2015/08/16 のログ
六連星 葵 >  
[〉雄弁になった彼に葵は目を丸くした。
[〉まるでその問いかけこそを欲していたようでもある。

「別に、僕は自分がアンドロイドであることに後悔はしてないから、悪く思わなくていいよ。
 んー、「人間は兵器じゃないのか」と言われたら、僕は違うっていうくらいしか、いえないよ。だって、僕らを作る必要があるから、作るんだしね」

[〉回答は至って蛋白だった。
[〉「望まれて生み出される」ということは即ち、それが造物主の要求条件である。

「もちろん、この学園にいる異能者は、例外だと思うけれど。人間だけど人間っていう枠組みを超えてる人、い~っぱいいるからね」

[〉その上でもう一つ、と葵は付け足す。

「これは母さんの受け売りだけど。
 『僕たちはまだ学生で、何者になるかを決めるにはまだ早い。やりたいことをきちんと決めてから巣立っても遅くはない』って、思うよ。
 特別か何者になるかは、その条件を満たしていたとしても、本人が自分で決めることだと思う。その先にあるのが凡人だったとしても」

[〉だから六連星 葵は陸上選手を志す。たとえ人間として評価されなくても、例え今アンドロイドのためのアスリートがないのだとしても。
[〉記録を無価値と言われても。その思想が彼女を陸上に駆り立てる。だから「彼女は自分の意思」を貫ける。
[〉その背中を支える人がいるから、その実感があるから、リビドーの問いにはっきりと答えられた。

リビドー >  
「へぇ。成る程な。あくまで『役割』よりも『被造物』であることが重要か。
 罪を犯した人間を罪人と云う様に、人を殺す機能を持つ機械を兵器と云う訳か。」

 一つ感嘆してみせれば、条件を咀嚼する。
 否定する事は無く、貪欲に飲み込むだろう。

「何れにせよ、それなら人が兵器だどうのこうのと話しても仕方がないか。
 必要が有るから生産された物、と言う観点では確かに機械であり、その属としての兵器ではあるのだからな。
 種族としての機械科 兵器属と職業としての兵器がはっきり認識されている以上、敢えて混同して語る事もない。
 全く、魔法使いを分類するみたいな話だ。」

 息を継ぎ、言葉を継ぐ。

「その上それすらもキミは最終的には本人が決めることで、学生の内から何者になるかを決めるのはまだ早いと云う。
 では、何者か分からないからと自分に納得していないエルピスの姿は正しいものであり、
 キミが不安に思う事ではないのではないかな?  
 それとも、その受け売りこそがエルピスに必要であるとキミは見る――と言いたいのかな。」

リビドー >  
「しかし、しゃぶしゃぶを突付きながらといえ長くなってしまったな。
 此れに答えてくれれば、今日の所はおしまい。
 いや、キミの聞きたい事が残っていればそれを聞くとしよう。
 エルピスが聞きたいであろう、機能や核心的な問題に触れる事は、避けている様だしさ。」

 何処か意地悪に、見透かしているかもしれないぜ?と言わんばかりに口元を釣り上げ、言葉を発する。
 ――余談であるが、そう見せているだけで外す事もある。その時は、あっさりとそれを認める。
   
「本当に元人間のサイボーグなのか、とか。彼記憶は本物なのか、とか。」

 そして、エルピスが既に答えを得ている事も知っている。
 事実を隠し、意地悪に笑う。

六連星 葵 >  
[〉エルピスが欲する答えがそこにある。
[〉その答えを持ち帰ればエルピスは喜ぶにせよ、悲しむにせよ。次のステップに行ける。
[〉教えてもらえるなら、と悩む。
[〉あの子はそれを拠り所にしている。それだけが彼女の便りなのだ。
[〉六連星 葵は違う。膝のアクチュエータのモーターが、一定の回転数の時微振動を起こすことを知っている。左上腕の人工筋肉の電位が、時々上がりすぎて変な引きつけを起こして痛くなることを知っている。訓練の時の事故でレーザー照射を直視してしまって、右目の色の識別感覚がおかしくなり、色盲気味になっているのを知っている。
[〉成長と摩耗。それに付随する記憶。その一致が葵の歩みを示している。
[〉だからだろうか。自分に不安はないのは。
[〉そしてだからだろう、エルピスという存在に、彼女が不安を抱えているのは。
[〉それが回答なのだ。それが彼女に必要なのだ。
[〉以前に彼女に落ち着かせるために言ったことと、結局は似た答えだ。
[〉肉をタレにたっぷりとつける。ようやく取り戻した食欲で、肉を持ち上げながら応える。

「ううん。僕は、聞かない。気になるけど、それを知って、だからエルピスに何かできるわけじゃないから。
 僕にできるのはエルピスの友達で居続けて、今の自分としての記憶をずっと持ち続けてもらうこと。そしたら、自分が変わっても、それを拠り所にできるから。
 好きな食べ物も、得意なカラオケの曲も。今のエルピスとして歩いたものしか、これからは生まれない。
 この肉を堪能するのだって今の体、でしょ?
 だから、僕は聞かないで、エルピスと仲良く付き合うだけで、いいよ」

[〉答え終わると、ぱくりと肉を食べた。自分の心の平静の実感は、肉の旨味を正しく理解できたことで得られた。
[〉この答えですら、単なる自己満足でしかない。情報を選り好みし、エルピスの望みを自らは握りつぶしている。
[〉でも、今はまだそれでいい。エルピスが過去と振り向くのは、彼女が自分を確立してからでも構わない。
[〉それがエルピスの友人として六連星 葵が出した答えだった。

リビドー >  
「ふむ。……それがキミの答えか。
 ……時間も時間だ。少しだけキミ達に意地悪するに留めよう。」

 葵を睨む事も、眼を細める事もしない。
 感情を気<け>取らせない様相で、口を開く。

「"今のエルピスとして歩いたものしか これからは生まれない"ってのは、嘘だな。
 ――もとい、キミにとってはそうかもしれないが、"彼にとっては決してそうではない"
 彼も頭が悪い訳ではないから意図は察するだろうが、その言葉を何度も言う事はお勧めしないな。
 ボクとしてはどう転ぼうが愉しいから構わないし、彼を機械<エルピス>として見るならそれがいいだろう。」

 そう言って、席を立つ。

「"エルピス"は"エルピス"でなかったからこそ、四肢を融かしたのだからな。事件の事でも、話の種に聞いてみるが良い。
 何にせよキミが真面目な風紀委員なら、不在中に起こった事件ぐらい把握しないと不味いだろう?」

六連星 葵 >  
「それじゃあ、エルピスになる前の記憶は本物なんだね」

[〉葵への答えへの意趣返しを含んでいるようでもある。嘘ではないだろう。
[〉それが聞ければ、今は十分だ。それ一つで付き合い方も変わるのだから。

「言うわけないよ、僕はエルピスに何かできるわけじゃないんだし」

[〉謙遜の気持ちを出しつつ、苦笑して手を振るう。

「うん。今度聞いてみるよ。ついでにこっぴどく怒らないいけないかな。エルピスとの模擬戦で腰を痛めた僕が言う筋合いじゃ、ないと思うけど」

[〉最後に慌ててイチゴミルクを煽り、リビドーと一緒に部屋を辞すだろうか。

リビドー >  
「嘘でも本当でも 過去は過去だ。
 調べれば一発で嘘だと分かる記憶や知識を用意しても仕方あるまい。
 レオナルド・ダ・ヴィンチは女だとか、ジュゼッペ・バルサモは女だとか、そう云う類の嘘だ。」

 "本当だった面白いかもしれないがな。"
 軽く冗句を叩いた後、一つ、鼻を鳴らす。
 

「何か出来る訳がない、ってのは傲慢だぜ。
 何かやらかす訳がない、と云う傲慢だ。ああ、とんでもない傲慢だ。
 金輪際付き合いを断つつもりでは、ないのだろう?」

 謙遜を咎める感情を確かに見せ、咎める。

「怒ったりするなら、尚更だ。何も出来ない存在なんて、殆ど無いものだよ。
 ……此処の支払いを3回する位の価値はあった。後は好きに食べて帰るといい。じゃあ、またな。」

ご案内:「しゃぶしゃぶ処「御龍亭」」からリビドーさんが去りました。
六連星 葵 >  
[〉変な人だった、と葵は思う。
[〉容姿がそうならここに呼びつけた理由も、この問答も。

「ま、でも。エルピスを悪くするような人では決してないってことがわかっただけでも、収穫かな?」

[〉エルピスはまだ逢える状況ではない。
[〉体調がよくなったら、改めて色々聞くべきだろうか。

「んん。でもいい人だった。今度はああいう緊迫感抜きで食べたいなぁ。鍋」

[〉にへらと口元が緩む。いや、本当に思慮に頭を回したせいで黙々と食べてしまったが、本当においしい店だった。
[〉ごちそうさまでした、とリビドーの去った方向に合掌を済ませた後、彼女は帰宅の途についたのであった。

ご案内:「常世学園没者墓苑」に薄野ツヅラさんが現れました。
薄野ツヅラ > 夏の絵日記を1頁切り抜いたようなありふれた夏の一日。
常世島の宗教施設群に存在する大規模な死者を弔うために建てられた墓苑。
常世学園没者墓苑。ありきたりなその墓苑に、夏に喧嘩を売るような服装の少女がかつり、と。
杖を鳴らして足を踏み入れた。

誰かを弔うための花も持たず。誰かを弔うための線香も持たずに。
ただ、己の身と普段から肌身離さず持ち歩いているポシェットとヘッドフォンに片手杖。
それだけを持って、陽炎揺らめく炎天下に訪れた。

静かな墓苑に、小さな溜息だけが零れた。

薄野ツヅラ > 賑やかな学生街や歓楽街とは対照的に、時間が止まったような。
静謐に満たされた、──いわば、この島のどこからも切り離されたような。
ただ、時間に置いて行かれているような不変の墓地に何処か安心感を覚えた。
自分がこの場にいるのを許容されたような。誰も拒むことはない。
───、拒む口も、拒む腕もない者の、地。

「………ッつい」

不機嫌そうに零れた言葉も残響反響。
此処に来たのに大した意味はなかった。日本古来の伝統である盆。
ちらほら人影を見掛けるかと思いきや、全く見かけることはなかった。
当然、死者に所縁のない学生は盆休みを満喫していることだろう。
一部の講座では授業が始まったと聞くがまだまだ夏季休暇が続く生徒も多い。

彼女もそんな夏季休暇──積極的な自主休校ばかりだが──を楽しんでいた。
はずだった。されど何の因果かふらりと足を運んだ。
公安委員会からこの墓苑の存在を聞かされたばかりだった、からかもしれない。

ご案内:「常世学園没者墓苑」に『室長補佐代理』さんが現れました。
『室長補佐代理』 >  
 
 

「意外なところで、意外な奴の顔をみたもんだな」
 
 


 

薄野ツヅラ > ゆらり、揺らめく陽炎のように聞こえたその声にふ、と振り返って。
されど見遣った先にあるのは陽炎なんかではなく地面に足をつけて立つ人間で。


「───。お互い様、ってやつじゃあないかしらぁ」


重苦しい黒色。真夏に暑苦しい服装。
じわり、滲んで夏に溶けだすような、黒。

『室長補佐代理』 > 「まぁ、そうかもな」

硬質な革靴の音を響かせて、これまた、真夏だというのに指定の制服を着込んだその男。
ネクタイまでしっかりと締めて、その男はツヅラの隣に歩み寄る。
真夏の日差しを受けてなお、逆光にて、その男の顔には影が落ちている。
互いに立つ墓標は……公安委員会の殉職者慰霊碑。
無数に立ち並ぶ石塔を眺めながら、左手にもった花束を揺らす。
 
「俺は向こうに用があるんだが、薄野も同じか?」
 
そういって、顎で示す先は墓苑の隅。
日陰にある、小さな墓標だ。 

薄野ツヅラ > 「……、別に」

暑さで不機嫌なのか、はたまた別の理由があるやら。
其れとも───、この墓苑の空気感に呑まれてしまっているからか。
普段の悪態も、炎天下の日差しの下では見る影もない。
ちらりと花束を一瞥して、すぐに視線を遠くに逸らす。

「用事はないわぁ、ただなんとなく来ただけ。
 そんな誰かの墓参りなんて高尚なものはする心算もなかった訳だし」

普段の間延びした口調も影を潜めて、ただ静かに言葉を紡ぐ。
かつん、と杖を鳴らしてまた一歩。
興味なさげに、男が示した墓標をちらりと見遣った。

『室長補佐代理』 > 「そうか。じゃあ、ここには散歩で来ただけということにしておいてやろう。
どうせ散歩なんだ。付き合え」
 
くつくつと笑みを浮かべて、伽藍洞の黒瞳を細める。
炎天下にもかかわらず、汗の一つもかかず、男はただ墓地を進む。
進み、そして見た先にあった墓標は、公安委員の慰霊碑。
小さな墓標が無数に立ち並ぶその一角。どれもこれも、名前などない。
調査部の人間では、それも珍しい事ではない。
名前が奪われる。それは、こういう仕事では、当たり前のことだ。
そのうち一つの墓標に献花をして、立ち上がる。
そして、ごそごそとポケットをまさぐると、中から出した線香とライターをツヅラに差し出す。
 
「つけろ」

薄野ツヅラ > 「……、」

返答はない。言葉を選ぶことすらもうだるような暑さの中では面倒だった。
笑う男に対して表情はなく、ぼんやりと。はたから見れば夏バテにでも見えるかもしれない。
線香とライターを包帯を巻いたままの左手で半ばぶん取るようにして受け取れば、
ゆっくりと杖に体重を掛け乍ら腰を下ろした。

「生憎しゃがむのすらも大変なんだけどぉ」

悪態をぽつり、溢す。
乱雑に杖を放って、膝をついて墓標に線香をあげる。
名前のない墓標が立ち並ぶ一角を前にして、ぼんやりと視線を動かした。
されど、それを見て表情に変化はなかった。

『室長補佐代理』 > 「俺は生憎片手が使えないんでな」
 
悪態にもいつも通りに返して、ただその様を見ている。
その墓標は、公安委員会調査部……その別室の墓標。
役職名すら刻まれてはいない。
ただ、簡素に『第二特別教室慰霊碑』とだけ書かれている。
それ以外、何もない。
男は線香が煙を発したのを確認してから、瞑目し、黙祷を捧げる。
 
「お前もやっとけ」
 
ツヅラの視線の先には、頓着もせずに。

薄野ツヅラ > いつも通り。ただありふれた墓参りの一幕。
一秒たりとも『普通』から逸れることはないその墓参り。
淡白な、一体どうしてこんな墓標で慰霊をできると思ったのか疑いたくなるほど淡白な。
ただの9文字だけが綴られた墓標を前に、どこか納得のいっていない、ような溜息をひとつ。

「───」

相も変わらず言葉は返さなかった。
言われなくても解っている、のかそれともしぶしぶやってやらんこともない、のか。
瞑目のあと、暫しの黙祷。
自分より前に同じ部署で同じ仕事をしていた名前も知らない誰かに、小さく祈りを捧げた。

暫くそうしていただろうか、ゆっくりと頭を上げて立ち上がる。
愛用の杖を片手に、ひとつの疑問と共に。


「……アンタ、自分がこうなったら、とか。想像の一つくらいしない訳ェ?」

 

『室長補佐代理』 > 「してるし、覚悟もできてる。遺書だってとっくの昔に書き終えてるどころか、定期的に更新してる有様だ」
 
黙祷を終えれば、何の感慨も籠っていない声色でそういって、墓標を見下ろす。
その瞳に相変わらず光はなく、口元に浮かぶ汚濁の笑みにも変わりはない。
それでも、墓標の前から動くわけでもなく、ただ、立ち尽くしたまま、その墓標に視線を注ぐ。
日陰に浮かぶ、黒と赤の装いが立ち並び、それを見下ろす。
ただ、墓苑に響くは、蝉の哭き声のみ。
 
「そういう薄野も、想像の一つもしたくなって此処にきたんじゃないのか?」
 
ちらりと、一瞥した先にあるのは……遥か墓苑の奥にある、犯罪者慰霊碑。
かつて、同僚であり……男にとって部下であり、ツヅラにとって上司であった者の名前は、そちらに刻まれている。

薄野ツヅラ > 「そりゃ随分と準備万端なもので」

はん、と鼻を鳴らした。
男と恋仲の女子生徒がいることも、その女子生徒も随分と男に絆されているのも知っていた。
男の為に自分に会いに普通の女子生徒が立ち入る場所じゃない存在しない街に足を踏み入れるくらいに、
心底男に心酔して、────好いているのも知っていた。
故に思わず、予想外に言葉は続いた。

「仕事だからって自分が死ぬのは納得いく訳……、
 残される側の気持ちとか、そんなのは全く関係ない訳ぇ?

 アンタだけじゃなくて。
 アンタの周りの人間にも同じ覚悟をさせることも、知ってて言ってるのかしらぁ?
 自分は仕事だって割り切れるかもしれないけど残された人は?」

堰を切ったように言葉が零れた。

「遺された人の気持ちはどうなる訳?
 口では大丈夫、って言ってたとしても、割り切ってる素振りを見せてても。
 どっか心の深いとこでは納得なんて、できないんじゃ、ないの────………」

頭が熱くなるのを感じた。
黙るべきだ、とは明らかに解っていた。
最早八つ当たりのような其れを男に向けるのは筋違いだ、というのも解っていた。
されど、言葉は止められなかった。

「そんな想像、出来ないに決まってるじゃない。
 絶対、ゼッタイにボクは公安委員会なんかの為に死んでやらない」

溜息交じりにひとつ。
男が視線を別所に移したのに気付けば、彼女もそれを追うようにして視線を移した。

『室長補佐代理』 > ツヅラのその吐露を、男はただ聞いていた。
そちらを向くこともなく、ただ墓標に視線を落とし、一瞥すらせず、嘆きにも似たその言葉を聞く。
溢れ出す言葉はそれ以上に溢れる蝉の絶叫に掻き消され、墓所に響くことはない。
ただ、目前にいる男にだけその言葉は叩き付けられる。
夏の日差しに塗り潰された打擲を受けて尚、男はただ、口元だけで笑うのみ。
ツヅラの訴えが溜息で締めくくられ、漸く視線が同じ向きに向いてから、男は口を開いた。
 
「俺が死んだ後のことなんざ、俺が知るかよ」
 
ただ、冷徹にそう、呟く。
 
「死は結果だ。納得も、献身も、関係ない。死んだらそれまでだ。
死は終焉で、虚無だ。それ以上でもそれ以下でもない。
そこに意味を求める事自体、生者の幻想と傲慢でしかない。
そこで『それでも』と嘆くのなら、ネクロマンサーにでも転職したほうがいいだろうな。
ともかく、俺は、死には何の期待も、何の価値も、抱いていない」
 
熱もなく、色もなく。
ただ、答える。なんでもないように。
聞かれたから答えた。
ただ、それだけとでもいうように。
 
「だからこそ……遠ざける為に、覚悟している。『死なないために』な。それだけのことだ」

ただ、ごく短く、答えを述べた。
 
「死は待ってくれないぞ。いつだって誰のお構いも無しに突然現れる、それが死だ。
薄野。それがわかった上で……『想像できない』とお前はまだ駄々を捏ねるのか?」

ご案内:「常世学園没者墓苑」に『室長補佐代理』さんが現れました。
薄野ツヅラ > 「最ッ低………、あァ、ボクからしたら最低、ってだけ」

そんな暴言が、ただ地面に叩きつけられた。
ある意味当然の言葉だった。死んだ後のことを如何こう嘆いたところで如何にもならない。
そんな当たり前且つ紛れもない事実を前にして、彼女はただ俯くことしかできなかった。
熱を孕んだ言葉も、真夏の暑さには勝てなかったように。
その蝉の絶叫に悲痛な叫びは掻き消されるように。
ただただ当然のように夏が過ぎていく。それは彼女には、永遠永劫にしか感じられなかった。

「だとしても、死んだ後のことを気にする人のことを考えられないの?
 終焉でも虚無でもなんでもいい。ただ、あの広報部。
 あの子を一人にさせることになにも思わない訳──……?
 
 友人がいる、とかそんなチープな回答はしなくていい。
 ただ、『室長補佐代理』はそれでいいかもしれないけど、朱堂緑は。それで納得がいってンの」

最早理論もなにもない。ただの感情論。
意味も最早見出せない、ただ幼い子供が泣きじゃくるのと同じような。

「死に行きついたのが結果、っていうならまだ解る。
 そこに行きつく前にどうにかしようとか、どうにかできないかもがくのは生者の特権じゃない訳ぇ?

 ただ結果を、結果を如何にか変えようと。結果があるなら理由もある筈。
 その理由を捻じ曲げようとは、思えないの──……

 覚悟なんかじゃなくて、もっと直接的な何かを。
 もっとその結果から離れられるように努力しようとは思わない訳ッ」

公安委員会をやめる、とか──、と。
勢いのままに吐き出しかけた言葉は飲みこまれた。
が。飲みこんだも、ひどい咳を繰り返す。激情を呑むことは出来ないように、軽くえづきながら。

「そんな不条理。
 そんな悪平等な話、受け入れたくない。受け入れらんない。
 ボクが随分と甘い思考をしてるのは解ってる。解ってるけど」

「想像したくないんだ」、と。縋るように呟いた。

『室長補佐代理』 > 男は、それもまた、ただ聞いていた。
口を差し挟むこともなく、目を見ることもなく、ただ、聞いていた。
蝉の音の洪水の中、ただ吐露されるその激情を受けていた。
夏の日差しの中、一陣の風が吹く。
微かに木の葉が揺れ、葉のざわめきが互いの頬を撫でていく。
それでも、辺りの熱気が冷めやらぬのは、夏のせいか。叫びのせいか。
咳き込むツヅラのえづきにも、男は反応を返さない。
ただ、またツヅラが締めくくるのをまってから、深く溜息をついて、返答を始めた。

「そんなのはな。直接的に考えて、想っているからこそだ」
 
その言葉にも、また、淡々と答える。
ただ、墓標だけに視線を注ぎながら。

「どうにか抗い、どうにかもがき。
どうにか『一人』にさせないために朱堂緑は『室長補佐代理』をやっている。
これは、それだけのことだ。
俺は、死にたくない。
『一度でも公安委員をやった』以上、あらゆる意味で都合が良い選択が、今の選択ってだけの話だ。
それは、お前も想像しとけ」
 
そして、また深く深く。
一度だけ、溜息をついてから、その言葉を放つ。
 
「『元』上司と、『公安委員会』という組織の『在り方』を忘れていないのならな」
 

薄野ツヅラ > ゼエ、と息を荒げた。
ただひたすらに吐き出されていた激情も深呼吸でその勢いを殺した。
こめかみを抑え、ただひゅうひゅうと喉を鳴らす音だけが鳴る。
鳴るも、そんなものは既に夏に飲みこまれていた。
流れる時間に、流れる季節に、動く街に人間一人が慟哭したところで。
街は、時間は。何をすることもなく、少しだって変わりやしない。

「───、」

言葉は綴れなかった。
弱くて、誰かに縋らないと生きていけなくて。
誰かに、何かに依存しないとろくに呼吸もできない彼女は何をすることも出来ない。
されど、それは安堵するように。

「よかった」

「───、死にたくないなら、よかった」

ふと、呟いた。
彼が死を前にして不遜な態度をとっていても。
彼が死を結果として無為に受け入れる、ということじゃないのがわかって。
つい、元広報部の誰かに感情移入してしまって。
溜息をひとつ、洩らした。

はあ、と再度しゃがみ込んで暫く深呼吸をいくつか。
暫く落ち着くまで無言でただ両目を擦って。

「………、考えられるように、」

「なるのかな」、と。吹き込んだ風にその独白はただ、飲みこまれた。

『室長補佐代理』 > 「……なれなけりゃ、死ぬだけだ」
 
流れ、飲まれ、消える筈だった独白にも、冷徹に公安委員は答え、踵を返す。
線香の火が消え、献花に虫が集る。
生けるそれらにとって、それらに『モノ』以上の意味はない。
そう、冷淡に言い放つが如く、それらはだた花に集る。
ただ、生きる為に。
夏の日差しの中、両目を瞑る少女を背に、男は言葉を投げかける。
 
「そこ以外の墓にはいくなよ。特に、納骨堂付近の墓にはな」

遠く離れた、納骨堂。
彼方に見えるそこの近くには無数の慰霊碑が並んでいる。
かつて、常世島で犯罪や……叛逆を犯した者たちの慰霊碑が。
男とツヅラの共通の知人である『誰か』の、慰霊碑が。
僅かに厳めしい声色で、男は囁く。

「俺達が……調査部別室が顔をだしてもいいのは、ここまでだぜ」
 
厳めしく、命ずるかのような声色。
その言葉は、振り返ることもなく、ただ。静かに投げ掛けられる。
これ以上距離が離れれば蝉の哭き声で掻き消されるその声は、ただ、ツヅラにだけ届いた。

薄野ツヅラ > 死ぬだけ。
そんな当たり前のことを当たり前のように言う上司も、いつもと何も変わらない。
自分が幾ら激昂しようが、幾ら叫ぼうが変わらない。
ただ冷淡であれど、まっすぐに自分の言葉に耳を傾けてくれる。
追いかけるだけだった街も、人も。
ただ振り向いて声を聴いてくれたのは彼だけだった。

「………、うん」

小さく言葉を洩らす。
それは聞こえていたかどうかも定かではない。
珍しく、実に珍しく、彼女が素直に、誰かの前で強がらなかった瞬間だったのかもしれない。
それを聞いていたのは、蝉と、それから誰のものかわからない慰霊碑のみ。
それと───、男だけ。

「知ってる。絶対、ゼッタイあんな死に方はしたくない。
 ───、死ぬのは怖いから。あの人みたいなことは絶対、しないし繰り返させない」

ゆらり。幽鬼の如く、杖を片手にふらりと踵を返した。

『室長補佐代理』 > 「わかってるなら、それでいい」
 
それだけ、男は返答して、ゆっくりと墓苑を後にする。
ただ、いつも通りに。いつものまま、ツヅラのそう返事をして、先を歩く。
滲む柱の、影のように。
向かう先は今だけは同じで、今だけは変わらない。
ただ男はあるき、進む。
それ以外に、どうせ出来ることもないと、暗に示すかのように。
 
ただ、進んだ。
 
いつもように、その背に声をうけて。ただ、静かに。

ご案内:「常世学園没者墓苑」から『室長補佐代理』さんが去りました。
薄野ツヅラ > 男の背を追うように。
黒々とした男の影に身を潜めるようにして、ただ後ろを歩く。

遠くに見える納骨堂をちらり、と一瞥する。
進む時間の中で、蠢く街の中で置いて行かれた、その誰かを一瞬だけ弔うように。
一瞬だけ、目を瞑った。

───、墓苑を出れば、また街は動き出す。
その波に呑まれようとも、必死にもがこうと。
こそり、胸中でひとつ物思いを巡らせた。

ご案内:「常世学園没者墓苑」から薄野ツヅラさんが去りました。