2015/06/21 のログ
犬飼 命 > 嫌な音がした。
肉が斬れる音、骨が立たれる音。
――この傷は深い。

「――ッ!」

左肩から胸にかけて斬り裂かれた傷から赤い血が流れ出る。
膝をつきそのまま地面へと倒れる。
赤い血が広がる。

死――
この出血量は死を招く。
痛みは麻痺している、しかし出血により意識は朦朧だ。

脳裏に兄の言葉が浮かんでいた。

東郷月新 > 「――ガッ!?」

くらりとする身体を支え、距離を取る。
――殺った、と思った瞬間、これが一番恐ろしい。
それは、相手がなりふり構わなくなる合図であり、己が一番油断する瞬間であるからだ。
仕留める時こそ、慎重に。
それが東郷の戦い方である。

一度距離を取り、観察する。
まだくらくらする。あの頭突きはきいた――

「――惜しかったですなぁ」

犬飼 命 > 東郷の声は聞こえていない。
今の犬飼は死にゆく身体、走馬灯を見ているのだ。

以前、兄が言っていた。
『――その異能は空間をつなげるものじゃないと思うんだ』
そんなことを言って色々な本を渡してきた。
『門を開けることことがその異能なんじゃないかって』
そう言われてもどこの門を開ければいいのかわからなかった。
『お前はもっと世界を知る必要があるんだ』
世界なら授業で習っている。
『そうではなくこの世界ではない――異界のことを』
そういえば兄が得意としていたのは――

「Eloim, Essaim,frugativi et appellavi......」

立てないはずの身体で立ち上がる。

東郷月新 > 「――!?」

傷は確かに致命傷、もう立てる筈が無い。
あぁ、だが、これは――
この感覚は!?

「門を――開く気か!?」

東郷は焦る。
門を開く事の危険性は誰よりも知っている。
何故なら――彼は、ロストサインのマスターだからだ。

薄野ツヅラ > (ンー、そろそろ終幕かしらァ)

ぼんやりと眺めていた戦場も何時の間にやら優劣がはっきりしてきたらしい。
ぼたり、ぼたりと血に染まる通りと少年。
随分と深手を負ってしまったらしい。

(………あッれ、まだ立てるのねェ)

暫し傍観に徹して声を掛けようとした矢先の事。
ゆらりと───まるで幽鬼の如く、赤黒い血を湛えながら青年が立ち上がった。
其れに追従して焦燥する男。なんのことやらと携帯端末越しに見遣る。
屹度、想像以上のことに巻き込まれているのだろう。
クツクツと、楽しげに笑みを溢した。

犬飼 命 > すでに『門』は開かれている。
立ち上がる犬飼の背後に開かれた『門』。
それは非常に小さいものであるがたったそれだけでも、それだけで十分であった。

「――我は求めたり。

     その力を貸し与え給え

       第24の霊ナベリウス」

勇猛な公爵であるそれは地獄の番犬とも呼ばれる。
そのほんの僅かな力の一部が犬飼を覆っていく。
傷が黒いもので覆われていく。

失われていた凶犬の威厳がそこにあった。

東郷月新 > その姿を見て――東郷は、安堵した。
ソロモンの公爵。恐るべき相手だが、まだ『知覚できる』相手だ。
――ロストサインの門の奥に座する、あの『白痴のお

「ガァッ――!?」

思い出すな。
あれを見るな。
意識するな、狂わされる――!

そして、何とか立ち上がった東郷の瞳は――
まさに二年前の『ヒトキリ』のものへとなっていた。

「――お相手願いましょうかぁ、公爵閣下?」

犬飼 命 > 『――ここは地獄の入口が故、
     容易く落ちぬようにな』

まるで唸り声のように響いてくる。
黒く染まった拳を打ち鳴らす。
金属音のような異質な物質がぶつかり合うような。

犬飼の姿が消える。
『門』による瞬間移動ではない。
純粋な移動、ただそれだけで視界から消えた。
その姿は見えているだろうか?
東郷の左側にその姿はあった。

牙だ。
形容するにはそれがふさわしい。
正確には拳であったが同時に3つの牙が東郷に襲いかかっていた。

東郷月新 > 東郷の瞳が、不気味な緑の光を放つ。
同時に、左――牙のような一撃をまともに受ける。
だが、既に痛みを感じていないのか――

「――かかっ!」

奇妙な笑い声のような音を口から発すると。
まるで棒を振り回すかのような動きで、犬飼を打ち払おうとする。
最早その目は正気では、ない。

薄野ツヅラ > (───魔術にせよ其れに類似するモノ?)

少なくとも───ボクみたいな一般市民は普通じゃ見れないわねェ、と。
楽しげに呟きながら目の前で巻き起こる事実を目に、映像として端末に焼き付ける。
証拠として、第三者として。
ロストサインにも風紀にも肩入れしない彼女だからこそ、
この事実を収めておこうと。

(下手したら巻き込まれて死んじゃうし適度なところで引き上げないと)

衝突する2人の人間───人間ではないのかもしれないが。
其れを、見逃すものかと記録する。

犬飼 命 > 響く金属音。
犬飼は拳で受け止めていた。
まるで鉄を叩いたかのようにその感触は東郷にも伝わっている。

『――ハハッ!』

嗤う。
それでは遊ぼうか、そんな言葉が漏れた気がした。
拳と刀の打ち合い。
拳を刀で弾き、刀を拳で弾く。
連打、連打、連打、連打、連打。

ツヅラはその光景を目の当たりにしているがその動きが全く理解できないであろう。
その動きの早さは人には捉えられないものであった。

嗤う、嗤う、嗤う。
その連打がさらに加速する。

東郷月新 > 刀と拳の打ち合い。
通常ならば拳が裂けるところであろうが、まるで刀同士で斬りあっているかのように金属音が鳴り響く。

叩きつけ、振り回し、斬り上げ。
あらゆる体勢で打ち合いながら、東郷も犬飼も笑っていた。

加速しながら打ち合いが続く。
もはや動きは目で捕らえられず、ただ火花が散っているようにしか見えないだろう。

瞳の緑は、更に色濃くなっていく。

犬飼 命 > 『――もっと、もっとだ』

打ち合いはさらに複雑になっていく。
東郷の周囲に複数の『門』が開く。
犬飼が使用していた空間を繋げる使い方だ。
あらゆる方向から多次元的に牙が襲い掛かる。

『――楽しいなぁ』

唸り声に歓喜が交じる。
しかしだ、まだ遊び足りないというのに。
これからだというのに。

――時間切れ。

『契約門』が徐々に小さくなっていく。
簡易的に結ばれたのだ、制限はあまりにも大きかった。
それを悟るように残念そうな顔を東郷に向ける。

『いずれまた楽しもうぞ――』

閉じられればそこにはただの犬飼が、傷跡は残るがふさがっている。
気絶したかのように倒れこんだ。

東郷月新 > ――門が閉じると同時に。
東郷の目から、緑色の光が消える。

「――あ」

間抜けな声を上げて周りを見てみれば。
倒れた少年と、血だらけの己の身体。

あぁ、だがそんな事はどうでもいい。
何よりも問題なのは。

「今の、は」

彼の意識の中に、意思があった。
あの『白痴の王』の意思。
それが意味する事は、ただ一つ

「――『門』は、壊れて、いない?」

呆然として呟いた

犬飼 命 > 「……あ?」

意識が戻る、しかし体が動かない。
俺は何をしていたんだという顔。
制御が全く出来ていなかった。

「てめぇ……いったい……」

呆けた東郷を地面から睨み上げる。
だが、その睨みに東郷は反応していない全く別のことに意識を持って行かれている。
なんだというのだ。

東郷月新 > 「――――!」

それが事実だとするのならば、こんな事をしている暇は無い。
確かめなくては。何としても。
まさか、本当に――『ロストサインの門』は、壊れていないのか?

「そんな事が――!」

東郷は走る。
あては――あの男!
『ゲートクラッシャー』!

最早東郷は犬飼を見ていなかった。
そのまま彼は、落第街の闇へと走り去った。

薄野ツヅラ > 「あッは────」

先刻の騒ぎから幾らか静かになった通りに特徴的な笑いを響かせる。
倒れ、地に伏した少年と呆然と立ち尽くす男の姿。
薄野廿楽は何があったかなど知り得ない。
しかし、知り得なかったからこそ──

「さァて、この辺で幕引きかしらねェ?」

不敵に、不遜に嗤うことができた。
戦闘中ですら冷静だった男も今も冷静さに欠け、少年は倒れ伏している。
今なら屹度自分が怪我をすることはないだろう。
寧ろ───隙さえ見せれば2人とも自分が撃ち抜けてしまうような、そんな状況で。
───かつり、かつりと前腕部支持型の金属製の杖を鳴らす。
先刻よりずっと近くに歩み寄る。

「お疲れ様でした、とでも云うべきかしらァ?」

にやり、口元を歪めて少年の顔を覗き込む。

ご案内:「違反部活群/違反組織群」から東郷月新さんが去りました。
犬飼 命 > 「くそっ、待ちやがれ!」

声は届かない、東郷の姿はすでに消えていた。

「ハッ、のうのうと観戦者気取りかよ」

立ち回りの運の良い奴めと悪態をつきながら半身を起こす。
頭が痛む、やはり契約の後遺症だろう。
頭を抱える。

「あいつ……なんで去った?」

戦いの記憶が後半うろ覚えだ、だから何故東郷が駆け出したのか知り得ない。
観戦者のツヅラに問う。

薄野ツヅラ > 「此れが生憎趣味なものでねェ───
 運が良くなければボクはもう既にこの島で少なくとも4回は死んでるわぁ」

肩を竦めてからからと笑う。
楽しそうに録画した映像を再生しながら、口の中の飴を弄ぶ。
未だ大して溶けていないあたり、そう大した時間は経っていないようだった。
少年に、ひとつそう問われれば当然のように。

「そんなの知ったこっちゃない訳だけどぉ──……
 
 ───見せてあげるわぁ、ボクには理解できないけれど。
 屹度アンタなら理解できるんじゃあないのかしらぁ?」

ぐい、と手元の携帯端末を突き出す。
丁度少年が地に伏した瞬間からの、少年から"何か"に変貌した瞬間以降の記録を。

犬飼 命 > 映像をひと通り眺める。
自分の変貌した姿を見るのはなんとも言えない気分になる。
打ち合いの部分に関してはもはや映像として成り立っていない。
機械で捉えられていない。
それはそうと……。

「もう一度だ、そうこの辺りからもう一度。
 それと最後のほうだ」

犬飼が変貌したその瞬間、東郷はたしかに口にした。
そして走り去る間際……。

「白痴の……門が壊れていない……?
 あいつの知らない何かがあったということか?」

ぶつぶつと呟く。
残されていた事件の記録、ロストサインは開放固定されていた門を破壊されたことがきっかけで崩壊したと。
だがいずれにしろ東郷は『門』に反応していたことは確かだ。
頭をガリガリと掻く。
これだけで何かを判断するには足りなさ過ぎる。

「あぁ、ありがとな。 もういいぞ」

凝視していた携帯端末をツヅラに返した。

薄野ツヅラ > 「で、こっちからは今の情報の開示をした訳だけどぉ──…」

ニイ、と口元を吊り上げる。
口の中で弄んでいた飴を一思いに奥歯でガリ、と噛み砕く。
深呼吸をするように、すうと息を吸い込む。
吸った息を言葉にして吐き出す。

「生憎ロストサインやら門やらは存じ上げなくてねェ……
 等価交換よぉ、門とロストサインについて知ってる限り教えて貰えないかしらぁ?」

至極楽しげに笑いながら、右腕の杖にズイと体重を掛けた。

犬飼 命 > 「チッ……そういうことかよ」

こちらに必要な情報を与えておいて後から取引を持ちかける。
世渡り上手な女だ。
そういえば最近にもこうして取引した記憶がある。
嫌な記憶だ、プライド的に。

「ハァ、いいだろう。
 どうせ俺の知っていることなんて大したもんじゃねぇからな」

薄野ツヅラに対して犬飼が知り得るロストサインの情報を差し出した。
ロストサイン事件の概要。
ロストサインの崩壊。
元ロストサインのマスターが東郷含めて常世島に複数健在であること。
門が破壊されたことでロストサインという組織が崩壊したということ。

それらは公安の開示する情報に色を付けたぐらいのものであった。

薄野ツヅラ > 「あっは───…
 そうでもしないと落第街で口八丁手八丁なだけで生きていけないわァ」

にこり、余裕綽綽な笑みを浮かべる。
廿楽にとっては手慣れたもので、戦闘中の彼の厭に真っ直ぐな様子から
「こいつは持ち掛ければ断れない性質の人間だ」と判断するのは容易いことだった。

───珍しく情報に精通しているように振舞う廿楽にしては珍しく、
ロストサインに関しては全くのノーマークだった。
其れ故に、情報としては非常に有益で──寧ろ自分にとっては圧倒的に有利な取引だった。
概要を聞けば、一字一句忘れないように頭の中に叩き込む。
ふう、と息を吐いてまたにっこりと笑顔を向ける。

「取引アリガト、助かったわぁ───…☆
 で、そんなにボロボロな訳だけどぉ、風紀委員でも呼びましょうかぁ?」

犬飼 命 > 「ハッ……
 べつにっ……他のやつの手なんていらねぇよ」

立ち上がるが脚が震えている。
尽きた体力で無理矢理立ち上がっている。
一種のやせ我慢というものだ。
男というのは皆そういう奴なのだ。

「てめぇもだ。
 てめぇもさっさとここから出て行くことだ。
 言っただろ、一般生徒がこんな所に居られたら風紀委員として困るってな」

出口の方向を指差す。

「てめぇが出て行くまで俺は目を離さねぇからな。
 ただ……ここを出て行った後は俺の管轄外だ。
 どこに行こうが俺の知るところじゃねぇ」

薄野ツヅラ > 「そ、こうならないように次からは厭でも集団行動をすることねェ」

噛み砕いた飴の棒を口の中で弄びつつ、目を細めて笑う。
風紀の中でも名前が挙がっている、と云われたのを思い出してクスクスとまた笑い声を溢す。
任意同行を求めてきた風紀委員も居たものの、目の前の風紀委員は其れをしない。
屹度身体も限界なんでしょう、とぼんやり思案しながらかつり、杖を鳴らして一歩を踏み出す。

「そうねェ、一般生徒らしく大人しく退散するわぁ
 ───話の分かる風紀委員さんで助かったんだゾ──…☆」

ひょい、と左手を適当に振る。
かつり、かつりと重心を右に傾けながら指差された方へと。
乾いた杖の音を響かせながら、ゆらり、管轄外へと去っていく。

ご案内:「違反部活群/違反組織群」から薄野ツヅラさんが去りました。
犬飼 命 > 「群れるなんて趣味じゃねぇよ……」

壁に背を預けて空を見上げる。
相変わらずよくわからない排気煙でよく見えない。
ツヅラの姿が見えなくなるとため息をつく。

「……どっかで痛い目見ろってんなもんだ」

視界が揺れる。
これはもうだめだなと、背中を預けたまま崩れ落ちる。
最悪はこのままで夜を過ごすかもしれないと考えながら……。
意識が闇に包まれた。

ご案内:「違反部活群/違反組織群」から犬飼 命さんが去りました。
ご案内:「とある違反部活の跡」に天津芳野さんが現れました。
天津芳野 > 【違法な薬物を主に扱っていた、とある違反部活。
数日前まではやくざ者やチンピラのたむろしていた其処は、今現在廃墟と化していた。】

【数日前も、お世辞にも小綺麗などとは呼べない建物だった。
しかし今では、穴だらけの、今にも崩れて来ないのが不思議なレベルにまで破壊されていた。】

【もはや廃墟と化した違反部活の一つ。
その中を、一人の少女が歩いている】

天津芳野 > 「……収穫なしか」

【ミニスカートの上に白衣を羽織った、黒い宝石の首飾りが目立つ少女。
顔には痙攣したような笑みが張り付いている】

【内部から『なにか大きな力』で破壊されたような惨状の違反部活のアジトには、破壊が撒き散らされた際に吹き飛ばされたらしい金庫がぽつぽつと転がっている。
少女は、その転がっている金庫の扉を魔術で破壊して、その中を調べているらしい】

天津芳野 > 「……主に薬物を扱っている、というのですから、
『異能を覚醒させる薬物』くらいは扱っていると思ったのですが……」

【幾つか目の金庫の中身を漁って。
しかし収穫が無かったらしい少女は、軽く溜め息を吐いた】

天津芳野 > 「……ふむ。
しらみ潰しに当たるよりも、個人から攻めた方が上手くいきますかね……」

【崩れかけた壁を避けて、倒れた柱に腰を下ろす。】

「……それにしても」

【白衣のポケットから、メモ用紙を取り出す。
情報屋から買った情報のメモである。】

天津芳野 > 「……あまりにも事件が多すぎますね」

【メモを捲りながら、考える。
島内では、堰を切ったかのように事件が頻発している。
毎日毎日路地裏や落第街では刃傷沙汰が繰り返され、
ロストサインの残党達までもが活動を確認されている有り様だ】

「……私個人としては、隠れ蓑になって有り難いのですがね……」

【そのまま、ぼんやりと考え込んでいる。】

天津芳野 > 「……ま、こんなところで考えてても仕方ないですかね……」

【立ち上がる。
出口――と言っても、壁に大穴が空けられた、強引に作られたような出口だが――へと、足を進める】

ご案内:「とある違反部活の跡」から天津芳野さんが去りました。
ご案内:「移動性闇商店「店長のおみせ☆ミ」」に店長さんが現れました。
店長 > 朝である。場所は違反部活、組織群。堂々と構える、如何わしい店。その様相は、きっと外から見ればこの落第街には似つかわしくないに違いない。
店長「さぁ、朝の御挨拶。おはようございます!」
店員達「おはようございまーす。」
間延びした挨拶を行き交わせれば、各々持ち場について行く。
そして、自分はと言えば、何と、自ら商品の説明を買って出る。
曰くつきの呪われた武具も、如何わしい目的で買われるだろう奴隷も、
どれをとっても、店長の自身のある商品だ。
一体、今日来る客は何に興味を示すだろうか、また、どれだけ儲かるだろうか?
考えるだけでワクワクする。…これが、泡沫に消えなければいいのだが。
少なくとも、準備は万端だ。
店長「さぁ、お客様!私はいつでも準備万端ですよ。さぁ、いらしてください!さぁ!」
――――――――――――
店員A「なぁ、前から思ってたんだけどさ、あの店長頭がおかしいんじゃねぇの?」
店員B「言うな、やめとけ。クビになるぞ。」

店長 > 一通り、叫んだあと店員に含みのある笑顔を向けて。
店長「…ふむ。来ないですね。」
当たり前である。いらして下さいと叫んで客が来るなら商売に苦労はしない。
店長「やはり、あれを使うべきでしょうか。」
ううむ、と真っ黒なローブに身を包むその顎元に、手を宛がいながら思案する。
やっぱり、こちらは商売なのだし、いくら商品を並べたところで売れなければ意味がないのだ。
多少強引であっても、是非ともお客様には来て貰わねばならない。
それが、商売。
「"闇商人の神隠し"―――!」
転移魔方陣を、ばら撒いてみようか。
多分、気休め程度にしかならないけれど、やらないよりやった方が良い。
「ふむ、それでは、まだ何者も来ていないうちですが目玉商品の紹介でもしましょうか。」
「ああいや、それとも…。」
一人、一階の入口付近にて悩む店長。
――――――――
店員A「うわ、出た店長の必殺技。」
店員B「やられる側としてはたまったもんじゃないだろうけどな。」
店員C「言うな、やめとけ。クビになるぞ。」

店長 > そのまま時間だけが、過ぎて行く。
店長「はずれですかね?」
ここに折角、移動してきたのだが、落第街の生徒は訝しんでいるのか、一瞥した後立ち去るばかり。
店長「魔方陣にも反応なし、と。これはこまりましたねぇ。」
物理的な強行手段に打って出るわけにもいかず、腕組みしてまた悩む。
店長「ポイントを変えるべきでしょうか?来ないところに店をずっと構えていてもきっと誰も来ないでしょう。」
店長「ね、貴方もそう思いますよね?」
唐突に駄弁っている店員に振ってみる。
店員A「え、俺っすか?はいまぁ…そうなんじゃないですか?」
店長「でしょう?…ですから、もうしばらくしたらここから移動しますよ。ちょっと準備してきてください。」
数人程、移動用の魔力炉へと歩き出した。
店長「さて、この分だと望みは薄いですが…。今しばらく、ご来店をお待ちしましょうか。」
店長「折角、かの美術品の偽物、ピカンの作品を仕入れたというのに。」
奇抜としか言えないデザインの絵を眺め上げる。
こんなもの何の価値があるか分からないが、
芸術家気取りの二級学生の財布を絞り上げるくらいの値段はふっかけられるだろう。
――――――――
店員A「だるい」
店員B「知るか、真面目にやれ。」
店員C「だるい」
店員B「お前ら…。」

店長 > 遂に、夜になった。
店長「―――はぁ。」
折角、意気込んでいた物事が裏切られる。
流石に外装が怪しすぎたのだろうか。誰も寄り付きやしない。
人件費だってただではないのだ。
次に生かすべき反省は、何だろうか?
ばら撒いた魔方陣を集めながら、ふと考える。
答えは出ない。
店長「移動しますよ。」
魔力炉の店員に無線通信して連絡を取る。
店長「次は、そうですね…もう少し、暴力沙汰の多い所で待ち構えましょうか。」
店長「それで、療養品の他に、如何わしいお薬も売りつけるとか、そんな勢いで行きましょう。」
真っ白な怪しい店舗は、明日の希望に満ちた店長を運びながら、何処かへと飛び去って行くのだった。

ご案内:「移動性闇商店「店長のおみせ☆ミ」」から店長さんが去りました。
ご案内:「違反商店街」に薄野ツヅラさんが現れました。
薄野ツヅラ > ───かつり、と乾いた音が鳴る。
前腕部支持型の金属製の杖に赤いジャージにヘッドフォン。
いい加減見慣れた其れは、ゆらり、今日も落第街を歩く。

のんびりと慣れた様子で入っていくのは所謂非合法の武器商店。
『雑貨屋』とも呼ばれる数件ある行きつけの中の一件の店内に、
ゆったりと足を踏み入れていく。

「ンッンー、まだ潰される前でよかったわぁ」

薄野ツヅラ > 昨日目にしたロストサインの"殺刃鬼"。
録画した映像の検証を重ねるも、特に異能らしい異能も、
魔術らしい魔術を使用している様を見受けられなかった。
───故に、彼女は自分が有利を取れる武器を求める。

現状、幾ら強い異能でも虞淵と呼ばれる化物のような其れ───
否、化物なのかもしれないが───には通じなかったと風の噂で耳にした。
元来戦闘向きの異能じゃない彼女だからこそ、異能に驕らず対処する。
最近は辻斬りも頻発していると聞く。

「ショットシェルの予備ともう一丁くらいは握っておきたいわよねェ……」

あるかしら、とふんわり微笑む。
手元には白銀に煌めく異常にシリンダーの長い拳銃。
異能を、超常を殺すための日常的な其れ。

薄野ツヅラ > 極めて短絡的な思考。
刀を相手取らないといけなくなるのならば間合いの外から撃ち抜けばいい。
通常の銃弾程度なら斬り捨てられる、と云うのならば保険を兼ねて散弾を。
手元の銃は、拳銃ながらも散弾の発射出来る逸品。
相応に値は張ったが、其れに応じる働きはしてくれた。
屈強な異能持ちの大男にも零距離で散弾を撒き散らし、大怪我は負ったもののなんとか撒いた。

「ンー……麻酔弾とか便利なものはないのかしらァ」

店頭の男にのんびりと語り掛ける。
慣れた様子で左手で店内の様々な銃に手を伸ばす。

薄野ツヅラ > 殺す必要はない。
殺さねばならない状況なら其れは仕方がないが此処は天下の落第街。
小柄な体躯の彼女が普通に争って勝てる可能性の方が少ない。
───皆無、と云っても間違いないだろう。
明らかに自分自身は狩られる側。
其れを理解しているからこそ、幾つもの最悪の可能性を考慮する。
"弱い自分"を肯定する。

「あ、あるのねェ……ホント潰されないように気を付けるんだゾ──…☆」

店の奥から出された特殊な銃弾を前に目を輝かせる。
店主が横に置くのは所謂軍用スモークグレネード。
小型化が施された逸品。

薄野ツヅラ > 自分が死ななければ其れでいい。
たとえ大怪我を負っても、生きていれば其れで構わない。
自分が逃げる道筋を作り上げる為に、彼女は幾らでも頭を回す。
落第街で重要なのは、「金」と「力」と「権力」と────

「ハイハイ、言い値で買うわぁ───ってなに其の金額………
 公安風紀にチクるわよぉ……?」

「アタマ」だ。
其れが薄野廿楽の思想の根本に根付いている。
力がないやつが、金が、権力が。
何も持っていない奴が持っている奴を嘲笑うには、アタマが必要だ。
故に、自分が有利に動く為なら彼女は努力も惜しまない。

薄野ツヅラ > 分厚い封筒を店主にぐいと押し付ける。
手短にポシェットの中にショットシェルとスモークグレネードを押し込む。

「アリガト、いい買い物ができたわぁ──……☆」

ウインクをひとつ浮かべながら、かつり杖を鳴らして店外へ。
屹度何れ此処も焼かれてしまうのか、とぼんやり思案しながらかつり、一歩踏み出す。
今日も落第街では、賑やかで愉快な非日常が転がっている。

ご案内:「違反商店街」から薄野ツヅラさんが去りました。
ご案内:「蓬山城」に橿原眞人さんが現れました。
橿原眞人 > 落第街の一角を、伊達眼鏡をかけた青年が歩いていた。
時折迷い込んでくるような哀れな学生達とは様子が違い、慣れた様子で雑多で猥雑な落第街の路地を往く。
ここは蓬山城と呼ばれる区域だ。といっても公式な名称ではない。誰かがそのように呼んで、そうなってきただけのことであった。
かつて中国にあったと言われる九龍城めいた場所。いくつもの建物の箱が積み上げられたかのような奇怪な城だ。
それを左右に見ながら眼鏡の青年、橿原眞人は歩く。

橿原眞人 > 先日、常世島の電脳世界に存在する電脳大図書館にて、奇怪な電子の怪物と遭遇した眞人。
気づいたときにはその化物は消えており、謎は残っていたものの、自分の求めていた情報は手に入れることができた。
まだ詳しい内容は見れていない。というより、見れなくなってしまった。
眞人が使用していたサイバーデッキが壊れたのだ。
大電脳図書館から脱出する際に《氷》※から受けたダメージが残っており、使用不可に追い込まれた。
かろうじて自分に繋がる情報は消したものの、サイバーデッキそのものは使い物にならなくなってしまった。
情報自体は別の端末に移していたため問題はないものの、その情報は電脳世界でなければ閲覧できないような仕掛けになっていた。
そのため、眞人は落第街に来ていた。新しい機器を手に入れるためだ。
《銀の鍵》として情報屋と会うこともあるので、ここは慣れていないわけではない。

※Intrusion Countermeasure Electronics 通称《氷》(アイス)。侵入対抗電子機器の略称。ここでは攻撃性のあるセキュリティシステムである。

橿原眞人 > 「……また店を変えねえとな」
目指しているのはこの区域に幾つかある電子関係の店だ。
無論、合法的な店ではない。普通では手に入らないようなプログラムなども手に入る。
プログラム自体は眞人は自分で組むことができるので問題はないが、機器そのものはどうしようもない。
多少改造などは出来ても、サイバーデッキそのものを自作するには手間も時間もかかる。
眞人にそのような手間をかけている時間はなかった。
故にこうしてわざわざ落第街まで足を運んできていた。今回はプログラムや情報を求めてきたわけではない。
サイバーデッキそのものだ。とはいえ、いくら落第街とはいえ、足はつく可能性がある。
以前通っていた店をまた使うのは少々危険だ。

橿原眞人 > 蓬山城の迷路のような路地を曲がる。確かこのあたりだと眞人は聳え立つ魔城を見上げる。
落第街の居住者が住む箱に紛れて、違反部活群が立ち並んでいる。奇怪で毒々しいネオンも輝いていた。
汚らしい路地の間に、このような世界が広がっている。この常世学園の闇の一つだ。
そのようなものを利用しなければならないとなれば、眞人も苦々しい顔になる。
だが、どの道眞人もハッカーである。同じと言えば同じなのかもしれない。
「さて……「瀛州山」だったかな……」
眞人はそう呟いて、建物の一つの中に入っていく。目つきの悪い者たちが眞人を見るも、眞人は気にせずに歩いていく。
ここで下手に反応したりするほうが危険だ。ここでも商売は行われている。無用な揉め事はここの住人でも避けたいはずだ。

カツン、カツンと無機質な靴の音を響かせながら、階段を上っていく。
エレベーターは破壊されて久しいらしく、とても使い物にならない様子であった。
建物の中には、看板を出しているような店もあれば、そうでないようなものもある。
初めて来た人間向けの場所では当然ないのだ

ご案内:「蓬山城」に三千歳 泪さんが現れました。
三千歳 泪 > 九龍城砦もかくやとばかりに入り組んだ隘路にトンテンカントン槌音が響く。この謎マシーンが最後のひとつ。
私の隣に積み上がっているのはついさっきまで壊れ物の山だった品々だ。
軍用の義眼を両目にはめた店主のおじさんがうっとりした様な顔をして溜息をついていた。

「――直ったよ!! これでおしまい? OK! ではでは、全部まとめてキャッシュで…え、ちょっと多いんじゃない!?」
「そりゃまあ、これが全部売れたらがっぽり丸儲けなんだろうけどさ。いいの? そう。ありがと! よっ大統領!!」
「えへへへ。万が一動かないものがあったら、また見にくるから連絡もらえる? じゃあ私はこれで。まいどー!」

帰り道はなんど通っても覚えられない。適当に歩いていると見知った顔とばったり出くわした。

「あれ。君はもしかしてサイバーメガネくん!! ひっさびさだねー」

橿原眞人 > 初めて行く店であるとはいえ、既に話は通してある。
こういう店は、いきなり行ったところで何かできるようなものではない。
瀛州という、かつて神仙が住むと信じられた仙郷の名を持つ店。
そこが今回の眞人の目的の場所だった。
「ここだ」
幾つかの階層を上った後、長い廊下を歩いて眞人は一つの扉にたどり着いた。
分厚い鉄の扉だ。表札も何もかかっていない。ドアノブの上にはタッチパネルがあった。
これを入力せよとのことだ。眞人は、事前に話を通していたままにその番号を入力――しなかった。
不意に声をかけられたからだ。
「は……?」

何やら近くでこの場所に似合わない賑やかな声がしていたとは思っていたが、その声が自分に向けられるとは想像もしていなかった。
振り向けば、そこには巨大なレンチを背中に提げた少女がいた。
「おま……なんでこんなところにいるんだよ、三千歳。ああ、仕事か……?」
サイバーメガネという呼び名に首を横に振りつつ彼女と相対する。

三千歳 泪 > 「ご明察! ここはレトロで怪しいレアモノのジャンクが流れ着く場所。《直し屋》さんにとっては格好の仕事場なのだよ」
「そういう君はお買い物かい? なに探してるのさ! 私がみてあげよっか。役に立つかもしれないよ」

サイバーメガネくんの腕をとって重厚な鉄の扉を見上げる。

「4と6と0と…あと3かな。パターンは4の階乗だから24通り。でもここをよく見て。4から真横に流れるあとがある」
「3と0は指紋のあとが読みづらいね! でも3から0に流れる痕跡がない。じゃあ逆か、0か3のどちらかが先頭にくる…」

橿原眞人 > 「……そりゃあ確かにそうだが。そうなるとかなりの腕なんだろうな、三千歳。
 こんな場所で生き残ってるんだからな。
 ああ、まあ……そんなところだよ。色々あってサイバーデッキが壊れて、新しいのを……
 どの道古かったから新しいのをって思ってさ」

考えてみれば、目の前の少女は《直し屋》だった。彼女に頼んでも良かったかもしれない。
どの道、彼女には自分がハッキングをしているところを目の前で見られている。ハッカーだと知られている。

「お……?」
不意に腕を取られる。どうやら。彼女はタッチパネルの指紋の跡を見て、番号を読み取ろうとしていたのだ。
「マジかよ……そんなことがわかるのか? 探偵かよ」
彼女の言っている番号は当たっていた。こんな少女がいればロックなど何の意味もないだろう。
《銀の鍵》の異能を使えばこのロックなどすぐに外れるが、異能の反応をこのようなところで出したくはなかった。
だが、泪はそんなことをせずともロックを外せてしまいそうだった。

三千歳 泪 > 「んっと。サイバーデッキってなに? VHSとかベータのこと? それなら知ってるよ! ベータ信者のマニアがいるんだ」
「ベータなんか負け規格だって言うと死人が出るから軽口は厳禁ね! 具合が悪いから見てくれってたまに依頼がくるんだよ」

サイバーメガネくんは様子を見てるみたい。まかしてくれる流れかなこれは。
パネルの数字をたたいて候補を順に打ち込んでみる。3番目でパネルが青い光に変わった。

「ビンゴ!! Elementary, my dear Watson!」
「これまでの推理から導き出される結論は、「0346」「0463」「4603」「3460」のどれかってことになるよね」
「2回まで間違えられると仮定すれば、私は75%の確率で突破できるってわけ。あとの25%は運まかせだ! どうよ?」

橿原眞人 > 「そりゃビデオデッキだろうが。いつの時代の話だよベータとか。
 あれだ、電脳世界に没入(ジャック・イン)するための……」

そう説明しながら、眞人は三千歳に任せることにした。そのまま様子を見る。
彼女の推理について興味があったからだ。
そして、彼女がパネルに数字を打ち込んでいく。
三番目でパネルの色が変わった。

「こんなところにホームズがいたとはな」
感心したように「初歩的なことってか」と呟く。
「……ああ、三千歳はすごいな。その通りだ。こうも突破されるとこの店のセキュリティは見直しになるだろうな」
圧縮された空気が吐き出される音を眞人は聞いた。
パネルは青になっている。鍵が開いたのだ。
眞人はドアノブに手をかけた。問題なく扉は開いていく。

「……あまり人には見られたくなかったんだけどな。
 俺はこの店に用がある。買い物だ。
 なら、さっき言ってたように、見てくれるか?」
店主がどういうかわからないが、彼女はこの街でも名は通っているようだ。
監視カメラも扉の前にあるはずだ。何も言われないということは、別に問題はないのだろう。

三千歳 泪 > 「そう思うでしょ? いるところにはいるんだよね。そういうの好きな人がさ」
「普通の世の中じゃ生きられないからこういう場所に住み着いて、毎日それなりに楽しくやってる」
「ここはそういう人だらけ。おたがいお節介は焼かないこと! 相互不干渉が大事なルールになってる」

「それは聞いたことあるよ。機械の中調べるやつだね!! サルベージの仕事、君と組めばけっこう儲かるかも?」

記録媒体の墓場。ジャンクの中のジャンクが流れ着く場所だから、いわくつきのデータが入ってるものも少なくない。
専門に売買してる人もいるくらいだから、実際いい商売なのだと思う。
でもサイバーメガネくんはクラッキングの腕前を知られなくないみたい。なにか事情があるのかもね。
彼に続いて、お店の中へと。

「おっけー! まかしておきたまえワトソンくん!!」

橿原眞人 > 「なるほど……単にアブねえ場所だけってわけでもないんだな。
 こういう場所でも秩序が生まれるってことだな。
 ……サルベージ、か。まあ、俺がやろうとしてるのもそう言う感じだ。
 商売にする気は別にないけどな」

サルベージ。《電子魔術師》――テクノマンサーを探すために眞人はこの島にやってきた。
電子の海に消えた師匠を探すためにである。
たしかに、彼女の《直し屋》としての技能が加われば、お互いにやりやすくはなるだろう。
だが、眞人はハッカーだ。そう容易に人と組むことはない。
そして、眞人のやろうとしていることはかなり危険なことであるために。

「それじゃあお願いするぜ、ホームズ先生」

扉の向こう側は不気味に光り輝いていた。
部屋の中にはいくつものパネルが置かれており、その中を蛍光色の文字列が泳いでいた。
違法な電子機器を扱う店の一つ。落第街で舞う情報がパネルの中を駆け巡る。
部屋の中は暗いものの、緑やオレンジに発行する文字列のおかげで、奇妙な明るさが保たれていた。

「……どうも。昨日言ってた《ランドルフ》ですけど。
 ……これ、大丈夫ですかね?」

ランドルフというのは偽名だ。こんな場所で本物の名前やアカウントを使う奴はまずいない。
店主もそれを心得ているはずだ。
眞人は三千歳を指さして、身体のほとんどを義肢に変えている店主にいった。
店主は二人を一瞥し、視線を自分が見ていた端末に戻した。
問題はないようである。

「……大丈夫だそうだぜ三千歳。ああ、あれだ。俺がこういう所に来てるってのは秘密な。
 さて……サイバーデッキを探さねえとな」
眞人は店の中を歩きはじめ、陳列された機器を眺めていく。
サイバーデッキももちろん置かれている。
自らの脊髄を改造して直接プラグを差し込むものもあれば、ヘッドギアのようなものもある。

三千歳 泪 > 「これまでの話をまとめると、君は探しものをするための道具を探しにきたって感じかな」
「それは大事な秘密だから、人に話すわけにはいかない。いいよ。わかった。特に聞かれることもないと思うけど!」
「秘密の仕事なら足がつきづらいものがいい。だから君は状態のいい中古品かジャンクを探しにきた」
「見つかるかどうかはなりゆき任せ? でもないか。ここにあるかもしれないわけだね、君の探しものが!」

「で、どれがいいのさ? これって首の後ろにブッ刺すやつだよね!! サイバ…ランドルフくんも穴あいてるの?」

手のひらサイズのホログラム投影装置をいじくり回して常世島の立体映像をぐるぐる回す。
おもちゃ箱の中に入ってしまったみたいな気分。見る人が見れば宝の山にちがいない。

橿原眞人 > 「……そんなところだ。すまねえな、詳しくは話せねえことなんだ。
 俺は、この島の電脳世界の海に消えた人を探してる。
 そのために、色々電脳世界に没入してるわけだ。だから、サイバーデッキが壊れた今はとても困ってる。
 ここは中古でも最新のものが揃ってると聞いてる。上手く直して改造してやれば、本来以上のパフォーマンスを発揮するはずだ」

「……いや、別に無理にランドルフって言わなくてもいいよ。
 サイバーメガネくんじゃどの道誰のことかわからねえだろ、普通は」

ホログラム投影装置を面白そうに弄んでいる涙を見つつ、眞人はサイバーデッキを眺めていく。
「いや、俺は脊髄の電脳化の手術はしてない。
 手術したほうがメリットもあるが……その分調べられた時に困る。生身のほうがいい。
 俺が使っているのは……こういうやつだ」
サイバーデッキの一つを取る。かなり小型化されたものだ。
小型の箱状の機器を見せる。それには平べったい皮膚電極のようなものが、コードと共にぶら下がっていた。
「これを頭に着けるわけだ。それで自分の精神を電脳世界に送る。
 没入率は当然、首の後ろにブッ挿したほうが高いけどな。
 とりあえずこれかな……オノ=センダイ社製の最新機種『ホサカ』だ」

三千歳 泪 > 「それもそうだね!! でもサイバーメガネくんはサイバーメガネくんしかないからサイバーメガネくんといえば君のことになるよ」
「名前は符丁みたいなものだから、君のことだってわかっちゃうのはよろしくない気がする! 君は世界で唯一のサイバーメガネくんなんだよ」
「もっと自覚を持ってほしいものですなー。それはさておき。探し人ね。どこで消えたかわかってないの?」

「オンラインのデータはかならずどこかのメインフレームなりデータセンターに存在してるはず」
「幽霊じゃないんだから、どうしても現実のどこかに置かれているはずなんだよ。それがこの島の中なんだよね?」
「じゃあ、その人がいなくなった時期におかしな動きをしたマシンを調べればいいんじゃないかな!」
「聞いていいことかどうかわからないけど、電脳世界に消えたってことは…身体はもしかして」

精神の消失。生命維持装置に繋がれたまま覚めない眠りを続けている可能性を考える。もっと悪い末路も頭をよぎってしまって。

「こっちの方がいいモデルだよ!! ほらここ、ナントカっていう数字が大きい! 壊れてるから安いしさ」
「このお値打ちプライスは共食い整備のパーツ取り用って感じかな。これにしようよランドルフくん。私なら直せそうな気がするんだよね」

橿原眞人 > 「やめろ! 何だがサイバーメガネがゲシュタルト崩壊してきそうだ!
 わ、わかったわかった。俺が無自覚だよ。ランドルフって言ってくれ。
 ……ああ、この前、その情報を手に入れた。どのみち、わからないだろうからいうけど」

「《ルルイエ領域》」

眞人は静かにそう言った。どこか禍々しい響きを持った名前。
師匠が最後の通信で、調べると言っていた場所だ。
そして、おそらく師匠はそこに消えた。

「ああ、俺もそれを考えてこの島の電脳世界に没入してる。
 だが……そう上手くはいかねえ。どうやら、ネットワークのかなり深い所にあるらしい。
 管理しているのが財団かもしれない。なら、そうやすやすとそのコンピューター自体を見つけることはできないだろう」

そして、師匠の体の事を言われると、首を横に振る。

 ……俺が探しているのは特別な人なんだ。信じられないと思うが……
 その人は、存在ごと、電脳世界に没入できる。つまり、肉体ごとだ。
 俺もいまだに仕組みはよくわからない。
 だがあの人は、自由に電脳世界を駆けて行けた。まるで生きてるようにな。
 だから、たぶん体はどこにもない。電脳世界に消えてしまったわけだ」

どこか、湿っぽい話になってしまった。師匠について、断片的にしろ人に話したのはこれが初めてだ。

「ん、ああ、確かにそっちの方がいいけど、壊れてちゃ……」
泪が指さしたほうを見る。確かに良いモデルだ。だが壊れてしまっている。
すぐに使いたいからと言おうとしたときである。
「……そうか。三千歳に頼めばいいな。……すまねえけど、頼めるか」
彼女が直してくれる、と言えばしばらく考えた後に頷く。
《直し屋》としての実力は確かなものだと眞人は思っている。この落第街でも顧客がいるほどだ。
泪の挿したサイバーデッキを手に取り、カウンターへと向かう。
ネオ=アーカムハウス社のサイバーデッキ『プロヴィデンス』だ。

三千歳 泪 > 「なるほど。ちゃんと調べたんだ。《ルルイエ領域》?」
「研究区のマシンだったらそれなりのセキュリティクリアランス渡されてるけど、たぶん足りないんだよね」
「その特別なスゴい人がわざわざ没入するくらい特別な場所。きっと普通の研究員レベルじゃ近づけないようなどこか」

「君もどこかへ消えちゃう危険性は十分にあるわけだけど、そのことだってよく考えたはず」
「私が気になるのはむしろ、そこまでしてその人を探さないといけない理由のほうかな」
「君にとって、その迷子ちゃんはどんな人だったの? 家族? 友達? 先生? それとも好きだった人?」
「けっこう真剣な話だよ、ランドルフくん。そのつながりが君を導いてくれるかもしれない。ご縁ってやつさ」

信頼されている。プロフェッショナルとして認められている。打てば響く感覚はいつも心地いいものだ。
だからこそ期待にはこたえ続けないといけない。その報酬がどんなものであれ、妥協は許されないのだから。

「名前がいいよね。プロヴィデンス。我は神意なり! 報酬はケーキバイキング一回。もちろん君のおごりでね!! よろしいかなランドルフくん」

橿原眞人 > 「その道の連中にとっては、都市伝説みたいな話でな。
 常世島のネットワークの深淵には、とんでもない情報があるって話だ。
 ただ、確認した奴は誰もいない。実在するかどうかも。
 ……だが、俺の探している人はそこにアタックをかけると言った後に、消えた。
 だから、普通の方法じゃまずたどり着けない場所だ。そんなところがネットワークの中にあるなんて俺も信じられなかったけど」

カウンターへと歩き出しながら話を続ける。

「……そうだな」
探している人がどんな人か、と聞かれると考え込むように。
「俺の先生だ。師匠だった人だ。電子の魔術師と呼ばれてた……。
 ……俺に家族はもういないけど、そうだな。言うとすれば……」

「家族だった。そして……。
 好き、だったかもしれない……」

僅かに目を伏せながら、呟いた。かつての時を思い出したためだ。
家族を失った眞人にとっての唯一の家族と言えば、師匠だけだった。
眞人はカウンターまで向かうと、店主にサイバーデッキを渡す。

「ああ、I am Providence……我は神意なり。なんだか強そうだしな。
 オッケー、実に良心的な《直し屋》だ。人気が出るのもわかるな。
 それじゃあ報酬はそれだ。もう一つ何かサービスしてやってもいいくらいだ」

店主に代金を現金で渡す。それなりの額だったが今は仕方がない。
店主は二人と何一つ言葉を交わさずに、商いを終えた。
特に二人の素性なども確認はされない。それがこの店のルールだった。
最初の関門、それさえを潜り抜ければ店は何も関知しないのだろう。

眞人はサイバーデッキ『プロヴィデンス』を受け取ると、それを鞄にしまった。

「よし……俺の用事はこれで終わりだ。プログラムとかは自分で組めるしな」

そういうと、奇怪な電子の色に覆われた店内から出る。

三千歳 泪 > 「その過去に決着をつけないと、君はいつまでも心残りをひきずり続けることになる」
「大切なお師匠さまで家族みたいな人。好きだったかもしれないあこがれの相手」
「今はどうなのさ? 気持ちはかわらない? 君が見ているその人は思い出の中で美化されてるかもしれない」
「でも君は探し続けるつもり。危険を承知の上で、リスクをおかして、手段を選ばすに見つけ出すつもりでいる」

「私は君になんて言うべきなのかな? 危ないからやめなよ? 見つかりっこないよ? どっちも違う感じがするんだ」
「探したいなら止めないよ! やりたいようにすればいい。私は君の背中をおしちゃうタイプの人間なんだよ」
「だって面白そうじゃんさー!! もしも君がしくじって、運悪く死んじゃったりしたら君のお墓に花束をそなえてあげる」
「おバカな命知らずがいたことも覚えておいてあげようと思うわけだよ。だから心置きなくやってみるといいんじゃないかな!」

連れ立って店を出る。三千歳だとか《直し屋》だとか、私の素性っぽいことガンガンいってたことには気づいてるのかな。
サイバーメガネくんてばけっこう天然なとこあるよね。ほっとけないなー。

「研究区に工房があるけど、そっち行く? それとも君のとこにお邪魔しよっか。どっちでもいいよ。君についてって機械を直すだけだから」

橿原眞人 > 「……打ち明けた相手が三千歳でよかったよ」
彼女の方を見て、僅かに微笑する。
「危ないから、そんなのは百も承知だ。
 見つかりっこないとしても、何としても見つけようとしてるんだからな。
 何としても俺は師匠を見つけ出す。俺に生きる意味を与えてくれた人だ。
 そしてもう、俺は家族を失いたくない……世界の真実を知らないまま、過ごすのは嫌だ。
 やめろと言われてやめるなら最初からそんなことしていない。
 だから、そうやって背中を押してくれる奴がいいんだ、三千歳」

「もし死んだ後に花を供えてくれるやつがいるってだけで、もう大丈夫だ。
 命知らずは命知らずなりに全力で、心置きなくやっていけるぜ。
 ――まあ、死ぬ気は毛頭ないけどな!」

彼女の冗談に笑いながら言う。ここ最近は連日電脳世界に潜りっぱなしだった。
やっと、現実に帰ってきた感じがあったように眞人は思った。
だが、自分の名前は隠していたにもかかわらず、店の中ではかなり三千歳だとか直し屋など喋ってしまっていた。
電脳世界では冷静なハッカーでも、現実世界ではこの調子であった。

「……そうだな。俺がいるのは男子寮だからな、ちょっと女子は入れづらい。
 そっちの工房で頼むわ。直し終わったら報酬ってことにするか」

三千歳 泪 > 「生きる意味を?」

彼にとっての生きる意味。語られた言葉をつなぎ合わせると浮かび上がるものに目を凝らしてみる。
家族の喪失。何らかの事件に遭って失われた絆。その痛みを師匠は癒し、彼を教え導いた。そして今の彼がここにいる。
大切な人を失って平静を保てる人は多くないはず。
時間が解決してくれる事もあるけれど、お師匠さまの失踪からあまり時間がたっていない様にも思える。
ふるさとの親のことを思うと胸がざわついてしまう。おとーさんとおかーさんに何かあったら、きっといてもたってもいられなくなる。

「そっか。君は強い子だね! 諦めなければ、いつか見つけられるかもしれない」
「もしかして、それもお師匠さまの教えかな? いいなー会ってみたいなー。君の好きな人。たぶん初恋の人!」
「好きってことは女の子だよね? ホモなの? 違う? 大丈夫。わかってるってば。で、可愛い人。それともきれいな人かな」

「それは会ってのお楽しみってね。じゃあ、こんなとこで油を売ってなんかいられない」
「行くぞランドルフくん! サービスしちゃうよー。なんたって君は命の恩人だからさ!!」

ランドルフくんの背中を押して、先に行ってとジェスチャーする。蓬山城の外に出られたら案内できるから、今だけはよろしくね!

ご案内:「蓬山城」から三千歳 泪さんが去りました。