《異能》

《大変容》が世界に齎した変化は膨大である。
だが、その中でも特に我々の世界を変えたのは、《異能》という超常の力の大量発現であった。
俄に、人類には《超人》への道が拓かれた。
ただし、それは無差別に引き起こされるものである。
決して、《異能者》は選ばれた存在ではない。
《異能》を持たぬものが、選ばれなかった存在ということでもない。
《異能》を持つものも持たぬものも、世界にとっては平等な存在である。
――異能学会編『異能社会学序論』「序文」より
 《異能》、それは、《大変容》とともに起こり、人類(ホモ・サピエンスのことである。この語の意味は《大変容》以前に通用していたものをここでは用いる。ホモ・サピエンス以外の種族への差別的な意図はない)に降り掛かった《超常の力》[注1]である。
 いわゆる《異能》の定義や呼称については議論もあり、また《異能》という呼称は差別的ではないかという意見――「異」なる「能」力の略語であり、世間一般から乖離した「特殊」なものとして受け取られる可能性があるのではないかという意見――もあるが、ここでは便宜上、世界で最も通用している《異能》という呼称を用いる。本データーベースにおいての呼称は、《異能》やそれを発現させ、用いる者への差別的な意図を含んだものではない。その点を注意されたい。
 また、主に《異邦人》に向けての注意事項になるが、この「地球」では《大変容》以前は、《異能》を持つ人間は総人口の1%にも満たなかった――正式な調査結果があるわけはないため、正確な数値は不明と言わざるを得ない。憶測という形になってしまうが、現在これがもっとも信憑性のある説である――といわれており、《異能》は、特に近代以降の世間一般において「架空」のものとされ、存在しないものとされてきたという歴史的な経緯がある。
 《異能》に類する力がごく一般に存在している世界も当然存在するが、この「地球」の過去では上記のような状況が存在していた。「地球」では、《異能》を持つ人間は《大変容》以前にも存在していたが、その数はあまりに少なく、それらが表立って現れることはなかった。《異能》をもつものが自ら秘匿し、また社会的な秩序のために隠蔽されていたという事実が存在する。こういった事実を前提として、以後《異能》について記述していく。あくまでこの「地球」の《異能》についての記述であることを理解されたい。
 我々が目指すべきは、《異能》もまた社会を構成する要素として受け入れ、《異能》を持たぬものと融和する世界である。現状では必ずしもそうとはいえない。その融和した世界のモデルを提示するのが我が学園である。これについては《魔術》や《異邦人》についても同様である。当データベースの記述も、その理念の実現のための試みの一つである。故に、「地球」側の記述がメインになることをどうかご理解いただきたい。
 当データベースでは学園創立の理念に則り、「《異能》を持つものと持たぬものの間に、優劣の差は存在しない」という立場に立っていることを強く述べておく。


 以下、《異能》についての概要を記す。
 《大変容》以後、若年層を中心[注2]にして、《異能》は多くの人間・動物に発現した。その能力は多種多様、千差万別であり、詳細に分類することは難しい[注3]。また、《魔術》との区別がつきづらいもの、《魔術》と連動するものなども存在も確認されており、その定義についても「ゆれ」があることは事実である。
 当データベースにおける《異能》の定義は、「人間、あるいは動物などに先天的・後天的に発現する特殊な能力」[注4]である。ただし、確認されている事例だけでいえば、動物への発現例は僅少である。
 《異能》は不明な点が多く、確定したことがいえない部分が多いことを了解されたい。上記の定義以外の定義も存在するが、当データベースにはそれを否定する意図はない。当データベースでの定義は、現在確認されている《異能》の事例を集め、最大公約数的なものとして提示したものである。

 《大変容》以前の《異能》は、「地球」人類の中でも極々わずかの人間しか保有していなかったが、《大変容》以後、若年層を中心として、多く発現するようになり、その発現数は年々増加している。《大変容》以前と正確な数値を比較することは不可能だが、その発現確率は《大変容》以前とは比較にならないほど増大したことは明らかである。また、《大変容》以前の《異能》については、そもそも記録が残されることが少なく、また記録されたものも、多くが《大変容》に伴う混乱で散逸したため、不明な点が多い。
 《大変容》以後、《異能》の発現者が爆発的に増えた理由については、現在明らかになっていない。《大変容》によって引き起こされた現象であることには間違いないが、《異能》には数多くの種類が存在するため、それぞれが同一の要因によって引き起こされているとは限らない可能性が高い。これは調査の結果判明しつつある。現在では、複合的な要因によって《異能》は発現すると目されている。
 個々人の《異能》発現の原因についても、明らかになっていないものが大部分である。《異能》によっては、その原因などが明確に判明しているものも存在はするが、それは《異能》全体の一部にすぎない。現状では、《異能》発現の原因は不明・不定というほかない。また、発現者に特有の因子が存在するかどうかも不明である。多くの場合、《異能》は生まれつき所持しているケース、あるいは突如出現するケースに分けられる。《異能》が一人に複数発現するケースも報告されている。また、《異能》が遺伝するかどうかはその《異能》にもよるため、《異能》全てが遺伝するとは限らない。特定の一族に遺伝する《異能》の存在も報告されているが、《異能》全てに適応できるような例ではない。結局のところ、《異能》の発現理由については、《異能》によるというのが現在の結論である。
 《異能》は多くの場合、無作為・無分別に発現するものといえるだろう。その制御については当人の資質や努力なども関与する場合もあるが、発現したことによって、未発現の人間との間に優劣の差がつくわけではないことを理解されたい。《異能》の発現と選民的な思想[注5]が結びつくことは、強く憂慮されている。
 近年の研究で、《異能》が発現した者の一部に、何かの印が刻まれている事例が幾つか確認されているが、それについてはまだほとんどわかっていない。また、その印が浮かび上がるケースも、《異能》発現者全体で言えば、極々僅少である。

 基本的に、《異能》は一度発現すると、それを人為的に変化・消滅させることは困難である。ただし、例外も存在する。一例としては、当人の意識のレベルが《異能》に作用する場合などは、《異能》が連動し、変化・強化されたという事例も報告されている。また、加齢による《異能》の消長も確認されているが、これらの事例は全ての《異能》に当てはまるものではない。これも、《異能》によるとしかいえないため、個別的な研究が必要となる。
 重要な点は、《異能》は本人の意思や努力、あるいは薬物・魔術などによって「制御が可能」ということである。《異能》制御との因果関係については議論があるが、多くの《異能》は、正しくその能力を「知る」、「理解する」ことによって制御が可能であることが、本学の研究・実績によって判明している。それ故に、本学での《異能》制御の授業が成り立つのである。《異能》は制御可能であり、社会と溶け込むことも十二分に可能だといえるだろう。
 しかし、例外として本人の意思や努力などにも関わらず、「制御が不可能」な異能も存在する。これらの《異能》の研究、ケアも現在本学で行っており、成功例もある。すでに、《異能》が危険である、という考えは一面的な見方に過ぎなくなっているといえるだろう。
 《異能》は「戦闘」のために用いられることもあるが、学園としてはそれを強調する立場を取らない。訓練施設なども、あくまで「制御」のためのものである。「戦闘」用途としての《異能》を否定するものではないが、《異能》は「戦闘」だけでなく、多くの用途の可能性があることを、内外の人間は理解しておく必要があるだろう。本学の目的は、《異能》が《大変容》以後の世界と融和していくためのモデルケースの提示であることを想起されたい。

 《大変容》直後は突然人々に発生した《異能》への恐怖等により、《異能者》への差別や偏見、また《異能者》による犯罪や破壊活動が横行したが、現在ではそれらはかなり落ち着いてきている。国連や本学、異能学会の《異能》研究成果の発表や広報により、《異能》への認知・理解が著しく進んだためである。また、殆どの国家では《異能》を受け入れるための社会機構の整備が進められ、《異能》犯罪への対処も進んでいる。ただし、《異能》理解や認知は地域やコミュニティによって程度に差があり、《異能》への恐怖や異端視が完全に消えたわけではない。この事実も理解しておかねばならないだろう。これらの解決の道を示すことも、本学に課せられた使命の一つである。《異能》の類が当然であった「異世界」出身の《異邦人》の意見聴衆なども現在積極的に行われている。
 常世学園の分校、また同系統の学園都市の創立の計画も打ち出されてはいるが、これはまだ計画段階に過ぎない。いずれは、全世界に本学のような学園都市が創立されることが理想といえる。

 以上が《異能》についての概要である。当データベースではあくまで概要などを述べることが目的であるため、専門的な説明は避けている。「地球」における《異能》を更に知りたい場合は、「異能学会」の学会誌である『異能学』や研究施設を訪れるといいだろう。生徒であっても、異能学会は所属を歓迎している。

 《異能》については不明な点は多々あるものの、社会と融和するという未来を示すことは不可能ではない。《異能》研究は《異能》そのものだけでなく、《異能》と社会の関わりなどについても、学園創立後研究が重ねられ、《異能》と社会機構の融和について一定の成果をあげている。《異能》を用いた新たな生産システムなど、その裾野を広げて研究が現在進められている。《異能》は社会に資することができるのである。
 本学はある意味での実験都市であり、これからも来るべき世界の未来を示すためのモデルケースとなるだろう。常世学園の生徒・職員の織りなす「社会」が、未来の社会のモデルとなる。《異能者》であれ《魔術》を使うものであれ、《異邦人》であれ、そして《異能》や《魔術》を使わぬものであれ、学園にとっては、欠けてはならない構成要素である。そこに優劣の差はない。このことを念頭に置いて、これから本学の生徒として歩んでいく生徒には、生活を送っていただきたい。
 
 
注釈

[注1]  「地球」の人類にとって、《大変容》直後と比すればその認知は非常に進んだものの、《異能》はまだ普遍的な存在とは呼べないものである。よって「超常」と表現する。これは、科学や魔術での解明が、一部を除いて未だ完全ではないことにも起因する。《異能》の能力が強大故に「超常」と表記するわけではない。《異能》は千差万別であり、危険な力のみが存在するわけではない。これらの点をご理解をいただきたい。

[注2] 若年層よりは少ないものの、それ以外の年代でも《異能》の発現は確認されている。若年層に多く発現する理由は不明。若年層に特有の現象であるとする説もあるが、正確には異なる。年齢は《異能》発現の要素である可能性はあるものの、《異能》全てがそうであるとはいえない。

[注3] 《異能》の分類例は、現在数種類提唱されている。《異能》は判明していない点が多いため、分類についても援用する学説によって分類が大きく異なることがある。分類例としては、《異能》の特徴に注目して分類したもの、《異能》の発現の仕方によって分類したものなどがある。また戦闘向けとされる《異能》の場合は、その破壊力によってランク付けを行うものもある。ただし、《異能》の格付け・ランク付けについては批判もある。当学園では、公式には《異能》のランク付けなどを行わない。建学の理念に反する可能性があるためである。《異能》の効果如何によって、その個人の価値が上下することはない。

[注4] これは、あくまで現状に即した表現である。将来、《異能》が普遍的なものとなり、法整備などが進み、世界・社会に広く受け入れられれば、「特殊」という表現、《異能》という呼称は相応しくなくなる可能性も存在する。また、《大変容》の後に「復活」を遂げた「地球」在来の「神性」「妖怪」などが持つ力については原則として《異能》しない。しかし、慣例として「神性」などが持つ能力も《異能》と呼称される場合もある。この場合の《異能》の意味はかなり広汎に渡ることとなる。《異能》の定義については未だゆれており、確定しているわけではないため、これらの理解も間違いであるわけではない。

[注5] このような思想は、《大変容》直後に比べれば大幅に減少したものの、現在でも《異能》を持つ者の優位性を説く学説、または団体などが存在する。過去の一例を挙げると、《大変容》直後から学園草創期にかけて存在した反社会的組織『黙示の実行者』がある。《大変容》によって引き起こされた《神話型》災異の一つ、黙示録(Apocalypsis Iōannis)に強く影響され、神の啓示を受けたと自称する《異能者》たちによって創設された。
 このセクトは、「《大変容》は、旧き世界の滅亡にして新天新地の創造であった。《大変容》後に生まれた《異能者》は神に選ばれ、その権能の一部を賦与された優位存在、新たなる人類であり、《異能》を持たない不完全な旧き人類を支配、あるいは淘汰する天命を受けている。新天新地の創造は未だ途中であり、《異能者》が自ら黙示の実行者《黙示の騎士》として旧き世界への断罪を行うことによって、新天新地は創造され、理想的な完全なる世界が降誕する」と主張した(同団体の主な経典である『新天新地の黙示』より引用)。
 これは「新天新地思想」(《大変容》以前に存在した同名の思想とは異なる)と呼ばれ、『黙示の実行者』によって盛んに喧伝された。《異能者》を神(団体内では「真なる“神々”」「大いなる古きもの」「星辰の支配者」と呼ばれる。かつて世界を創造した「真の神」であり、それ以外の神性は神を僭称した「偽の神」とされる)に選ばれた民(団体内では《異能》を《刻印》と呼称し、《異能者》は《刻印者》と呼ばれた。実際に、《異能者》の中で、身体の一部に刻印を持つ者がいたためである)とし、それ以外の存在は旧き不完全な存在として滅ぼすべきであるという選民的で過激な思想である。
 『黙示の実行者』は主張を述べるだけでなく、《異能》を持たない者や異邦人を対象とした、《異能》を用いたテロ活動を開始した。常世学園草創期には、本学を「偽の神」の信徒によって作られた悪徳の街と認定し、学園草創期の非合法組織の乱立と混乱のなかでいくつもの事件を起こしたが、当然このような行為・思想は本学として受け入れられるものではなく、風紀委員や公安委員会、有志の協力者の共同作戦により構成員の殆どは逮捕され、『黙示の実行者』という組織は壊滅した。組織は分派して島外に存在してはいるものの、かつてのような勢力・影響は失われている。
 《大変容》直後の混乱期・戦乱期はこのような過激な団体がいくつも存在しており、『黙示の実行者』はその代表例である。《異能》《魔術》《異邦人》――それらに纏わる過激な思想、差別・被差別が数多発生し、多くの生命が犠牲となった。本学は、このような過激な思想の乱立の反省の上に立って創立された。《異能》を持つものと持たないものの間に優劣の差が存在しない社会、そして《魔術》を使う者や《異邦人》をも融和させた社会のモデルを示すことが、本学に課せられた使命となったのである。
 しかし、上に述べたように、今でも上記のような思想を持つ団体は存在しており、《異能》と選民思想が再び結びつくことが深く憂慮されている。