2016/05/21 のログ
ご案内:「大時計塔」に鞍吹 朔さんが現れました。
■鞍吹 朔 > 常世学園の名物、時計塔。そこに座る制服姿の女子が一人。
その目には眼鏡と眼帯、黒い髪が高所特有の風につられて揺れる。
その手には、ナイフ。それも果物ナイフなどではなく、スローイングナイフだ。形状的にはクナイに近い。
それを手で弄びながら、景色を眺めていた。
「………。」
教室棟の一つから、カラスが二羽飛び立っていったのが見えた。
■鞍吹 朔 > 「『強い人間は自分の運命を嘆かない』。……常に強くあることだけが正解ではないけれど。
時には嘆くのも大事だったでしょうに。泣き叫んで泥に塗れて周りに縋り付けば良かったでしょうに。」
独り言を呟けば、弄んでいたナイフを仕舞いこんで溜息をつく。
そのハイライトの抜けた瞳は、飛んで行くカラスを見つめていた。
「ままならないものよね、何もかも。」
ふと、昔の事を思い出す。この島に来る前のあの頃。
父親と過ごしたあの頃の記憶。
父親に■■■■■■■■■■■時の記憶。
父親に■■■■■■時の記憶。
父親を■■■■■■■■■■■■■■時の記憶。
「ええ、本当にままならない。」
■鞍吹 朔 > 「………。」
ぱらりと、胸元から手帳を取り出して捲る。
そこには、様々なことが書かれていた。人の名前、住まい、性格、体型、特徴。
そして、罪。
その幾つかのページには、黒いマジックでXが描かれていた。朔はページを捲り、Xを書き加える。
今、この学園で起こっている一つの事柄。朔は、そこに目を向けていた。
一つの姉妹が、めくるめく捲られる彼女らの頁が、盲に落とされた本の一滴の黒い滴に侵されている。
だがしかし、なんとかしよう、などとは思わない。
だがしかし、解決しよう、などとも思わない。
「……30袋。」
自分は、これに食らいつかんとする紙魚たちを、染みを作らんとする墨袋たちを掃除するだけなのだから。
いわば、良い撒き餌となってもらっている。
ご案内:「大時計塔」に水月エニィさんが現れました。
ご案内:「大時計塔」にレイチェルさんが現れました。
■水月エニィ > 「屋上よりもこっちの方が高いわね。」
がらら。
警戒もなく雑把に外と内を隔てるを開く音と少女の姿。
一つの姿を見つけ。
「……あら。先客。」
■鞍吹 朔 > 「……?こんにちは、お先にお邪魔してます。」
扉の開く音と共に響く声が、思考の水面に円を作る。
振り返れば、見慣れないとはいえ制服を着た女性が立っている。これに敬語で挨拶を返す。
朔の顔は笑っていない。朔は滅多に笑うことはないのだ。
■レイチェル > 大時計塔へ向かう道へと、クロークを風に靡かせながら歩く少女が一人。
「昼の見回りはここで最後か……っと」
小さな欠伸を一つしながら、金髪眼帯の風紀委員は歩を進めていく。
大時計塔の上に居る二人にはまだ気付いていない彼女は、
そうして大時計塔の中へと足を踏み入れていく――。
■水月エニィ >
「こんにちは。風の気持ち良い所ね。
……考え事中か何かだったのかしら。」
実際真顔な目の前の少女をよく見る。
手に持っているであろう手帳へと視線を配らせれば、
何かの考え事をしていたのだろうかと思い至った。
■鞍吹 朔 > 「そうですね、この季節は熱くも寒くもなくて特に。
いえ、大したことではないので構いませんよ。……あら。」
そう言いながら手帳を懐に仕舞いこみ、マジックペンを鞄の中へ。
エニィに対応する中、かつん、かつん、と下から足音が響く。乾いた空気と埃を震わせ、小気味良いリズムで足音が登ってくる。
そういえば、この時計塔は一応進入禁止扱いであったか。警備などは見当たらないから忘れていた。
此処で見つかってしまうと若干面倒だな、などと思いつつも今更隠れるわけにも行かない。
とりあえず、すぐに出られるように傍らに脱いでいた革手袋を手にはめた。
■水月エニィ >
「なら良いのだけど。
……どうかしたの?」
足音に気を払ったであろう朔の行動を眺めつつ、
何気はなし尋ねてみせた。
■鞍吹 朔 > 「いえ、誰かが登ってくる足跡が聞こえたものですから。
ここ、そういえば規則上は進入禁止でしたから、職員に見つかると若干面倒なのでは、と。」
そう言いつつ、顔や態度は一切慌てていない。むしろ、見ている側が不安になるほど落ち着き払っている。
革手袋をはめた後、鞄を手に持って立ち上がる。
退去を命じられたら、即座に部屋から抜け出せる態勢である。
■レイチェル > 「なーんか、人の気配がするよーな気がするぜ……?」
と、そんなことを呟きながら階段を登っていくレイチェル。
午前中をフルに使って窃盗犯の取り調べ。
昼食をすぐさま済ませて、午後の見回り。
その見回りは何事も無く順調だったのだが、
どうやらそろそろ軽く一仕事しなければならないようだ。
足音は最上階へ向けて近づいてゆく――。
■水月エニィ >
「ああそうね。
素直にごめんなさいと謝っておきましょう。」
一切表情を崩さぬ朔を見つめた後、大げさに肩を竦めたアクションを取ってみせる。
「案外同業者……息抜きストかもしれないわよ。
貴方の場合、だらけるって文字は似合わなさそうだけれども。
……身支度整えるん、早いわね。」
■鞍吹 朔 > 「ええ、私もそれが良いと思います。
逃げても面倒が増えるだけですし、ここは謝っておくべきでしょう。」
ふぅ、とため息をついてエニィの入ってきた扉を見つめた。
かつ、かつ、と足音が少しずつ大きくなっている。
「どうせ身支度と言っても、大したものを持っているわけではありませんし、ここでの息抜きは終わりましたから。
どうせそろそろ帰るつもりでしたから、退去命令が出たらむしろちょうどいいですね。」
■水月エニィ > 「そう――私はもうちょっと見ておくわ。」
言葉と共に歩き出し、時計台の上を軽く散策する。
ちょっと足場ぎりぎりまで覗き込んでみたりもするだろう。
身のこなしは大分良い。
「へーぇ、良い眺めねぇ……」
■鞍吹 朔 > 「落ちないで下さいね、結構高いですし。」
そう言いつつ、顔は全くエニィの方を向いていない。根本的に無関心なのだろう。
その顔は、登ってくる何者かの足音に向けて注意を払っている。
顔の方はものすごい無表情だが。
■水月エニィ > 「あら、心配してくれるなんて嬉しいわね。」
言葉が掛かれば身体を翻して向き直る。
全くこちらを見ていない朔を見つければ、困った風に口を開く。
「随分と足音を気にしているわね。
まるで、鬼から逃げているみたい。」
■レイチェル > ――と。二人が話しているその時に。
「おいおい、お前ら……」
腰に手をやって、やれやれと呆れた表情をしている金髪の少女が最上階に現れた。
彼女のツーサイドアップが、クロークが、風に揺れている。
「大時計塔への一般生徒の立ち入りは許可されてねーぜ。知らなかったか?」
その腕には腕章。一目見ただけで、誰にでも判別がつく。彼女は風紀委員だ。
少し険しい表情になって、レイチェルは語を継ぐ。
「見晴らしはいいが……誤って転落死なんて洒落にならねーだろ?
滑って転ぶ前に、さっさと降りた方が良いぜ」
言いつつ、レイチェルは人差し指をぴっ、と立てて。
時計塔に居た二人を見やった。
■鞍吹 朔 > 「誰が来るのかわからない足音っていうものが気になる性分ですから。
癖みたいなものです。」
レイチェルが現れれば、その言葉の後に一礼を返す。
「申し訳ありません、失念していました。私は一年、鞍吹 朔です。
こちら、学生証です。」
すっと財布を取り出し、中から学生証を抜き取って見せる。
そこには、一切の相違なく情報が書かれていた。眼帯や眼鏡も含めて同じである。
「何か書類などを書く必要はあるでしょうか?」
■水月エニィ >
「大変ね――」
声が掛かれば会話を中断する。
整った笑みを浮かべ、軽い愛想を浮かべてみせた。
「――ごめんなさい。噂に聞くもので、つい登ってみたく。
一年の水月エニィです。」
学生証を提示する朔を横目に、確かに頭を下げた。
■レイチェル > 「一年の鞍吹 朔、ね……」
右腕をすっと。顔の前まで上げたかと思えば、人差し指で眼帯を弾いて見せる。
眼帯の下にあるのは、彼女の左眼と何ら変わりない右眼――否。
注視すれば時折、瞳の中に刻まれた細いライン上を微かな光が迸っているのが確認出来るかもしれない。
【走査《スキャニング》――】
レイチェルの右目は、高度なブレイン・マシン・インターフェースだ。
右眼で以て、目の前の顔と、学生証に載っている写真を見比べる。
細かな解析は行わない。今回は、照合のみだ。
そこには何の相違も無い。そう《右眼》のシステムが告げるのを確認し、
その学生証と顔を記録画像として保存した後、レイチェルは学生証をしまうよう、手振りで指示する。
「いや、その必要は無いぜ。諸々はこっちで処理するからな」
そう言って、もう一人の顔を見やり。
「そっちも一年か、水月エニィ。しかし『つい』、ね。
好奇心は猫を殺すって言うだろ? 危ない所には近寄らないのが一番だぜ。
で、学生証は?」
浮かべられる軽い愛想に、レイチェルはただ頷きながら、学生証の提示を促す。
■鞍吹 朔 > 「了解しました。ありがとうございます。
今後はこのような事が無い様、時計塔への侵入は行いません。」
学生証を仕舞い、機械的にそう告げる。レイチェルの右目に血が通うかと思うほどに、奇怪な程に機械的だ。
とはいえ、無表情で無感情なその立ち居振る舞い以外に特筆すべきところはない。
学生証に評されたその力は『無異能』。異能を持たない一般人として判定された証が、書き記されていた。
「珍しい右目を持ってらっしゃるのですね。」
■水月エニィ > 「これですよね。
本当に、良くできた学生証。」
応じて取り出し、提示する。
特に変わった事はなく、今月越してきたばかりの旨が伺える。
水月エニィと確かに記されている。異能の項を読むのなら、【負け犬】と表記されているか。
一般的でないカテゴリ・後ろ向きな性質に分類されているが、
"たちばな学級"でなく一般の生徒として入学されている。
「ええ、それでもこの学園は隅々まで把握しておきたくて。
分かっておけば、分からないまま終わる事はありませんから。」
■レイチェル > 「そうしてくれ。新入生の事故死なんざ、想像しただけで溜息が出ちまう」
人間味のない機械的な受け答えに内心、レイチェルは引っかかりを覚えながら
、それでも何か問いかけるような動機も取っ掛かりも見つからなかった彼女は、
胸の内の言葉をそのまま投げ渡した。
「この右目か? 昔、色々あってな。ちょいと弄ってあるのさ。
お前の学生証も顔も、ばっちり記録しといたから……あんま無茶起こすなよ?」
淡々とそれだけ答えて、もう一度レイチェルは鞍吹朔の顔を、表情を見やった。
「ああ、それだ」
提示された学生証を再び、走査《スキャニング》――保存《セーブ》。
異能の項にある【負け犬】に目を細めながら、レイチェルは言葉を繋ぐ。
「勿論、学園のことは知っておいた方が良いだろうな。だが、危険な場所に
わざわざ足を踏み入れる必要はねぇさ。この時計塔もだが……例えば、
落第街とかな。間違っても興味本位で首突っ込むんじゃねーぞ、いいか?」
老婆心の表れか。二人に向けて、レイチェルはやや強い口調でそう口にした
■鞍吹 朔 > 「はい。…あったのでしょうか、事故死。」
ふい、と振り返って外を見る。とても高く、爽やかに風が吹く。
ここから舞い落ち、地面に赤い花を咲かせた愚か者が居たのだろうか。そんなことをふと思う。
表情は、何も変わらない。ピクリとも動かない。
眼鏡の奥に除く暗黒色の目は、迫り来る全ての光を飲み込んだように濁っている。
「そうですか、了解しました。
落第街については話を聞いています。非常に治安が悪く、風紀も立ち入れないために一種の治外法権になっている、と。」
ふぅ、とため息をついて首を振った。
ああ、普通ならば立ち入ろうとも思わないだろう。蠱毒の皿に手を突っ込むような行為だ。
■水月エニィ > 「……。ええ――心に留めておきます。」
とは言え、内心ではそう思ってはいない。
一瞬だけ考え込むような険しい表情を見せた事からそれが伺えるだろう。
(なら、猶更見ておかないといけないわね。
避けた所で、"私が絡まないで済むとは思えないわ。"
……なら、先に知っておくべき。知っていると知らないでは大違いだわ。)
……色々と思案を巡らせながらも。
直後の一瞬以外はおくびにも出さない。
(――関わらなければいい。本当、カチグミの発想よね。
成せないぐらいなら、最初っから最悪を想定して握っておくべきよ。)
■レイチェル > 「実際に記録は漁ってねぇが、噂では何件か聞いてるぜ。
自殺だとか、事故だとか……まぁ、色々な。気をつけるに越したこたねぇよ」
曰く、恋人に振られた為に飛び降りた。
曰く、友達と楽しくお喋りをしている最中、誤って転落した。
この大時計塔での死亡事故に関しての噂はたまに耳にする。
実際に事件を目にしたことは、未だレイチェルにもないが。
「ああ、下手に深くまで行ったら、二度と帰って来れねぇ所だ。
他からも聞いてるかもしれねーが、一応な。
こういう所に顔出してるお前らだ、釘だけは刺させて貰うぜ」
鞍吹に関しては――現状落第街の出入りに関しては問題なかろう、と。
その反応を見て判断した。
逆に、レイチェルが問題視したのは水月である。
上手に隠してはいるが、ほんの一瞬。その表情が険しくなったのを
刑事課のレイチェルは見逃さなかった。
「……ま、説教長く垂れるってのもオレの性に合わねぇ。
さっさと降りろ。注意はこんな所にしとくが――」
くるり、と背を向けて。一つ大きな伸びをするレイチェル。
彼女が最後に振り向いたのは、エニィの方だった。
「気ぃつけろよ、マジで。事が起こった後じゃ、オレ達が動いても
遅かった……なんて事だってあり得るんだからな。全力は尽くすが、
神じゃねぇんだ、全てを救える訳じゃねぇ」
救えなかった人間の顔がレイチェルの脳裏に浮かび、その表情に影が落ちる。
それだけ言えばクロークを翻し、静かな微笑と共に再び背を向ける。
既に、彼女の影はクロークを撫でつけた風と共に振り払われていた。
「……何か困ったことがあったら風紀委員のレイチェル・ラムレイに
連絡寄越しな」
最後にそう言って、レイチェルは階段へ向けて歩き出すのであった。
■水月エニィ >
「いえ――"神よりは救えている"と思います。
ええ。困った時は頼りにさせて貰うわ――ます。」
皮肉交じりに、少々の呪いが混ざるような、感情の秘められた言葉を吐き出す。
いずれにせよ、そう言ってレイチェルを見送るだろうか。
■鞍吹 朔 > 「……居るんですね、そういう方。」
冷め切った目を、外に向ける。
表情は前と変わっていないが、その目線は恐ろしいほどに冷え切っていた。
「ええ、お気遣いありがとうございます。参考になりました。
神頼みが必要な場面にならないよう、善処させていただきますね」
その背中に向かって一礼し、再び顔を上げてその背中を見つめた。
風に靡く外套が、その背中を大きく見せる。
終ぞ、『落第外には行かない』とは発言しなかった。
終ぞ、『落第外には関わらない』とは発言しなかった。
落第街は、彼女にとってゴミ溜めの様なものだ。
処理係がゴミの臭いを恐れてゴミ溜めに行かないことが、是とされるだろうか。
つまるところ、そういう話だった。
ご案内:「大時計塔」からレイチェルさんが去りました。
■水月エニィ > 「行ったわね。連行しない辺りは恩情かしら。」
大きく息を吐いて、目の前の少女を横に見る。
……朔の異常とも思える冷たすぎる対応は、
このご時世に於いて少々逸したものに見えた。
(……普通、には見えないわね。
完璧すぎるわ。混乱極めるこのご時世でそう出来るのは、
何かしらの自負心があるのでしょうね。礼儀で武装する必要が無いタイプ。)
……内心でそう評しつつ、朔を見つめる。
■鞍吹 朔 > 「……ふぅ。」
ため息が出た。結構気に入りの場所だったのだが。
とはいえ、風紀から直々に文句を言われたとあっては立ち退かない理由はない。これからは自室で考え事をしよう。
そこまで考えて、くるりとエニィの方を見た。
「『君子危うきに近寄らず』。」
そう小さく呟く。
「……水月さん。重ねて言うようで申し訳ないですが、落第街は危険な場所です。
覗きに来ただけでも、その首を掴んで引きずり込むような輩も居るでしょうから。
人の悪意とは、そういうものです。」
■水月エニィ >
「……ありがたい言葉ね。
それが貴方の善意ならば、喜んで頂戴したい位。でも――」
眉を顰めて、笑みを浮かべる。
誤魔化すような、測りかねるものを見るような苦笑だ。
思案を置いて、言葉を吐き出す。
「どこまで、そう思ってくれるのかしら。
……人の善意悪意、そして"どちらでもない"には、私は造詣が深いつもりなの。
そうね。私の語りを聞いてくれるなら話すけれど、興味あるかしら?」
■鞍吹 朔 > 「……ええ、お願いしましょう。」
その立ち居振る舞いは、極々自然だった。
しかしその顔は、表情筋が存在しないかのように凍りついている。
その目は、ハイライトが抜けたように黒く黒く、右目の眼帯はひたすらに白い。
「どこまでも何も、私は私が語りたいと思った本心しか口に出しません。
善意や悪意を数分前に知りあった人物に剥き出しにするほど、器用な人間ではありませんから。」
■水月エニィ >
「むき出しの感情をぶつける器用な人間って何よ。
馬鹿にしているようにしか聞こえないから、もうちょっと詳しく聞きたいわね。
完璧で押し殺して立ち回るのを器用・完璧って言うならわかるけれど。
……話す事にも関係があるから、一応尋ねておくわよ。」
一つの引っ掛かりを覚えれば、眉を顰める。
どうして彼女が凍り付いた表情を取る事などは知らない。
だが、"それで成立している"人間であることは確かな筈だ。
■鞍吹 朔 > 「そのままの意味です。私には出来ません。
『剥き出しの感情をぶつける』なんて器用な事は、私には出来ません。
やり方を忘れました。在り方を忘れました。言葉の織り方を忘れました。
それだけの事です。だから私から見れば、感情を剥き出せる方は器用に見えます。」
その言葉は淡々と、時計塔に響き続ける。
氷のように、石畳のように、月のように冷たく、固く。
凍り付かせているのではなく、「凍りついている」。
「人と接することが苦手なんです、私は。」
■水月エニィ >
「そう。私は"弱いからそうできない"し、よしんばそう出来た所できっと"恨みを買って死んじゃう"わ。
だから私は貴方を器用や完全と思うし、その強さは強みだと思うわ。妬ましい位に羨ましい。」
……その言葉を真だと信じたのだろう。
険しい表情から一転、柔らかそうに笑みを浮かべる。
「話を戻すと、私はどこまで行っても【負け犬】――どうしても負けやすい性質なの。
幸いな事に、ここで言う"異能"のシステムがそれを保証してくれたわ。」
笑うように、自嘲交じりに。それでいて何でもない事のように軽やかに語る。
エニィにとって、当たり前のことなのだろう。
「だから、"もしものために"落第街――いえ、この島の地理ぐらいは把握しておかないと落ち着かないわ。
君子でもないから危うきの方から近付いてくる。善意も悪意も敵になって、地獄へ送ろうとしてくれる。
悪意や災厄に近付かないと選択出来るとは思えない――だから、最初から最悪を想定して張っておく。
……言葉と善意はうれしいけれど、それらから救ってくれるものになると思えない。
こう思っている癖にどこまで、だなんて意地悪な言い方をして悪かったわね。謝るわ。」
■鞍吹 朔 > 「どう致しまして。結局人間は無い物強請りしか出来ない生き物ということですね。
完全には程遠い完璧に不完全な生き物同士が、互いを妬んで食い合うのが人間ですもの。」
その表情は柔らかく……ならない。相変わらず能面のように強張ったままだ。
ここまで来ると、本当に口周り以外の表情筋が動くのか怪しくなってくる。
「……不幸を惹き付けやすい、という訳でもなさそうですね。
むしろ、もっと面倒な類ですか。」
そう言って、溜息をつく。
ああ、この存在は強いのだと。自らよりも遥かに強いのだと。
自らの■■■■■しか■■■■■術が無かった私と違って、とても強いのだと。
祈りも願いも必要としない、信用もできない命にも関わらず、立ち止まり、膝を折り、這い蹲り、
それでも歩みを止めようとしないほど、目の前の彼女は強いのだと。
「……そういうことなら、仕方ありませんね。
こちらこそ、そちらの事情も知らずに差し出がましい真似をしてしまったこと、心より詫びます。
強いですね、貴女は。」
■水月エニィ > 「そうね。それには同意するわ。
確かに挙げればキリがない程ロクなもんじゃない。食い合うだけならまだしも……
…………考えるだけで頭と胃が痛んでくるわ。自分に跳ね返ってくる所も含めて。」
お腹と頭を押さえる。
軽くうずくまって、息を吐きだした。
「はぁ……構わないわよ。こちらこそでもあるもの。
……ありがと。強がることに関しては百戦錬磨のつもりだから、素直に嬉しいわね。
負け慣れていればこうもなるわ。」
■鞍吹 朔 > 「……。ええ、とても強い。
何かあれば、この番号までお電話ください。
諸事情で、私用電話とそうでないものを分けているもので。」
すっ、と胸元から小さなメモを取り出し、差し出す。
そこには、何桁かの数字の羅列が書かれていた。
「……本当なら、何事もないことを祈るべきなのでしょうが。
今回は『不幸にも連絡が付かない』などということが無い事を祈っています。」
■水月エニィ > 「……ええ。ありがと。
お返しに私の連絡先も押し付けておくわ。
白や黒を使い分けられる程器用じゃないから、この番号が私よ。」
ポケットから何らかの紙片を切り取り、手持ちのペンで番号を記して書く。
メモを受け取る際に、渡そうとするだろう。
「その時はその時ね。……まあ、そうなっても何とかするわよ。」
折角水月エニィがここに居る事が出来るのだから。
そう言いかけた言葉は混乱させるだけだと飲み込んで、ゆっくりと立ち上がる。
「風紀委員にどやされる前に帰っておくわ。
本当に頭とお腹も痛くなってきた気もするし……引き留めて悪かったわね。」
「また会いましょ。出来れば普通の所で会いたいわね。」
ご案内:「大時計塔」から水月エニィさんが去りました。
■鞍吹 朔 > 「ありがとうございます。
こちらこそ、また会えるのを楽しみにしています。」
それだけ言って、去っていくその背中を見つめる。
その姿が消え、足音が途絶え、気配が失せてから、自らも部屋を抜け出し階段を降り始めた。
「………。」
ああ、なんて素晴らしい人間だろう。 嗚呼、なんという美しい存在だろう。
不幸であることを運命づけられ、何度も何度も殴られたことだろう。
不幸に殴られ、絶望に鞭打たれ、恐怖に切り裂かれ、虚無に叩きのめされたことだろう。
それでも、彼女は立っている。自らの意志で立ち、歩き、血を流しながら前に進んでいるのだ。それを美しいと言わず何と呼ぼう。
「……私も…」
もっと強ければ。その言葉は、飲み込んで腹の中に溶かした。
過去を変えることは出来ない。分かっているのだから。
もしも
もしも
もしも
もしも、父を殺したという罪を消し去れたとしても、それは逃げることにしかならないのだから。
彼女のように、『人間』で居ることはもはや不可能なのだから。
自分は『染みを塗る側』の存在なのだから。
ご案内:「大時計塔」から鞍吹 朔さんが去りました。