し────
迫る砲弾を素早く縦にへと両断。
男の左右を逸れ、背後の爆風が髪を、衣服を靡かせ
全身の傷から血液を飛ばす。
血の滴る足で僅かに地面に二の足、十字を描くように足を捻り、踏み込む────!
「(────二歩……!)」
"王"の首元へ、着実に刃が迫る。
それを阻止せんと迫る鉄の、暴虐の嵐。
数々の命を灰塵へと帰した業火。
紫電の刃が、弾丸の糸を縫う。
手元が見えるかも怪しき、稲光と錯覚するほどの剣裁き。
一切の無駄の省かれた体捌き。
危険な榴弾の直撃だけを避け、鉄の雨を稲光の傘で弾き、その目前に────……。
「……ッ!」
足への痛みに、表情が僅かに曇った。
"蓄積した傷が此処へ来て、文字通り足を引っ張った。"
理央へと迫る直前で、ほんの刹那、足が止まった。
──豪雨にその身が、一瞬晒される事になる。
轟音と共に、男の姿が爆炎へと包まれる──────。
「……ッ……ハッ……ハッ……!」
業火の中心、煙が晴れても尚男は"立っている"。
榴弾の直撃する寸前さえも、その一刀で両断してみせたが、無傷とはいかない。
大きく脇腹を爆発に抉られ、ついに決壊したかのように滝のように血が溢れ、肉の一部がまろびでた。
全身が寒い、痛い、熱い。それでもなお、此の身は膝をつかず立っている。
止まらない血を踏みしめ、点を踏むかのように二の足。
直後、手に持った打刀を投擲した。
血に汚れ過ぎた打刀は、鮮血を宙へと撒き散らし飛んでいくが
"その軌道は、明らかに大きくそれている"。
動かずとも、理央の頭上を通り過ぎ、向こう側の壁へと血濡れの刃が刺さるのみ。
それほどまでに痛みで耄碌したか、或いは──────未だ、男の目から"光"は消えていない。
■神代理央 > 「――……っ……!」
男が、迫る。
推して参る、と告げた男が、火薬によって吐き出される弾丸の雨を切り裂く。掻い潜る。擦り抜ける。
止まらない、止められない。投射出来る火力が、足りない。違反部活を文字通り灰塵に帰すだけの砲火を以てしても、男を止めるに能わない――
「………砲身が焼け落ちても構わぬ!奴を、止めろ!」
これは不味い。非常に不味い。
そもそも多脚の異形はその重量と構造上急激な方向転換が不得手である。背中の砲身を動かす事は出来ても、雷光の如く迫り、奔る男を捉え切れない。
ならば、鉄火の暴力で押し通すしかない。大楯の異形を防御に回しつつも、あの速度に反応出来るかどうか――
だが、男は止まらない。護るべき者があるからか。男自身の矜持故か。信念故か。
弾丸は擦り抜け、砲弾は切り裂かれ、一歩、また一歩と男が迫る。王手――チェックメイトー―が迫る。
残された駒は、大楯の異形が二体。さしずめルークといったところか。だが果たして、迫る男を。紫電の様に疾駆する"ナイト"を止める事が――
その砲火と紫電の応酬は、あと一歩の所迄迫った男が停止した事で幕を下ろす。
距離だけなら数歩分。しかし、互いに取ってはあと一歩分も無い様な距離。其処で、傷だらけになりながら。血を流し、肉を零し、立っている事すら危うい様な姿に見えて尚、強い意志の宿った瞳で己を見据える男。それを、茫然と。しかし忌々し気に睨む己。
砲撃は止み、静寂が訪れる。男が放り投げた刀が己の背後の壁に突き刺さる音が、鈍く響いた。
「……貴様を殺したくはない。現役の公安委員を手にかけるのは憚られる。それに、貴様の勇戦を無碍にする訳にもいかぬ。何より、それ程までの力、失う事によって巨悪と戦う戦力を漸減させるのは私の望むところではない」
血を流し、最早使い物にならなくなった左腕を顔を顰めて一瞥した後、腰に下げた拳銃を右手で引き抜き、男に向ける。
「……降伏しろ、とは言わぬ。貴様の奮戦に命じて、兵を退こう。此の場所での任務を終えよう。貴様の望む通り、此の場における砲火を鎮めよう」
「その代わり。この戦いは無かった事にしようじゃないか。互いに報告はせず、手強い違反部活に対して"協力して"対処に当たり、手疵を追った。風紀と公安は、未だ強固な協力関係にあると、落第街の連中に知らしめようではないか」
「……それが嫌なら。私の様な者と組むのが形だけでも気に喰わぬなら」
其処で、背後に刺さる刀に一瞬視線を向けた後、光を失わぬ男の瞳をしかと見据える。
「貴様は残された手で私の首を狙い、私は相打ちになってでも徹甲の一撃を貴様に浴びせる。まだ、手はあるのだろう?私に打ち勝つ術を、手段を、力を、残しているのだろう?
その力を詳らかにせず、収めて欲しいものだがな」
拳銃のセーフティを外し、静かに、痛みに耐えながら男に語り掛ける。
砲声の止んだ落第街は唯々静かで、時折瓦礫の崩れ落ちる音と、火焔が廃墟を焼き焦がす音以外には何も聞こえない。
荒く吐き出す互いの吐息が、奇妙なまでに大きく聞こえるだろうか。
■紫陽花 剱菊 > 「……ハァ……ッ……ッ……!」
呼吸が乱れる。
全身から命が、熱が溢れていくのがわかる。
これが現代の戦場を支配する鉄火の力か。
戦の常識を大きく変える代物だ。
つくづく、こんなものが自分の世界に生まれなくてよかったと思う。
「……──────。」
其の力を畏れ認める度量。
支配者が支配者足り得れば、未完とは言え君主たる器を確かに感じた。
鉄は打てば響くもの。この男は正道を行くのであれば
それは名主となり得るだろう。此処で降伏し、導き手となるのも悪くはない。
……だが、しかし、しかし、だ。
"後に続く言葉に、男の眼差し憂いを帯びさせた"。
「──……ッ、……"知らしめる"、か……。其方は……未だ"覇道"を諦めぬか……?」
「功罪相半ばとし、己が汚名を認め、正道によって人を治めようとは思わないのか……?」
「……此の街も、在るべくして在った。知らしめるのではなく、手を取り、何時か此の街も良き方向へと持っていく……。」
「────……其れは、出来ぬと申されるか?」
刃を収めるか否かは、その返答次第。
向けられる銃口に怖気る事は無く
自らの命に一身に向けられたそれを真っ直ぐと見据えた。
──……見据えた。ただ、ひたすらに注視する。
■神代理央 > 「…正道で人の世は治められはしない。それは、何より歴史が証明している。正しき王が、正しき君主が、正しき政治が。遍く人々に受け入れられる訳ではない」
男の言葉と瞳は、余りにも真直ぐで、眩しい。
だからこそ、愉悦も傲慢さも無い。淡々と。しかし強い口調で、男に返す言葉を紡ぐ。
「此の街こそ、その証。此の学園は、決して悪政を敷いている訳では無い。寧ろ、此の街の住民達を受け入れる制度があり、規律を守る生徒達を決して見捨てない。治世は住民である学生に委ねられ、独裁的な王もいなければ、管理社会の様に息詰まる社会でも無い。概ね、ではあるが正しく正道を以て、此の学園は社会を維持している」
向けられた銃口が、僅かに揺らぐ。
左腕からの失血は、じわじわと己の体力を奪っている。
「それでも。此の街は存在する。正道を受け入れられぬ者達は、必ず存在する。正しき道が、正しき行いが、息苦しいと感じる者がいる」
「その者達への配慮の為に、正道を享受する者達を危険に晒す訳にはいかぬ。勿論、此の街を良き方向へ導くのは吝かでは無い。
此の街そのものを焼き尽くそうとも思わない。此処は必要な受け皿。掃溜め。檻なのだから。だが――」
「私は。正しく暮らす多数の為に、正道から外れた少数を切り捨てる。それが規律として。ルールとして正しい間は、それを守り続ける。覇道とでも、修羅とでも、何とでも呼ぶが良い。私が守るのは"正しい者達"であって、此の街の住民では無い」
そして、揺らいでいた拳銃を下ろし、腰のホルスターに収める。
「それが気に喰わぬのなら。多数を守る私の行いを悪だというのなら。その刃を受け入れるとも。その代わり、背負え。剪定する覚悟を。憎悪を受け止める事を。101人の為に、100人を殺す事を。
此処迄刃を突きつけた貴様には、その資格があろうからな」
己に刃を貫く一歩まで至った男への報酬。
それが己への一撃。男の護るべき者を害する己への断罪の資格。
だが、その断罪が果たして正道なのか、と問い掛ける。己の行いが善だとは決して言わない。しかし、多くの生徒達を守る為の行動である事は、決して揺るがないし、否定させない。
社会を守る者と人を守る者の相対。その結論を男に委ね、穏やかに。少女の様に笑うのだろう。
■紫陽花 剱菊 > ────雷鳴が跳ねる。
小太刀を居合とし、全身が紫電によって加速した。
無防備を晒したその首元に、文字通り雷鳴が迸る。
雷とは人々に畏れられ、瞬く間に焦土へと変える天災。
其の速度たるや、先の比ではない。
一足の踏み込みを以て、その首元に──────
──────刃が、ぴたりと止まる。
「……行く末を見守り、未完の器。其方の言う事も一理ある。
太平の世を乱すもの。悪で在るなら、其れこそ私とて志は同じ。」
理央の耳元で、男は語る。
互いに刃を交えたからこそ、その言葉の重みを理解している。
それを、戦乱の世に生きたからこそ、男は知っている。
平和を乱すものは斬るしかなく、男の、刃としての生き様は其処にある。
正道を治めんとするものの影で、汚名を被りし影の刃成れば
男は、この"君主"を斬る事は罷り成らぬ。
「……正しきを何と定めるかは存じ上げぬ。だが、此処で其方を斬れば其れこそ私は外道に堕ちる。其れこそ、悪であろう。」
道理を弁えられぬ男ではなかった。
無抵抗な男を斬り捨てることなど、出来ようものか。
小太刀をその首元から離し、鞘へと納めた。
「……其方の覚悟は、しかと聞き届けた。だが、余りにも其方の行いには尾を引くものがある。刃を抜いた私も其れは同じ……。」
「……此処は両成敗を以て、けじめと致したい……。」
男の声音に、穏やかさが戻ってくる。
口端から血が滴る。血の苦みに、僅かにえづいた。
「────其の鉄火を以て、公安の司法権を以て一時の"現場活動権"を其方からはく奪する。
正式は決定では無い。だが、其方は"やりすぎた"。……其方の思想は否定しない。
だが、やり方を認めるわけにはいかない。一刻程書類とにらみ合い、頭を冷やすと良い。」
此方からの提案は、男からその兵を一時的に奪う事。
現場での過激さが目立つのであれば、其れを咎めるべき部分だ。
その間に彼が何を学ぶかはわからない。学ばないなら、それはそれ。
此れは、期待だ。彼が如何なる君主へと成長をするか、其れを交えた提案。
「私への罰則は其方が決められよ。……元より、招かれざる身。叩けば如何様に埃も出る。」
無論、此れは両成敗の提案。
罰を受けるのは自らも同じ。
立場が違えど、そこに差は無い。
謂わば、今回の一件"私的、即ち独断"である。
此れを足に如何様な事を公安へと通達すれば、男には如何なる罰も下るだろう。
ふぅ、と一息を吐けば、軽く周囲を見渡し、くびれたコートの埃を払う。
「……生活委員会へ連絡せねばな。些か、やりすぎた。……まぁ、其れは其れ。」
「……理央、飯でも食いに行くか。戦の後は、腹が減る。」
"行住坐臥"。
武に生き、即ち日常が武成れば、此度の戦程度で癇癪を
ましてや、恨み辛みを残すはずも無い。
寧ろ、其の逆であった。
武に生きる故、武人らしい何とも間の抜けた提案を口にするのだった。
■神代理央 > 迫る刃を視認する事までは出来た。げに素晴らしきは魔術の力か。
だが反応は出来ない。その一瞬の対応が出来る程、己は武術を鍛え上げてはいない。
流石に死ぬのは困るな、と暢気な事を思いながらそれでも。煌めく刃を受け入れようと息を吸い込んで——―
「……っ…は。中々に趣味が悪いな。結構、覚悟を決めていたんだが」
寸前で止められた刃に、思わず汗が零れ落ちる。
しかし、一体どういう訳かと首を傾げかけて――男の言葉に、小さく肩を竦める事に成る。
「一理ある、とは認めてくれるのだな。互いに交わらぬ思想かとは思ったが、それだけ聞ければ満足だよ」
語られる男の言葉に、浮かべるのは僅かな笑み。
この男も、多くの者を切り、多くの命を奪ったのだろう。どの様な生き様を歩んできたのか。それを知る事は出来ないが、少なくとも志は同じと告げた彼の言葉を、今は信じよう。
「おや、私を斬った所で外道には堕ちぬと思うが。だがまあ、見逃されたのなら、素直に甘えておこうか」
此方とて、散々に彼に砲火を浴びせている手前。斬れば外道になると告げる彼には、少し不思議そうな視線を向ける事になる。
人生経験の差。或いは"何"を討ってきたのかの差。それ故の疑問だが、深く追求する事は無いのだろう。
「……ほう?此処で公安委員会としての手札を切るか。それが貴様自身にも害を及ぼす事は分かっているだろうに」
「だが、正式な要望であれば拒否はせぬ。公安委員会からの要請により出動権を一時的に凍結され、撤収という事にしておこう。何、書類仕事には慣れている。気にする程の事でも無い」
寧ろ、風紀委員の活動に直接口を出した事による互いの組織の軋轢。公安委員会による彼への尋問などが気になるところではあるが。
「貴様への罰則?そんなものは無い。風紀委員会は、公安委員会を妨げない。今回の件は、あくまで"一人の公安委員による単独行動"であるなら、粛々とそれを受け入れるさ。
――罰則が無い事そのものが、貴様への罰だ。刃を抜いた結果がどう転ぶのか、自由な身と眼で眺めておく事だ」
現場にて、過剰な戦力を持った風紀委員を一人の公安委員がその権限で任務を停止させた。
己は両委員会への報告書を当然作成する。しかし、妨害した公安委員への抗議や異議申し立ては行わない。傍から見れば、己が素直に非を認めた様に見えるだろう。
だが、果たしてそれで収まるのか。泥を塗られた風紀委員会は。彼に罰則を与える口実を失った公安委員会は。一体どのように落とし前をつけるのか。
その顛末を見守る事そのものが罰だろう、と愉快そうに笑みを浮かべる。
「生活委員会への諸々の事後処理は一任する。というより、私に任せても何もせぬからな。貴様がした方が良いだろう」
「飯……?いや、構わないが、貴様その躰で飯が食えるのか。食った側から零れたりしないだろうな。腹とかその辺りから」
此方も元より、彼に敵意を抱いていた訳では無い。
事が収まればあっさりと彼の提案に頷き、懐から取り出したハンカチで己の疵口を不器用ながら固く縛りながら呆れた様に一言。
片手で食べられるもの――と思考を巡らせて。
「まあ、落第街であれば此の侭でも構わんだろう。取り敢えずは肉だな。出血した血を取り戻さねば」
疵口を縛り、むぅ、と顔を顰めながらも彼を先導する様に歩き出す。その歩みは、己より重傷な彼を気遣う様な速度ではない。
互いに刃を交えたのなら、与えた疵に気遣いを見せるのは怠惰の情け。己を傷付けたからには、自らの足で己についてきて貰わねば困る。とはいえ、予備のハンカチを彼に放り投げるくらいはするのだろうが。結局は、何時もの様な尊大で傲慢な口調と態度で、偉そうに彼に接するのだろう。痛みを堪えた若干のしかめっ面で。
こうして、刃と砲火を交えた二人は、共に此の場を去る事になるのだろう。道中、戦闘の感想を言い合ったり、何を食べるかと相談し合ったり。殺し合ったにしては随分と穏やかな会話で、食事にありつくまでを共に進むのだろう。
■紫陽花 剱菊 > 「命は賭した。だが、互いに捨てるのは此処に非ず。」
互いに譲れぬものがあるからこそ、刃を掛けた。
そして、相手は剪定を此方へと委ねようとした。
ある種、彼の覚悟を無碍にしたようなものであるが
"人"を護る刃成れば、彼もまた"人"である。
刃を収めるのは、必然。
「…………。」
確かに、最終的に交わらぬ思考だった。
然れど……。
「……有無相通じれば、何れ肩を並べるのも必定……。」
互いに護るべきものがある。
其れだけで今は十分だ。
「…………。」
「卒爾では在るが……悦に入りやすい其の性格、度し難いな。」
此処へ来て敢えて罰を与えぬなどと、意地の悪さが見えてくる。
仏頂面だが、此れには思わず眉間に皺が寄った。
だが、其れもまた良し。
この暇で彼が現場に出ない分、自らが出ればそれでいい。
男はそう考えている。
「……嗚呼……ん……、……。」
「……まぁ……。」
まぁ、まぁとはどういうまぁだ。
とりあえず死なないし大丈夫らしい。
医療技術は持ちえないが、止血の類で在れば湧き出る血を止める"術"は心得ている。
陰陽道の一つ。治療には至らないので、飯を食う前に一回治療コースなのは間違いない。
後は互いに付き合い、思うままに言葉を交える。
互いに命を賭したからこそ、通ずるものがある。
さて、此れはそんな飯屋にて……────。
「……此の、抹茶ばばろあなるものを一つ……。」
『すみません、ソレ売り切れなんですよ。』
「………………。」
……結局今日も在り付けぬと言う訳だ。
露骨に微妙な顔をしながら、夜も明けていっただろう。
ご案内:「とある違反部活の拠点」から神代理央さんが去りました。
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