2015/08/28 のログ
否支中 活路 > 「随分と」

畝傍を伺うツヅラと逆に、最初の警戒心を解いて手を下ろしていた。
炎を吐いた瞳も何事もなかったかのように一瞥するだけだ。
むしろ調子そのものが良さそうに軽い声色で、

「弱っとるやんけ。
 恩を返しに来た相手ちゃうんか」

相手がクロノスのことを匂わせたからだろうか。
ツヅラにそう声をかける。
警戒心を見せたこと。もちろんそれを指しているわけではない。
その先にあるもの。だから軽々しい声はいつのまにか低く。緑の光は薄く薄く絞られる。

「嬢ちゃんがあの女の道を接ぐんかと思ってたんやけどな」

そう零して畝傍へ視線を移した。

「あんまビビらせんとってくれへんか。
 ま、律儀なんはええことやと思うけどな」

畝傍 > 「≪……仕方ありませんわね≫」

その言葉を最後に、左目から溢れる灰色の炎も止む。

「(やっぱり……ツヅラって、やさしいヒトだな)」

自身も足に障害を抱えていながら傷ついた畝傍に手を差し伸べたその姿に加え、
あのおでん屋台での食後、去り際に見せた笑顔。
そして、目の前で人が死ぬのは見たくない、と公言するさまを見れば、
この薄野廿楽という少女は、言葉や態度にこそ刺々しい部分はあれど、
本質的には悪い人ではないどころか、優しい心を持っている人なのだろう、と畝傍には思えた。――だが。

「……ツヅラ?」

気付けば、廿楽は自身から距離を置き、先程までの態度とは裏腹な怯えた視線をこちらに向けている。
どうやら、自らの左目から溢れ出ていた灰色の炎が、その原因なのだと察し。

「……ごめんなさい」

否支中からもそれを指摘されれば、畝傍自身もまた一転、哀しげな表情になり。二人の方を向いて、詫びる。
不可抗力であったとはいえ、こんなにも優しい人を恐れさせるようなことをしてしまったのだ、と思うと、畝傍の心は罪悪感に満ちた。

「ボクの、異能なんだ。『生きている炎』ってよばれてる、かみさまのチカラをかりるの。
 ――それをつかったら、ボクは"代償"として――"正気"をはらわないと、いけなくて」

しばしの沈黙の後、自らの異能――『炎鬼変化』<ファイアヴァンパイア>、その特性について説明を試みるも。

「さっきの白い炎も……ボクが異能をつかったせいで、ボクのなかにでてきた……もうひとり、の……えと……」

別人格の"千代田"と、彼女の力である青白い炎については、
畝傍自身の口からはうまく説明できず、また言葉に詰まる。

薄野ツヅラ > 彼女の思案は、内心は。
今の"薄野廿楽"にはなにひとつ、これっぽっちも解らない。
それが意識して現れた炎なのかも、無意識下で起こっていることなのかも。
異能を持たない、ただのひとりの、16年しか生きていない少女には解らない。
人の気持ちを覗き見る異能も、誰かの記憶をなぞっていた異能も今や存在していない。
故に、ただ怯えるしかできなかった。

「別に弱ってない」

つっけんどんに、先刻まで浮かべていた愛想のいい笑顔は最早見る影もない。

「あの人のあとは継がないしあそこで終わった、から。
 あのまま続けちゃだめだと思ったから」

はあ、と深く息を吐く。
深く、重く、淀んだ溜息。

「あッは、カミサマねえ!
 ホントにいるんなら、なんで──……まァ、カミサマが公平な訳なんかないけども」

自嘲じみた独り言。
異能の説明を受ければ、ただ自嘲気味に笑うしかなかった。
カミサマの力を借りる異能。

異能を喪いカミサマに縋ろうとしていた自分とはずいぶん対照的な、それ。
卑屈に顔を歪めて、また笑う。
あッは、と。またいつも通りの笑いが教会に零れて落ちた。

否支中 活路 > 「……ああ、なるほど」

畝傍の説明には、むしろ向けられているツヅラと違って冷静に内容を理解する。
別に詰まるほど無理に続けなくてもいい、という風に頷いた。

ともあれ、この相手は随分と良い人間性を備えているようには見える。
それでも、
もう一人の少女にはそれを受け止める余裕はない、ようだった。

だから

「……ほーか」

ツヅラの言葉に“接ぐ”の違いを指摘せずに、ただそう吐くと踵で蹴るように扉へ足を向けた。

「それでも嬢ちゃんが何かあの女から受け取ったものがあるんやったら、気をつけることやな。
 あれは『門』を開いたんやから。
 そーいう繋がりは多分、嬢ちゃんがこんなところでうずくまってる余地をくれはせえへんよ」

そして横を通り過ぎる間に畝傍を一瞥する。

「ジブンもな。自覚しとるみたいやけど」

畝傍 > 否支中の頷きと共に、自らの異能についての説明は一時的に中断する。――しかし。
カミサマ、という部分に思うところがあるのか、卑屈で自嘲的な笑いを浮かべる廿楽の姿を見れば。

「……そう、だけど。ボクは――トモダチをたすけるために、かみさまのちからをつかった……けど。『炎』は……『生きている炎』は、ツヅラがおもってるようなかみさまじゃ、ないよ。ヒトのおねがいとかを、かなえてくれるような。そういうのじゃ、ないんだ」

自身の異能の源となる神性――『生きている炎』が、彼女の望むような神、
つまりはその力を以て願いを叶えたり、人を助ける類のモノではないことを。
どうにか理解してもらおうと、再び説明しだす。
例え、畝傍が話す事柄の全てには、廿楽の理解が及ばなかったとしても。
その部分だけは――畝傍自身が最もよく知っているからこそ、彼女にも。
おぼろげにでも、理解してもらわねばならないと、思っていた。

「『生きている炎』は、ただ――燃やすだけ、なんだよ。まわりにあるモノ、ぜんぶ。ヒトも、モノも――ほかの、かみさまだって」

畝傍の脳裏に否応なく浮かんでくるのは、転移荒野における決戦の記憶。
一番の親友を救うため、親友の心身を支配していた邪なる神の化身たる黒い童女を、
その力を以て跡形なく焼き尽くした――あの日。

「だから、ボクは……このチカラを、つかいたくないんだ。トモダチをかなしませたくないから。ボクの正気も、だれかのたいせつなヒトも、ぜんぶ燃やしちゃう、このチカラは」

これ以上自らの異能を行使すれば、ただでさえ破綻をきたしている畝傍の精神は容易に壊れてしまいかねない。
故に決戦を終えてからの畝傍は、この能力を再び自らの意思で行使することはしないと、心に決めていた。

自身を一瞥し、一言呟いた否支中に対しては。

「……うん」

そう、力なく頷きながら、答える。

薄野ツヅラ > 「シラナイ」

その説明に、活路の言葉に返したのはほんの一言だけ。
明確な拒絶。明確な嫌悪感。明確な悪意。
畝傍のどの言葉を聞いたところで、『彼女が何であれカミサマの力を使った』ことも。
『カミサマの力を行使できる』こともほんの1ミリも変わりやしない。

「お願いを叶えてくれなくても別にいいじゃない、だって──」

「異能はあるんでしょ」、と。明らかな拒絶。
これ以上は聞く意思がない、という嫌悪。
望んでいたのは願いを叶えたり、人を助ける類のモノでもない。
ただ無力な自分じゃなくなればなんでもよかった。
故に何が祀ってあるのかもしらない此処にいる。

「強いヒトにはこんな気持ちわかんないと思うわぁ、
 それに───……」

にっこりと笑って。なんでもない世間話をするように笑って。

「これ以上惨めな気分にさせないで貰えるかしらぁ、なんて」

絶対的な、悪意。

「なるほど、持ってる人は持ってないヤツの気持ちは微塵も理解できないってことねェ」

実に醜く顔を歪めて、今にも泣きそうな顔で───嗤った。

否支中 活路 > 続ける畝傍への拒絶と、こぼした言葉。
一瞬、半分振り返る。
公安はその性質上、『全く何もないもの』ではまともな人員たりえない。
要員であることそのものに意味があるわけではないのだから。風紀委員や生活委員や鉄道委員とは違う。
少なくともかつて会った時そうではなかっただろうし。

だから不安定の理由はそれだ。
歩く杖をなくしたが故に、惑っている。

その感覚、わかるかと言えばわからなかった。
己が生きていく中で失って崩れる何かを失くしたことはなかった。
立って歩くことに恐怖したことはなかった。

その感覚、わかるといえばわかった。
何もかも失くしてしまった。
それに、力は何であれ力だと思っている。

もう一度ツヅラを見た。
異能と少女は言ったが、異能などと分類される何かである必要は、多分ない。
ただ畝傍と名乗った少女の言葉もまた、確かにそうなのだろう。

「願いを叶えようが叶えまいが、後で何を引き換えにしようが、力は力や。そこは嬢ちゃんに賛成やな。
 やけど、まぁ拗ねてられるーいうことは、ええわ。まだしばらくは」

扉を出る。

「道が決まった頃にまた会うやろ。んじゃぁな」

畝傍 > 「ボクは……つよく、なんか」

感情のままに言いかけて、止まる。

「……ごめんなさい」

異能がない自分を嘲る彼女に、自らの異能のことを話し続けたのは、あまりにも無思慮であった。
廿楽が、異能がない――消失している――状況にあることを、畝傍は知り得ていない。
当然、彼女が公安委員であり、それ故に何らかの能力を必要とされていたらしきことも、
彼女の不安定さの原因がそこにあることも、畝傍には知りようがない。
しかし、彼女の事情を知らなかったことは、無思慮な物言いを繕う言い訳にはなり得ない。
廿楽の笑みからは、無理をしているのだということが容易に想像できる。
だが下手な事を言ってしまえば、また彼女を傷つけてしまうことになりかねない。
今の畝傍には、この場面でかけるべき言葉がすぐには浮かばず――俯いて、しばし押し黙り。
泣きそうになっている彼女の姿を見れば、畝傍の瞳にもまた、涙が浮かぶ。

「(ボクは……)」

――最低だ。彼女をこんな気持ちにさせたのは自分だ。
かつて自分に優しく手を差し伸べてくれた人を、
よりによって自分の言葉で泣かせてしまうなんて。そう考えていた。

「(力……)」

去ってゆく否支中を、視線だけで見送った後。
彼の言葉を心中で噛み締めながら、ただ呆然と、立ち尽くす。

薄野ツヅラ > 去る活路の背を追って。自分も立ち尽くす畝傍に背を向ける。

「カミサマなんていないのよ、持ってる人は持ってるだけ」

おもむろに杖に寄り掛かりながら立ち上がる。
随分と履き慣れたスニーカーで罅割れ、落ちたステンドグラスを踏みにじった。
さながら畝傍の気持ちを踏みにじるかのように。
ゆっくり、ゆっくりと歩いて入り口まで辿り着けば。

「───、あッは!」

哄笑が、朽ちた教会に響いた。

ご案内:「罅割れ硝子の十字塔」から薄野ツヅラさんが去りました。
ご案内:「罅割れ硝子の十字塔」から否支中 活路さんが去りました。
ご案内:「罅割れ硝子の十字塔」から畝傍さんが去りました。