2016/08/17 のログ
デーダイン > ちょいちょい、と横から真っ白な手袋が、若干伸び気味で窓外を眺めるヨキの肩に二度触れる。

「……お困りの―――様だな!」

ムシムシと、夏の熱さに雨の湿気が加わった図書室に、
その蒸し暑さにも勝る様な暑っ苦しい男の声が響く。
そこには一言で表すなら不審者―――という言葉がこれほどまでに似合う人物が他にいるだろうか―――こと、
黒魔術教師のデーダイン、仮面の不審者がいた。
ヨキのことはあまり知らない様で、

「ここは図書室だ!勉強に集中したまえ!
フッ…だが分かるぞ、魔術学の勉強に行き詰っているのだろう!
そういう時、集中力が切れてしまう事だって間間あるだろうっ!この私に見せてみたまえ。」

生徒に接する様な口調だった。
外見がどうあれ、常世では子供が教師だったり、大人が生徒だったりもするし、
状況的に間違っても無理はない…だろう。恐らく。
けれども色々と勘違いしている事に変わりはない。

「…それとも傘を持ってくるのを忘れたか?安心しろ、私も忘れたから大丈夫だ。」

暑苦しい高笑いを後に続けた。それにしても、やけに馴れ馴れしい。

ヨキ > 肩に触れる指に気付く。
てっきり教え子に肩を叩かれたものと思って、親しげな様子で振り返った矢先。

間髪入れず響き渡る高らかな声に、面食らった顔で目をまん丸くした。
多種多様な人物が集う常世学園のこと、学生と教師の混同もまた日常茶飯事だ。

人差し指を立てて、口元に沿える。

「……しーだ、しー。
 図書館では静かにしたまえ、デーダイン。禁書もろとも焚かれてしまっても知らんぞ。

 それから覚えておきたまえ、美術のヨキだ。残念ながら学生ではない」

もはや笑っている。笑いを堪えながら首を振り、同僚であることを示す。
椅子の背凭れに腕を載せ、身体ごとデーダインに向き直った。

「傘は折り畳みの持ち合わせがあるが、何しろ借り物の本を濡らして帰る訳にはいかんでな。
 大事を取って雨宿り中さ。

 ……して、君の魔術というのは、こう……。
 雨を避けたりとか、濡れずに外を歩いたりとか、そういう芸当はないのかね?」

身振り手振りで尋ねる。魔術に対するビジョンがあやふやだ。

デーダイン > 振り向いた先には無機質な真っ白な仮面。黒ローブに赤マントと不吉なヤツが。

「失礼。ここは図書室だとか言いながら私が―――もにょもにょもにょ。」

コホンと仮面の口の辺りにグーの手を添えれば、恰好だけ咳払い。
その後手袋の人差し指が立てば、ヨキと同じく人差し指を立ててコクコク頷き小声で喋る。

「…むぅっ!これは、大変失礼した。美術のヨキ、だな。うむ!覚えよう。
焚いてみるが良いッ!貴様らに悪の心がある限り私は何度でも
―――失礼、静かにせんといかんな。」

迷惑なヤツである。
再びしーっと音を鳴らせば、声のトーンを二つくらい下げた。

「そうだったか。じゃあ傘を忘れたのは今のところ私だけか。んんぅ……。」

俯く。露骨に声のテンションが下がった。表情のでない仮面でも分かるくらい悲しそうだった。

「なんだ、本を借りにも来たのかね。
確かにな、この雨でぬれて破れたり滲んでしまえば最悪だ。

ウム…?」

ヨキの言葉に腕を組む。

「…あめをさけるまじゅつ…ぬれずにそとをあるく……。

ほお………。」

首をかしげて反芻する。やけに声がたどたどしいというか、脱力しているというか。

それを言い終われば気難し気な唸る音を出して沈黙する不審者。

「…何か、こう。あれだ。
今まさにナイスアイディアが耳から何かが出そうなんだが…出ない。
ぱっと考えた結果だが…
まず一つ目は雨雲を薙ぎ払って雨そのものを止まらせる!
二つ目は魔法でダークな傘を作る!
三つ目は瞬間移動の魔法を使って雨そのものが降ってくるルートをすっ飛ばす!
これくらいだ。まぁ私はこの特注のマントさえ濡れなければいいのだがなぁ…。」

最初から悩んでないでそうしろよとツッコミが入りそうな解決策を次々と、
手袋を人差し指、中指、薬指と立てながら提示。

「…どれがいいだろうか?ヨキの意見を聞かせてくれたまえ。」

くりん、と三本立った手袋を翻してヨキに向ける。

ヨキ > デーダインの全身を覆い隠す様相は、犬の目にも覚えやすかったらしい。

「ふふん。
 よりによってヨキに鉢合わせるとは、君も運が悪いな、デーダイン。

 このヨキは泣く子も黙る、常世島の正義と良心の体現者ぞ。
 何度も蘇るどころか、今生さえ裸足で逃げ出したくなることうけ合いだ。
 図書委員会に代わってヨキが仕置きをしてやろうとも」

渾身のドヤ顔。
だがデーダインが傘を忘れたことに落ち込み出すと、隣の空いていた椅子をよっこらせと引き出した。

「おお、ほれ、落ち込むでない……。
 小振りになったら、ヨキの傘に入れて行ってやるから。
 とりあえず、座れ座れ」

着席を勧めつつ、デーダインのナイスアイディア(仮)に考えを巡らせる。

「うーむ……、まず何より格好いいのは、言うまでもなく一つ目だな。

 だがそれでは君、雨雲の隙間から光が差し込んで、『英雄』とか『神』みたいな絵面にならないか?
 それは悪を標榜する君の望むところではないだろう。

 魔術師っぽいのは、三つ目の瞬間移動だろう。
 マントも濡れなさそうだし、聞くだに悪役っぽいぞ。

 ……だがヨキが勧めるとしたら、二つ目の傘かな。
 黒っぽくて、ちょっと大きめで、でも野暮ったくなくてさ。

 そんな傘を片手に、図書館の出口で帰れなさそうにしている女子に声を掛けたら、
 多分すごくウケると思うぞ。先生の、スマートな大人の優しさと言うか」

とても大真面目な顔で、はてしなくチャラい発想を臆面もなく口にした。

デーダイン > 「フハハハハッ!面白いヤツだな!正義と良心の体現者だと?!
………と、大声で色々とな、こう、絶対悪っぽくカッコイイセリフ言いたいんだが…。
図書室なのでな…。
……私も教師をしているものであるからして、やはり図書室で騒ぐのはイカンと思う。
図書室は本を読み、勉強に勤しむ場所である。
私としては、ヨキよ、貴様に張り合って言い返したいところだが…
今回は素直に貴様の仕置きを受け入れよう。あ、ども。」

引いてくれた椅子に仮面も向けないにも関わらず綺麗に腰を落とす。
座った所に広がるマントを丁寧にせっせと伸ばして広げて。

「うむ。私は貴様から逃げも隠れもせん。
貴様の傘の中で仕置きなりなんなりするが良い。頼んだぞ!」

仕置きを口実に傘に入れてもらおうアピール。

「しっかし、あれだな。台風でも来るのかと思う程振ったと思えば、気付けば大人しくなる。
お天道様というヤツの考えは良く分からんな。」

どどど、と窓ガラスを叩いて濡らす大粒の雨水にふとした言及。

「ふむふむふむ。成程ッ!
では一つ目は却下だ。神は神でも暗黒の神だからな私は。」

悪じゃないと言われたら即却下。

「だが夜ならアリかもしれんな。灰色の雲間から現る月光!夜の闇!
暗黒神降臨!にはうってつけである!だが昼間にやったらいかん。
……あ、そうだ、正義と良心の体現者なら、貴様がこれやってみたらどうだろう?
貴様の言う通りカッコイイと思うぞ。」

カクン、と前の窓から横に座るヨキへ、まるで途中仮定を切り払ったかのように一瞬で白い仮面が向いてむちゃぶりをする。

「うむ。だが瞬間移動する悪役ってそれ正に負けて逃げてるダメなヤツじゃね?
確かに悪役っぽいけど……なんかあれだな。ぱっとせん。」

自分で言ったくせにこの酷評。
そして次の言葉には。

「ふむ。二番目の……ふむ。………ほー…ほぅ…?へー…!!はぁー…!」

目が出てたらきっとキンキラ輝いてたのではなかろうか。
如何にも神妙といった具合に殆どの言葉を失いながら、この不審者、大真面目な彼の言葉を、
大真面目に真剣に聞き入っていた。
グッと手袋の親指が立つ。

「ナイス・アイディィイアァ…。ヨキ、貴様は天才だよ。」

深く、深く、仮面が頷く。

「そうと決まれば……ヨキ!貴様美術の教師だと言ったな!
ほれ!ちょっと……そいつにでもカッコイイ傘のデザインを描いてくれ!
私はそういうのあんまりよく分からんのだ。
わ、私はやるぞ!今年の夏こそ、可愛い女の子をだな…!善は急げ!悪も急げ!さぁさぁ!」

両手の手袋が拳を作って、握る。
そわそわ~とマントの不審者がゆらゆら蠢いて。
そいつ、というのは彼の机の上にあるルーズリーフの事だろう。

「……しかし、だ。ヨキが傘に入れてくれるというらしいな。
するとどうしたものやら…。ヨキが可愛い女の子であれば良かったのだが…。」

物凄い自分勝手な願望を本人目の前に漏らすデーダイン。

ヨキ > 「ふふ……デーダインよ、どうやら我々は出会うべくして出会ったようだな?
 かくなる上は、ヨキの正義と君の悪を思うさまぶつけ合おうではないか。
 図書館ではなく……例えば、えーと……。

 ニルヤカナヤとか、崑崙とかで」

酒席だ。
傘に入れてもらおうアピールには鷹揚に了承しながら、

「何だ、自分勝手なら悪党の君も得意とするところではないのかね?
 太陽ごときに戸惑わされてどうするね」

くすくす笑う。
提案への返答に対するデーダインの熟慮ぶりに、一緒になって腕を組んだ。

「なるほど、代わりにヨキがやってみると……。
 いいのか?ヨキの威光は凄まじいぞ?
 悪とか言ってられなくなるくらい、ハンパないぞ。
 君より先に、三倍くらいモテてしまうやも知れん」

落ち着いた声の割に言葉の選びがちょいちょい軽いのは、現代日本に溶け込んだ異邦人ならではだ。
横向きに椅子に腰掛けてひそひそと談笑する姿は、そこいらの男子学生と大差ない。

そうして「ダークな傘」について相手の親指が立ち上がると、ヨキもまた親指を立て返した。
この混沌たる現世にあって、善悪は時として手を取り合う。

「だろ?
 ここの女子生徒、そういうゴシックとかエレガントなのを好む向きも少なくないからな。
 悪い男に惹かれてしまうお年頃というものがあるのだよ」

デーダインに促されるまま、鉛筆を取ってルーズリーフに向かい出す。
白紙の上にするする、さらさらと描いてゆくのは、いわゆるダマスク柄とでも言うべき、
いかにも女子の好みそうな唐草模様である。

「残念だったな、図体のでかい男で?
 だがそれなら、雨を避けたり傘を作ったりする前に、ヨキを可愛い女の子にする魔法とかはどうだ。
 何か……そっちの方が、君が得意そうというか、効果を覿面に発揮しそうではないか。
 いろいろと怨念が籠もってそうで」

デーダイン > 「―――その様だ。常世の正義と良心の貴様と!異界より舞い降りた悪の権化!この私!

…ふむ。食い物に酒を飲みながら正義と悪をぶつけ合うのか。

屋上とか、訓練施設とか、もうちょっとほら、あるじゃないか?いや、貴様と食い物を食うのは私としては歓迎だがな。」

ホワイ?と両手を広げて仮面がゆらゆら。

「やめないか!私は悪党ではあるが、ちゃんとルールには従うのだ。
お天道様の様に、太陽の様に、気分次第で泣いたり笑ったりして人に迷惑などかけん!
たぶんッ!」

どむん、と机が何かに叩かれたみたいな鈍い音を鳴らす。

「フハハハハッ!大した自信ではないか。大いに結構、正義を名乗る貴様の威光、かのお天道様へとぶつけて見せるが良い。
言ったな貴様、それはあらゆる悪、暗黒の化身たるこの私への挑戦と見るッ!受けて立とう。
今度、常世の祭りでどっちがカッコイイかコンテストでもやるか。」

少なくとも、ヨキと不審者の対決であれば不審者が圧倒的劣勢であろう。

「ふははは、悪い男か!私にピッタリのイメージではないか!おお……流石、美術教師…
こ、こいつは何だか良く分からんが、禍々しそうだ!強そうだ!良いぞッ!これを作ろう。」

描きあげられていく曲がりくねった曲線。描かれるのは、

「傘だと言うのに、雲みたいな模様してるな。」

そんな風にデーダインは見えた様だ。

「ムッ。いや、出来ることは出来るんだけどな。黒魔術でぱぱぱっと。
なんだね?もしかして可愛い女の子に生まれ変わりたいのか?」

「冗談はさておき…やり方も何通りかあるんだ。ざっとわけると、
1つ目は、貴様を可愛い女の子に見せかけるだけの幻影魔術、
2つ目は、私が貴様を可愛い女の子だと錯覚する混乱魔術、
3つ目は、貴様の肉体を根本から可愛い女の子へと改変する変化魔術。」

再び建てられる三本の手袋の指先。

「とはいえ一つ目と二つ目は明らかに却下だ。すると3つ目が残るワケだが。」

二本の指を畳んで一本だけ立てる。

「3つ目のヤツはな、やる方は良いがやられる方はたまったものではない。
詳しくは言わんが、肉体を変化させる魔術は、とても鍛錬が必要だ。私はぱっと出来るがな!

それと、単に気分の問題だ。例えば……。
ゲテモノの幼虫とかさ、ああいうのをフライにして「これ美味しい!」って言われても食べる気しないだろう?あんな感じだな。
いや、貴様がゲテモノというのではなくな?
こう、今まで男ですー!って外見してる貴様を可愛い女の子に作り変えてもホラ、なんか釈然としないっていうか?
んで作り変えられた側も内面は男だからさ、そっちから見たらホモかよ!って。なるだろ?」

大袈裟な身振り手振りしながらアレコレ説明して。

「……ま、アレコレ言う前に一回試してみるか?やってみたら意外と良いかもしれんしな。
あんまり女体化魔法にいい思い出はないが。」

前科アリだった。

ヨキ > 「何を言う、教師同士でわんぱくなことをして、学生に真似をされたらどうするね。
 あとどちらかと言えばヨキは言葉で殴り合う方が好きだからな。
 暴れ回りながら喋って、舌を噛むようなヘマはしたくないのさ」

デーダインの主張には再び人差し指を立てて制止しながら、それでいて感心したような声を漏らす。

「君、案外ちゃんとしてるな……、ではなくて。
 ふふ、どっちがカッコイイかコンテストなら負けんぞ。
 ヨキには女子のファンが大勢ついておるでのう」

ファンが多い、というのは、単に勤続年数の絶対数によるものだ。
多くに好かれていると豪語できるのと引き換えに、事実ヨキにはアンチもめちゃくちゃ多い。

落書きのような模様のラフスケッチに、駄弁りながら楽しげに首を左右に小さく揺らす。

「雲か、なるほど。確かにそう見えなくもないな。
 どちらかと言えば、この傘を携えた君を陰から見守るのも楽しそうではあるが」

変化魔術の話には、鉛筆を止め、ほお、と興味深そうに聞き入る。

「ぱっと出来て、失敗もないなら、手っ取り早いのではないか。
 気分なら、ヨキの方は何ら問題はないぞ。
 何しろ夏の良い思い出になりそうだしな。

 ヨキは何しろ(犬の耳を抓んでみせながら)、犬から人間になった身なのだ。
 昔は『これ以上別の姿になって堪るか』などと考えていたものだが、
 今は試せるものなら試した方が楽しいのではないかと思えてきてな。

 自前のおっぱいを、一度は自分の身体で支えてみたいではないか」

両手で胸のふくらみを描くジェスチャ。

「たまには他人のを揉むだけではなくてな」

からの、重ねてモテアピール。

デーダイン > 「む、む、むう。ルールを守って、安全安心に正義と悪の戦いをすれば、大丈夫だッ!
そも、正義と悪が口喧嘩って、戦う前から悪が負けているではないか!
…き、貴様ぁ、まさかこの私に!この!暗黒の力を!恐れて逃げているのだな?!」

座っているが大袈裟なポージング。自分を指さす!
立ち上がる!机を叩いて、ゲッツ!―――ではなく、両手でヨキをさした。

「何、これでも真っ当な教師だ。悪い事をしていた時期だってあるが、誰にだってそんなものだろう?
や・め・な・い・か!お天道様より前にやはり貴様を打ち倒すッ!悪かったな!
どうせ私にはッ!黒魔術研究してるような陰気気味で黒魔術のイメージの権化みたいな非モテヲタク男子のファンくらいしかいませんよーだ!
畜生めッッ!!」

デーダインは地団駄踏んだ。

「ふーむ。こいつを持って、なあ…。あからさまにデカい傘ぶら下げてさ、
傘忘れた女の子入れようとして失敗した惨めな男子みたいに見られそうだな…。」

どちらかといえば、というよりどうみても惨めな男子ではなく不審者であるが。

「正気かよヨキ。」

声から陽気さが消え失せた。
顔が出てたら真顔だったろう。そんな声だ。

「………ふーむ。分からん!分からんぞ。だがまぁ、そうなら、そうなのかも……しれんな。

犬耳系の、巨乳、美少女…けもみみ…ふううううむ。」

何を想像しているんだろう。
唸り声は長い。
だが、ヨキのモテアピールが思考を破壊する。

「―――ヨキ。お前あれだな。それはあれだな。
今から女の子にされて私に酷い目に遭わされても良いって事だな?
そうだろう?なぁ。」

真っ黒なオーラを全身に纏うデーダイン。因みに一切無害の演出である。

「こういう黒魔術にはこういう使い方だってあるんだぞ。もう後戻りさせん。許さんッ!」

ぶわぁ、とオーラの中から黒魔術の本が浮かび上がって、引っ込んで消える。
タイトルは「えっちな黒魔術(はぁと) その3」である。
平たく言えば、オトナの本。ピンクとブラックが主調の結構アレな表紙。
因みに、内容は結構マトモな魔術の教本だ。用途がアレなだけだが。

「………とはいえここは図書室だった。
とりあえずだな、女の子になりたいならそいつにイメージ絵を描くか、何か見せてくれ。
私の脳内イメージだとふにゃんふにゃんの肉塊になりかねん。
そうそう、モチロンッ!…裸の絵でな!
ふふふふふ…こんな恐ろしいことを臆せず言える自分が怖い!」

本当にデーダインはここが図書室だと言う事を考えて発言しているのか、いささか疑問である。
が、しかし、グッとガッツポーズしてヨキに大真面目にそれをお願いした。

ヨキ > どうどう。まるで暴れ馬を制するように両手を出す。

「待て待て。落ち着きたまえデーダイン、ヨキが悪かっ……悪……、……」

ぶふぉ、と堪え切れず喉の奥から笑い声が漏れた。
顔を背ける。肩が明らかに小刻みに震えている。

深呼吸。

「正気?ヨキはいつだって正気であるぞ。
 むしろ、女の身を体験して女心を心得ておいた方が、よりモテると思わんかね?
 聖域として遠ざけてしまうから、女との密な縁も遠ざかってしまうのだとヨキは考えるね」

偉そうに語りながら、両手を広げてみせる。

「…………、君がヨキを酷い目に遭わすって?は、まさか。
 もし君にそんな度胸があるなら、ヨキは君が恥ずかしすぎて口にも出せないような目に遭わすさ」

半眼でデーダインをじろりと見遣る。
そうして裸の絵を所望されると、ぱちぱちと瞬くこと数度。

「絵?……裸のか?いいぞ、少し待っていろ」

あっけらかんと了承するや、呆気ないほど簡単に椅子を立つ。
しばし座席を離れ――


五分と経たぬうち、デーダインの目の前には図書館のさまざまな蔵書が山と積み上がる。
春画の歴史。性風俗の文化史。裸婦の美術画集。男女の明け透けな在りようを描いた純文学。モノクロームの写真集……。

「……で?
 これだけあれば、イメージは掴めそうか?」

にっこりと笑う。

作品に人体のありのままを写し取らんとする美術教師の前には、何の躊躇もなかった。

デーダイン > 「なんだッ!何がそんなにおかしいんだヨキッ!!ええい…この。」

握りしめた手袋がプルプルと震える。

「………。
貴様の方が一枚上手なのは分かった。貴様とはやはり言葉ではなく力で殴り合いたいものだ。
このスケベめ!変態ッ!」

口はないが、一体どの口が言うのだろう。

「…むううう、可愛げのない奴だ。
そうといいつつも女の子にされたとたん薄い本の様な展開とか望めたらそれはそれでいいのだが。
現実でああいうのはないらしいな。」

邪な、極々黒魔術のイメージらしい考えを垂れ流す。

「え、あ、ちょまてよ。」

半分冗談だったんだが…まぁいいか、と楽観的に席で、
相変わらずザーザー降りの外の気候でも眺めているのだろう。

「正気かよヨキ。」

二度目だった。

「あ、いや。そ、そういうんじゃなくてな?
む、むう。これもまぁ、勉強になるっちゃあなるが…
ズバリ!こんな感じになりたい!みたいなのをくれというつもりだったんだが…。
……まさかお前、私自身にお前の成り変わる「可愛い女の子」を想像しというのか?!」

散々積み上げられていく美術学や社会学の教科書にあるああいう絵。
こんなに渡されても…正直、デーダインは困り果ててしまった。

「ヨキよ。」

書物の山のてっぺんにぽむんと手袋を置いて。

「………私に。
このデーダインに。このスケベ書物を…どうしろと?」

暫く硬直した。

「…そうそう。肉体変化の魔術には、外面だけじゃなくて内面も変化させる必要がある。
貴様は犬から人間になったと言うが、内臓機器は人間の女性のモノでいいのかね?
所謂貴様の種族の雌の情報や保健体育の教科書でもあれば良いんだが…。
まぁ、面倒くさければそのまま人間でも良いがな、少し問題がある。
犬から人になった貴様が、完全な人間の身体と合致するか、というな。」

やられたからにはやり返す!
デーダインは本気でヨキを可愛い女の子へと変えようとしているのだろう。
変化魔術の諸注意を述べ始める。

「例えば、四本のその指が五本になったら?
結果どうなるかは全く分からん。上手くいくかもしれんし、そうでないかもしれない。
もっとも、すぐ戻せば問題なかろうがな。
ともあれ、変化魔術を受けたまま長いこといるとおかしなことになりかねん。
それでもやってみるか?」

でも、折角持って来てくれたのだからと春画集を眺めながら、彼に問いを投げる。

「それにしても、最近の所謂美少女二次元絵に慣れ過ぎたため、
些かこういう昔の絵では、なんというか…あまりエロティシズムが感じられんな。
イメージ?……うん、まぁ。そうだな。
そもそも人間でやったことはあるから基盤のイメージはあるぞ!」

ヨキ > 「……む、ヨキが自分でなりたい女の姿、か。
 ならば簡単だ。

 このヨキががそっくりそのまま、女の姿になればよい。
 生憎と、ヨキは自分のツラにも姿かたちにも文句はないでな。

 まるきり夢まぼろしの別人に成り代わるより、自分がそっくりそのまま女にならねば面白くはないだろう?
 年の頃も、このままで結構。

 はらわたなどは、どうせ変えようにも変わりはせんだろう。
 そういうものだ。ヨキは元から真っ当な人間の身体には出来ておらんでな」

笑って鼻を鳴らす。

「で?君の方こそ、ヨキを術中に嵌める覚悟はあるのか?
 ヨキの肝は、随分と前から据わっておるがね」

やるならやれ、とばかりに。
小首を傾いでみせる。

デーダイン > 「正気かよヨキ。
え、え、えぇ…貴様がこのまんま女に……?
ちょ、ちょ、ちょっと待て。むうう…分かった分かった。」

向こうも、本気の様だ。

「中途半端に変えちまうとアレだが、つまりおっぱいつけて男の象徴を女の象徴にする。
これでいいな?」

やってやる。
後悔しても知らん。
そんな風にぶっきらぼうに言い渡す。

「なら結構だ。今すぐやってやろうではないかッ!
滅びよヨキィィイッッッ!!!」

指を向けて魔術を行使―――

「の前に、立ってバンザイしてくれ。そこに座ったままだとやりにくい。
それでは改めて―――我が偉大なる暗黒の力で!滅びよヨキィィイ!!」

デーダインの手袋から黒と紫の混じった暗黒の稲妻が走り、
ヨキを真っ黒な霧が包む。バチバチと派手な音が鳴る。

「どうだぁああぁぁぁぁ?!」

黒い霧が晴れていく。
そのままヨキが受け入れ、うまくいったなら、その長い身体、犬と人が合わさった身のまま、
さっきデーダインが言った通りの「おっぱいつけて男の象徴を女の象徴にする。」という変化が齎されるだろう。
果たしてどうなる―――?

ヨキ > 心なしか、デーダインを見る目にきらきらとした輝きが交じっている。
万能の魔法使いを見る子どもの眼差しだ。

立ってバンザイ、というそれこそ子ども相手のような指示にも、いそいそと立ち上がって諸手を掲げる。

「む。こうか?こうか?
 あんまり大きな音がしないように……手短に頼むぞ」

それにしたってこのヨキという男、立ち上がるとでかい。
手を真上に伸ばすと、ちょっとした高所ならどこでも手が届いてしまいそうなほどだった。

そしてデーダインの手のひらから放たれる、黒い靄に瞠目して間もなく――


「……………………、」

靄が晴れる。
両手を掲げたままでいたヨキが、自分の身体を見下ろして忙しなく瞬きする。

丸みを帯びて僅かに縮んだ身長。突き出した胸。細長い四本指。裾の長い衣服の下に隠れた腰の膨らみ……。

「…………………………………………。」

くしゃくしゃの黒髪や、大きな口のパーツはそのままに、女の顔をしたヨキの姿がそこにあった。

「すッ」

すごい、と声を上げそうになって、押しとどまる。

「す……!すごいではないかデーダイン!
 君、本物の魔術師だったのか……!」

無論のこと、口調までもあの尊大なヨキそのままに、二十も半ばを過ぎた女の声をしていた。
“非モテ”相手の距離感にしては些か無遠慮な近さでデーダインの手を取り、小声で大喜びする。

やがてその興奮もそのままに、ふと窓の外を見遣ると――

「――あッ」

いつの間にか、雨は止んでいた。
雲の切れ間から差し込む陽光は眩しく、外界の熱せられた湿気がガラス越しにも目に見えるようだった。

デーダイン > 「フーッハッハッハッハ!!!見たかッ!これが暗黒の化身の力よッ!!」

完全に顔もまんまに女の姿になった長身のそのヨキの姿。
本人もできに大満足の様で、両腕突き上げて思わずガッツポーズすれば、
彼に手を取られ

「むぬぁっ?!
まるでそれでは私が本物の魔術師ではなかったかのような言いっぷりではないかッ!
む、むう。近い近い。も、揉むぞ。」

デーダインの手袋はごついわりに力を入れれば潰れそうなくらいやけにふにゃんとした柔らかさである。
照れでもしているのか小さな声でぼそぼそ。

「むう………晴れたな。降って来ない帰るぞ、ウム。
それで、その女体化はいつ解こうか?」

彼から彼女へと変わったヨキの手からするっと抜けていけば、
ばさぁとマントを翻す。そうしてヨキと共に図書室を後にするだろう。
その後少しくらい話をして―――さて、その魔術は行き先が分かれる頃には解かれたかもしれないし、
解かれなかったかもしれない。
その日、いつもより、いつにもまして、デーダインの声は陽気で機嫌が良かったとか。

ご案内:「図書館」からデーダインさんが去りました。
ヨキ > 「わはは。揉みたければ揉めばよいではないか。
 別に空気が萎む訳でもあるまいしなあ?」

言いながら、自分で大きな胸に手を宛がう――と、当然ながら下着を着けていない胸は下品なほど形が露わになった。

「おっと。これはなかなか……用心せねばならんな。
 露出狂の痴女呼ばわりされる訳にはいかん」

ぱっと手を離す。
ともかく、「自分以外の何者かになる」という夢がひとつ叶ったらしいヨキは、恐ろしいほど機嫌が良かった。

「いつ?そうだな。そしたら……一週間だ、一週間。
 そうすれば夏休みが終わる前には元に戻れるし、その間にいろいろ楽しめもするだろう」

何を楽しもうとしているのかは言わぬまま、ただにんまりと笑みを深める。

「相合傘とならなかったのは残念だが、斯様な美女と歩けるなら悪い気はするまい?
 ふふ。それでは帰るとしようか、デーダイン」

うきうきと荷物をまとめ、少しばかり足首の細くなったサンダルのベルトを締め直して立ち上がる。
ヨキを知る学生らが驚きに目を丸くするたび、楽しげに手を振り返して歩いてゆく……。

ご案内:「図書館」からヨキさんが去りました。
ご案内:「禁書庫」に谷蜂 檻葉さんが現れました。
谷蜂 檻葉 > 「―――そろそろ時間ね。 あまり遅刻するような子でもなかったと思うけど……。」

壁にかけられた時計を眺めて檻葉は困ったようにため息を付いた。

場所は禁書庫、その手前。
普段は立ち入ることのないその場所に、檻葉は腕組をしてぼんやりと誰かを待っていた。

「そういえば、一緒に仕事しててもあまり話すことはなかったわね……。」

ご案内:「禁書庫」に癒斗さんが現れました。
癒斗 > ぱたぱたと、急ぎ足の音がする。
曲がり角で上履きをキュキュッと鳴らし、貴女の前に現れたのは――

「…あっ、お待たせしちゃいましたか?」

ぶどうの匂いをわずかにまき散らす女生徒であった。
すぐそばの壁にある時計をチラッと見て、小さく息を吐く。

谷蜂 檻葉 > スン、と鼻を鳴らせば『彼女』が来たことは立ち所に判った。

もたれていた姿勢を正して立ち上がると、やってきた夜久原にいつもの笑顔を浮かべる。

「いいえ。私もさっき来た位よ、夜久原さん。
 それより、ごめんなさいね。 人手が足りないからってわざわざ。」

そのまま、禁書庫に入る扉に手をかけた。

「それより、今日やることは確認済みかしら? 
 三崎は『代理』には教えておくって言ってたけど、あの子そそっかしいから……。」

困ったように溜息を付いて、同級生・同僚についての愚痴を吐く。
本当は、夜久原ではない人物が来るはずだったのだ。 ……交代の話が来たのが、昨晩である。

癒斗 > 谷蜂の溜め息には薄く笑って返し、小さく肩をすくめて。

「いえいえ、どうせ夏季休暇期間は暇にしてますから…。
 三崎さんからは、ええと…」

禁書の棚がずらりを並ぶ方を横目にして、谷蜂へ視線を戻す。

「禁書庫周りを"いじる"ということ。詳細は改めて、現場で確認して欲しい。
 …というような内容を連絡してもらいましたね」

連絡内容は軽く端折ってしまったが、さらりとした連絡事項だったのは覚えている。
図書委員をやって2年、もう少しで3年になるが、
やることはなんとなく理解しているものの、禁書庫は本の取り戻し程度しかしていない。
一応の準備はしてきましたよと、付け足す。

谷蜂 檻葉 > 「ありがとう。 ……しかしあの子、本当に……ま、いいか。」

何やらまだまだ愚痴り足りないようだが、それを僅かとはいえ年下に聞かせるのも忍びないと、軽く笑って飲み込んだ。

扉を、押し開ける。
設備的に禁書庫も一般書架側も同じ冷房が効いているはずだが、扉の隙間からはどこか薄ら寒い空気がひんやりと身体を撫でる。 僅かに肌を刺す違和感。 今はまだささやかな物だが、これも奥に行けば強くなっていくのだろう。

「来週、定例の禁書庫の大掃除をするんだけどその前の下準備ってところよ。
 この目録にあるものを、別の棚に移すの。 ……まぁ、大掃除の時にやってもいいんだけどね。
 全部の棚の作業を一括でやってさっさと終わるためにこうして下準備をするって訳。

 『開けなければ害はない』ってことらしいけど、禁書庫で気を張って悪いことはないからね。
 二人組で作業するために、私ともう一人。誰かが必要になったってこと。

 何か質問とか、あるかしら? 今のうちに解消しておきましょう?」


極々単純な雑務。
しかし、びっくり箱もかくやというこの空間ではそんな単純作業も複数人での作業が推奨される。

癒斗 > 空調の中に紛れる違和感に、相変わらず悪寒のするところだなあと背筋を伸ばす。
明かりだってついているはずなのに、奥へ視線を合わせると迷路のように思えてくる。
"開かなければ"。…誘惑してきそうな本もありそうな気がする。

癒斗は谷蜂の説明に頷いて相槌をうつ。

「質問と言うか、その。万が一、本の中身と対面することになったら…戦闘は許されますか?
 それとも、書庫を出て応援を呼ぶのが優先ですかね」

谷蜂 檻葉 > どんな質問が来るだろうか。

対処の仕方、"魔力"の必要性、労働の対価について―――おおよそ、そのような質問が来ると思っていた檻葉は


「……意外と、好戦的なのね?」


どこかキョトンとした顔で夜久原を見つめてしまった。
彼女に対して大人しい印象を持っていたからだろうか。その発言は心底意外に聞こえた。

これも、異世界人故…だろうか?

「あぁ、うんゴメンゴメン。 基本的には応援を呼ぶのを優先してちょうだい。
 自分達で対処するよりも、先生方に任せたほうが『本が傷まない』から。

 昔、"実力者"だけが禁書庫の当番をしていた時に、対処の結果貴重な本が数冊纏めて焼き消えちゃったことがあったらしくて、財閥の方から『なるべく保存の方向で』って指示が入ったって噂。

 危険な本でも、貴重な資料であることには代わりがないものね。」


勿論、自分の命優先よ?

そう言って扉を開き切り、禁書庫へと足を踏み入れた。


耳鳴りしそうな程の静寂。
背筋を震わす奇妙な悪寒。
ただ在るだけの本から伝わる魔力の揺らめき。

おおよそ清潔にされてはいるものの、見た目以外の印象から『カビ臭さ』に近いモノを感じる一つの異界。

檻葉は、その中を迷わず目当ての書架に向けて歩き出した。

癒斗 > きょとんとした谷蜂に、癒斗もキョトンとした顔で返した。

「えっ、そう……ですか?
 …身を守ることばっかり、頭がいってたかもしれないです。
 対処するにも、本の中身によっては巨竜が出て来てもおかしくないよな~とか思っちゃって」

私はそんなに勇猛でも無いですしと、癒斗は情けない苦笑いを浮かべる。
委員会に所属していれば雑務の中にあること、くらいの感覚だったのだろう。
きっと、谷蜂が考えている以上に何も考えていなかったに違いない。


禁書庫の本たちから薫る"何か"が肌を撫ぜ、癒斗は気持ち悪そうに眉根を寄せた。
ずらりと並ぶ禁書が、いちいちこちらを見ているようにも思える。

進む谷蜂の足が止まれば、癒斗は周りを見てから目当ての書架を見通す。
この列だけで、どれだけの魔術的価値があるのだろうと想像しながら

「これですかね。改めて思いますけど、
 通常の本棚よりも収納スペースが大きいですよねー…」

不安なのだろう、意味も無く髪を後ろへやったりしている。
そのたびに、このかび臭いような書物の匂いにぶどうが混ざった。

谷蜂 檻葉 > 「巨竜、ねぇ。 まぁ出てきても私達が触れられる範囲にあるものなら
 まがい物か、陽炎、良くて刺激付きの幻影ってところよ。

 禁書って一口に言っても、取り殺すようなものなんて一部よ?

 本を媒体に強引に契約を結んで、『目的』を果たそうとするようなモノのほうが一般的かしら。

 いわゆる呪いの本ね。 呪い方が書いてあるんじゃなくて、読むと呪われる本。」


夜久原がソワソワと書架に視線を向けている間に、
隅に置かれた脚立を取ってくると棚の前においてカツカツと登っていく。

「そうね、この辺りは普通の本と同じように収納しちゃているけど
 モノによっては他の本と並んでると『共食い』したり、そうでなくとも『魔力喰い』起こしたりするから
 特注のブックエンドとか、カバーに挟んで仕舞うから幅をとっちゃうのよね。」

サクサクと、棚から二冊。

毒々しいほどの紅いカバーの本と、藻のような柄のカバーの本を降ろして夜久原に手渡す。

「此処のはこの2冊ね。 次、行きましょう。」

癒斗 > 「ああ、眼を通すだけでって、そういう…。
 っとと、コレですか――んぶふっ。な、なんかピタピタしてる……??」

囲まれているだけでも、妙なものを感知せざるをえない書物である。
それがカバー越しとはいえ手元にあるというのも、ちりちりとした不安があるもので。

谷蜂から本を受け取りながら、それを大事に脇へ抱えた。

「あと何冊くらいあるんでしょう?」

喋ってないと落ち着かないです!というのが、見て取れる。
頼まれて本を取りに来たことはあるが、長くは自分の手元にいなかったがゆえに、
谷蜂の背中をちまちまと追いかける、ひよこじみた動きを続けていた。

谷蜂 檻葉 > 「とはいえ、開くまでの『手順』がある事のほうが多いわ。
 わざわざ書き記すんだもの、誰に彼にと見せて効果を出せるなら直接呪ったほうが早いわ。

 だから、多くの呪いの本は『読者を呼ぶ』……って言うのが基本。
 目的の達成に適した人間を集める魔術も組み込んでいるのね。


 ―――ん、ええと……後7冊ね。棚は3,3で一緒だから3つの棚を見れば終わりよ。」

夜久原の不安気な雰囲気に母性をくすぐられながら、会話を続けようとするその努力に手を――口を貸す。


「そういえば禁書庫の呪いの本って言えば、こういう話があるの。

 ……ふふ、《大復活》前、とある呪術を収めた『芸人かぶれ』の魔術師が居てね?
 公の場に出ることもなく、魔術の研鑽をしていたのはいいんだけれど、どうしても自分の芸を広めたかった。 けれど勿論《大復活》以前では大きく目立つことは避けるべきことだった。

 そんな芸人魔術師は、ペンを取ったの。」

癒斗 > 「開くのに血液が必要だったり、ただの水だったり…天候だったり、ですよね。
 媒体を一つに絞ってるとはいえ、本一つにそこまでのロジックを組み込む器用さを、
 出来ればー…できれば、別に向けてほしかった――― でーすーねー……」

ほんの一瞬だが、後ろ髪ひかれるような感覚を覚えた。
肩を優しく叩かれるとでもいうのか、それは高いところに"在る"と分かった。

「………7冊ですね、わかりました」
ああ、これが今言われた事に近いものかなと小さくかぶりを振って、その念を無視する。

自分の歩数がやたらと多いなと気づきながら、谷蜂が始めた話に、もしや怖い話ではという表情を浮かべた。
しかし、聞いてしまう。先が読めるような呪いの話でも、知っている人の声がするというのは、
茨のトゲじみた不安に駆られる癒斗にとって、有難いことだった。

「その魔術師さんは、本の中に自分の芸を閉じ込めるってことですよね。
 ……でも、そー……それだけじゃないんですよね?」

谷蜂 檻葉 > 「正解、『鍵』としての側面をもたせている場合もあるわね。

 ただ使い古したフレーズだけど【若きノロイとは古きマジナイである】。
 此処の禁書には聖書の再現、奇跡の行使について書かれているものも少なく無いわ。

 ま、その『鍵』に阻まれて有用に扱える人なんて居ないんだけどね。
 【本に意志はなく、書き手に依って形作られ、読み手に依って語る】…あまり毛嫌いしないであげて頂戴。」


ふと、視線を後ろに返せば一瞬夜久原の視線がおかしな方向を向いたことに気づくが、
自分で軌道修正したことにほっと息をついてまた前を向いて歩き出す。


「えぇ、勿論。 芸人魔術師は全身全霊、
 人生の情熱を一心に込めて書き綴り、やがてその本は呪いの本になった……。

 読む者の頭を、自分の考えたギャグで一杯にして芸を広めさせる恐ろしい魔術書に――――!!



 ……ちなみにこれ、私が入学した時に本当にあった怖い話ね?
 4年の女生徒が引っかかって対処に二日、その後2ヶ月引きこもったっていう、伝説の呪いの本。

 今は禁書庫の奥の方にあるって話だけど―――『電話のベルの音』には気をつけるのよ♪」


やがて、次の棚に辿り着く。
今度は脚立は必要ないらしく、手際よく禁書を取り出していく。

癒斗 > 毛嫌いしないであげてという言葉には、小さく唸って返す。
自分がもう少し勉強をして、書物たちと向かい合える程度の知識を身につけたら変わるのだろうか。
…どちらにせよ、今はちょっと無理だろう。

谷蜂がこちらを向いた時、癒斗も思わず背後を見た。…が、何もいなかった。
そのはずである。彼女はこちらを心配してくれていたのだから。


芸人魔術師の話のオチを聞くと、癒斗は怖い話に耐える顔から、微妙な困惑を覚えた顔に変わった。

「ぎゃ、ギャグで……いっぱい…」

引きこもってしまったということは、
きっとひどいギャグだったのだろうなと、その女生徒に同情した。
たかがという言い方も何であるが、その対処に二日というのもさりげなく恐ろしいところである。

「電話のベルって、ちょうど今――あ、次はその書物たちですか」

空いてる方の手を谷蜂へ差し出す。

谷蜂 檻葉 > 「丁度?」

夜久原の言葉に渡す手が止まり、真剣な表情であたりを見回す。

「……私は聞こえないけど、もしかして夜久原さん『呼ばれやすい』のかしら……。」


それが異世界人だからか、それとも別の要因か。
ともあれ、彼女を『代理』に据えたのは思った以上に危険なことだったのかもしれない。


「―――うーん、ごめん夜久原さん。予定、少し早めるわ。
 次の3冊を回収したら一度終わりましょう。

 三崎だったら欠片も呼ばれないから安心できるんだけど、少し不安になってきたわ。」

3冊の内1冊。
触った感触は確かに紙なのだが、石のような見た目のカバーの本を夜久原に手渡す。


「変なことがあれば、直ぐに言ってね。

 ううん、先を歩いてもらえるかしら。 この先7つ行った右側の棚よ。 『六イ』の表記がついてる所。」

癒斗 > 「ええ、プルルルルって―――」

それはまるで黒電話みたいなレトロな音に似て、今時の電子系の呼び鈴にも感じられた。
聞こえて来た方を視線で指したあと、ざらつくような見た目の本を受け取りながら、谷蜂の言葉に唇を結ぶ。
ほんの数分前にも呼ばれていたのだから、当たり前だ。

「ごめんなさい。私もここまで奥に来たことが無くて…。
 谷蜂さんに言われるまで"そんなものかな"くらいに感じてました」

何にでも手を出したり、話しかけたりする無神経さというものが、癒斗にはある。
それはひっくり返せば、本人の根っこにある無防備さというものであった。

「"六イ"ですね。……ほんとうにごめんなさい、谷蜂さん。
 手伝いに来たのに、足を引っ張る形になってしまって」

ひとつ。棚を越える。ふたつ。これも何か呼ばれること無く進む。
表記を確認しながら、申し訳なさそうに肩越しで谷蜂へそう言った。

谷蜂 檻葉 > 「いえ、私の油断みたいなものね。 ……うん、言ってた自分が一番油断してたか。

 あまり気にしないでね、”此処《禁書庫》”は元々そういう場所よ。
 普通に入っていくほうが、本来は可怪しいことなのだから。」


(後ろにいると、匂いがハッキリ解るわねー。)

彼女に先導させ、何かあれば即座にフォローに回れるように立ち位置を変えたのはいいが
彼女の後ろ―――風下にいると葡萄の香りが全身を包むように前をゆく。


「三崎なんていつも騒いでるばかりで何もしやしないんだから、本を持ってくれるだけでも有り難いわ。

 ……っていうか、持ってもらってごめんね?」

触りたくなくて。とは心のなかに封じた。

癒斗 > 「も、持つくらいならどうってことないです!
 幸いというか、この本からは何も聞こえないので……」

谷蜂はぶどうを好む方だろうか。
癒斗が匂いをふりまくたびに、あなたが好む葡萄の匂いに、少しずつ近づいているのが分かるだろうか。

「………えーと、"六イ"ここですかね」

抱えている本の佇まいを軽く直す。
傍に気になる禁書は無いのか、谷蜂のすることをじっと見ている。
周囲に気を反らさないようにしているともとれるだろう。

谷蜂 檻葉 > 「真面目で助かるわ、本当に…… と、コレとコレに……。」

ひょいひょいと、こちらもさっさと回収していく中で檻葉の手が止まる。


「―――無い?」


最早尋ねるまでもない。
目録の、目的の本がないのだろう。 難しい顔をして本棚を眺めていたが……


「いえ、取り敢えずコレで戻りましょう。
 ちょっと駆け足。 『回収』に声かけなきゃいけないみたいだから戻りは急ぐわよ。」

手にとった二冊をそのまま小脇に抱えて夜久原を促す。

癒斗 > 「えっ」

借りられたのでは、という楽観的な言葉が喉まで出かかった。
が、谷蜂の表情はそういったものではないと物語っている。
小さく周りを見てから、素直に頷いた。

「は、はいっ。ええと、戻りはこっちですよね」

コツンという音はどこから聞こえたのだろうなと、背中に嫌なものを感じながら。

「…………あー、また電話の音が聞こえますねー」

自虐的な苦笑いを浮かべながら、ぱたぱたと駆け足気味に進む。
言いようのない不安と、本はどこにいったのだろうという答えの無い疑問。
焦る気持ちが高まるのと同時に、癒斗から薫る葡萄の匂いは強くなる。

背後を振り返る気持ちの余裕が無いのか、前を向いたまま

「………た、谷蜂さん、大丈夫です?」

谷蜂 檻葉 > 「―――まぁ、見れば分かる通り大丈夫ではないわ。

 禁書庫の在庫に関しては常に1冊1冊厳重に管理されてるの。
 今回目録にあるってことは貸出されてないものよ。 どこかの馬鹿がスッたわね。 

 危険度段階評で言えば10段階で4ってところだけど、持っていかれたものが良くないわ。
 『夢魔との契約、その考察』 ……本当に、ほんっっっっっっっっとうに下らないけど
 場合によっては人死が出るわ。 持って行った馬鹿の、だけど!

 あぁもう、放っておきたいけどそういうわけにもいかないし!
 タイミングが悪いのよ! バレようがちゃんと持ち出し許可通して持っていけっての!!」

吐き捨てるように言いながら、禁書庫の出口へ向かって走る。

「異世界との関係性が明示されない時代の、不完全な契約についての本よ。
 今みたいにカッチリ決まったやつは高学年になってからじゃないと授業で取らせて貰えないから恐らく初年度か、2年目の生徒よ。 ……ああもう、早く出なさいって!!」


やがて、バン!と音を立てて開くと携帯を取り出してどこかに連絡を始める。
コール音に、珍しいまでにイライラと脚を踏む。

癒斗 > 夢魔と聞いて、あちゃーと笑顔を崩す。
流石に夢魔がどういうものかというのは分かっている。
まあ、分からなくもない。夢のある話というのも、まあ、決して。
谷蜂の罵倒をよそに、拝借人がどこかで枯れてないと良いなあとちいさく祈る。

禁書庫の扉を静かに閉め直して、それを背にずるずると座り込む。
手の中の禁書を指でなぞり、これ一つでこんなにも人を動かしてしまうのだなと認識を改めた。

背筋の悪寒はまだ消えない。

「………た、谷蜂さん、大丈夫ですか……?」

大きく脚を踏んだ彼女に、電話の邪魔にならない程度の声で聞く。

谷蜂 檻葉 > 「―――あ、もしもし花季月君!? 目録の5番。 六イの3にあった禁書が盗まれたわ。
 13日から今日にかけての入出記録洗って、1年から2年の男子生徒居たら確認!

 夢魔関係の禁書よ貴方も読んだんでしょ?!こっちで先生に話流すから3人ぐらい呼んで回収まわって!


 ……さっきも言ったけど、大丈夫じゃないわ。
 『人一人で済む』ぐらいだからまだ許容範囲ってところよ、この島だと。

 あぁ、もう。ほんっっとイライラさせてくれるんだから!!
 花季月君は夢魔関係って言ったらヘラヘラ笑い出したけど堪ったもんじゃないわよ。

 あぁ、本当に男って……  ―――もしもし、谷蜂です。
 禁書の無許可持ち出しを確認したので回収の手続きをお願いします。 
 六イの3のA39です。はい。そう、夢魔の。 ……先生も笑わないでくださいよ!!もう!」



……やがて、電話を終えるとジロリと夜久原に視線を向けて

「夜久原さんも、男のこういう持ち出し、後が絶えないから見つけたら遠慮なしにぶっ飛ばしていいからね。」

地の底から聞こえるような声色でそう言った。

癒斗 > 「ああ、いえ、あの、そうじゃなくって…
 谷蜂さんが大丈夫かな~~って、思っただけなんです」
彼女が電話をする合間に言うと、また少し黙った。

この夢魔の禁書を盗んじゃった人、しばらく話のタネにされちゃうんだろうなあ。
もし、男子寮でよく見かける人だったらどうしよう。
見かけたら笑っちゃったりしないですかね。耐えられるんですかね、私。

そう考えていたところに、谷蜂の気迫ある雰囲気に圧されてしまう。
ぶんぶんと首を縦に何度も振って、わかりましたと返した。
ここで彼女に無理です!と返せる人物がいるだろうか。いや、そうそういないはずだ。

「…ああでも、本が禁書庫の中で徘徊してるってわけじゃないんですよね。
 そこだけはちょっと、安心しました。……夢魔の人は、何とも言えませんけど」

谷蜂 檻葉 > 「…………はぁ。 ああ、うん……ありがとう、夜久原さん。」

イライラと眉間にしわを寄せていた檻葉だが、夜久原の言葉に毒気を抜かれたように
困ったような笑みを浮かべて、ありがとう、と口にした。

「この後報告書とか、対策表とか、入出チェックとかの再確認とかがなければ完璧だったわね。

 ……あぁそれと啓蒙運動とかもやるんだろうなぁ……気が重いわ。」

噛みこそしなかったが、親指を口元に近づけて憎々しくそう吐き捨てる。


「徘徊するような禁書は、奥でもっと厳重に保管されてるわ。
 地下室とか、もっと別の仕掛けがあるとか噂もあるけど、流石にソコまではね。

 とはいえ、今日はわざわざ有り難う。 この後、暇かしら?」

そんな不機嫌そうな檻葉だったが、
へたり込んでいる夜久原から禁書を受け取るとカウンターの方へ向かっていく。

そうして、顔だけを向けてそんなことを尋ねた。

癒斗 > 「啓蒙活動は忠告のようなものと思ってましたけど、
 こういう…夢魔みたいな件があると、ココにありますよ~と大手を振ってるような部分もありますよね。
 もちろん注意は広めていかなきゃいけないのに、むずかしいとこです」

そう簡単に、拝借人たちの好奇心を消せるようなものでもない。

ということは図書関連のポスターなども貼り直しかなと、癒斗はぼやいた。
谷蜂へ本を渡したあとはよいしょと立ち上がり、スカートを軽く叩く。

「あっ、はい、今日は大丈夫ですよ~。何か他に手伝う事がありますか?」

谷蜂 檻葉 > 「あの本に限らず、どこそこに何がある。……っていうのは基本的には開示されてる情報だから、どれだけ危険かを伝えるのが限界ね。 懲りてくれればいいんだけれど、まぁ痛い目見ないとわからないか……。」

難しいわね。と、夜久原の言に頷いた。

「ううん、そうじゃないわ。
 こういう嫌なことがあったら甘いもの、でしょ? 私が奢るから、ちょっと付き合ってもらえる?」

そこそこ物騒なものを手にしている割には、その顔は随分と楽しげだった。

癒斗 > 禁書の処理をする谷蜂の傍まで行き、
すっかり手伝いの頭であった癒斗は、甘いもの!と喜びをあらわにする。

「わ、行きますいきます!」

そういうことなら何時間でもと、先程まで不安に駆られていた姿がうそのようだ。

谷蜂の禁書の手続きや確認が終わるまで、そわそわしている。

谷蜂 檻葉 > 「よしよし、じゃあさっさと終わらせていきましょうかー。」

パァッと花の咲いたような笑みに檻葉も顔を綻ばし、禁書の手続書類をそそくさと纏めて厚い革の袋に入れるとバックヤードの金庫に入れて、受付の生徒と二言三言会話して出てくる。


「歓楽街の外れの方に良いお店があるの、雰囲気はちょっとボロっちいけど中身は上等よ。
 ケーキもあったけど、暑いしパフェがいいかしらね。 夜久原さんはチョコレート、好き?」


横に並ぶようにして、図書館を後にする。
残暑厳しい夏の日差しは、かかった雲に隠れて今は少しだけ涼しい。

癒斗 > 空を軽く仰ぎ、そのまま谷蜂へと顔を向ける。

「パフェ!良いですねー、久しぶりです、パフェ。
 チョコレート大好きですよ~。甘いものはみんな好きです。谷蜂さんは…」

セミの声がする。
背筋を覆っていた悪寒も、緩やかに消え去っていった。
どこか冷えていたように思える体は、谷蜂との他愛のない会話とパフェがなおしてくれるだろう。

ご案内:「禁書庫」から癒斗さんが去りました。
ご案内:「禁書庫」から谷蜂 檻葉さんが去りました。