《大変容》
「門」だ、「門」が開いた。そして光が溢れてきた。
私は、私の信じてきた全てを打ち砕く光を見た。
――《大変容》に伴う災異によって死した「科学者」の最期の証言記録
《大変容》とは、21世紀、「地球」の新世紀の始まりと共に起こった「地球」規模の大変化/大災害の総称、あるいはその起因である。現在でもその原因は不明である。《大変容》とは21世紀初頭に起こったことを指す言葉の代表格であり、同じ現象を指す言葉として、《大崩壊》《終末》《大洪水》《新生》《黎明》《夜明け》《大復活》《大帰還》《流出》《新天新地の創造》《星辰が上古のものに戻りし時》《ア・バオ・ア・クゥーの登頂》などがある。その理由は、《大変容》以前に置かれていた立場によって、《大変容》に対する理解が異なる故である。ここでは基本的に「地球」側での呼称の《大変容》を用いる。
この《大変容》により、「地球」の近代文明が築き上げてきた唯物的な世界観は一転することとなる。「地球」の近代文明においては、「魔術」「異能」「神性」「異世界」というものは架空の存在、あるいは観念上の存在であるとされたきた。都市伝説や噂として押し込められてきた。(これからの記述を読む際に、魔術や異能が当然の世界からこの「地球」へと訪れた「異邦人」は、かつての「地球」がこのようであったということを予め理解しておくと良いだろう。)
近代文明において否定されてきた現象や存在は、実は「地球」に存在していたものであった。それらは遥か過去に世界を去り、あるいは歴史の表舞台から消え/消され、あるいは彼ら自身によって秘匿された。巧妙にそれらは隠され、作り変えられ、神話的・伝説的な存在は神話・伝承として人々の間に伝えられた。「魔術」や「異能」は与太話や冗談の類として。僅かに魔術を伝える者達によって、世界の裏側で存在し続けるのみだった。
神や悪魔、妖怪と呼ばれた神話的・伝説的存在は遥か過去に異界へと去り、あるいは人の前から姿を消し、「魔術」「異能」を使う人間は世界の裏側へと消え、人類の調和と秩序の歴史の影にそれらは埋没した。隠された物が一度歴史の上に現れようとしても、それらは巧妙に隠され、人々の笑い話の中へと消えていった。「地球」の人類には科学の灯りのもとに、万物の霊長としての繁栄が約束された。しかし、これらの観念は《大変容》によって打ち砕かれることとなった。
近代文明が、人類の理性が、「非現実」としたものが「現実」となって姿を現したためである。それこそが、《大変容》であった。《大変容》が《大復活》と呼ばれる所以はここにある。歴史の影に、世界の中に埋没していた存在が現世に「復活」を遂げたためである。神性や異能者・魔術師にからすれば、それは「復活」といえることもあるだろう。
異世界において同種の現象が起こったかどうかについてはここでは述べない。あくまで「地球」の《大変容》について述べる。
《大変容》により「地球」に起こった様々な変化・災異はほぼ同時であったと推測される。それらの中で代表的なものを列挙すれば、以下のようになる。《大変容》にて起こった「地球」の変化はあまりにも膨大であり、それら全てを列挙することは不可能といえる。
一つに、「異能」の大規模発現。
「超能力」「エスパー」などと呼ばれる、人間に発現する特殊な能力の総称を「異能」という。「異能」は現実に人間が用いる実在する力であったが、《大変容》以前の地球では、ペテンの類として扱われていた。それは、「異能」が発現する人間の数が人類の総数に大してあまりに少なく、さらには真実の「異能」はそれを用いるものによって隠されていたためであった。
しかし、《大変容》によってそれは一変する。突如、若年層を始めとした多くの人間に「異能」が覚醒したのである。多くの人間はこれを制御する術を知らず、「異能」の暴発・暴走により大きな混乱と被害が齎された。発現者数が《大変容》以前と比べ物にならないほど増加した明確な理由は今以て不明である。だが、その理由を上げるとするならば、《大変容》ということになる。
一つに、「魔術」の露見。
「魔法」「法術」「呪術」――その呼び名や体系は様々なものがあるが、いわゆる「魔術」というものもまた、地球上に存在していた。文化や宗教によって呼称などは異なるが、「魔術」の家、あるいは師弟関係、コミュニティによってそれらは様々な形で伝えられ、人類の歴史の影で密やかにその秘密を後世に繋いでいた。「魔術」はそれ自体が秘術とされ、安易に他者に伝えられることは殆ど無かった。なぜならば、それは「人間」には本来過ぎた力、破滅の力を呼び起こすこともあったためである。「魔術」が白日の下に晒されるなどは、近代文明の内にはありえないはずであった。
しかし、それは《大変容》と共に白日の下にさらされることとなった。「何者か」によって、ネットワークを中心として「魔術」の存在が暴露されたのだ。その「何者か」は不明であり、魔術の復活を望んだ魔術師とも、「門」を通ってやってきた異界の存在とも、多くの説があるが、どれも確証はない。「魔術」の存在を暴露したという内容も、《大変容》の混乱のために記録されず、謎に満ちているといえる。
後述する異界の「門」の出現、異界の存在の到来などに対応し、戦いを挑む事ができたのは「魔術師」たちであり、これによって「魔術」の存在は一気に表の世界の人々に認知されていくこととなった。
一つに、異界の「門」の出現。
上記の変化だけには留まらず、地球の時空が歪み、「地球上」のあらゆる場所に、異界の「門」が出現した。これは、「地球」の人々に、世界が変わってしまったと納得させるのに十分すぎるほどの効果を齎した。異界の存在を証明すると共に、遥か過去に彼方へと去った神話的存在が「地球」に再び「門」を通って出現したのである。これを特に《復活》と呼ぶ。あるいは《帰還》とも。(地球に元から存在した神話的・伝説的存在の全てが異界に去っていたわけではない。地球に留まっていた存在もあったが、《大変容》の時までは人の世界に大きく出現することがなかったのである。強い力を失っていた存在もいたとの報告もある。《大変容》によってそれらは力を取り戻し、「復活」したのである。)
更に、異世界の存在も「門」を通って「地球」へと訪れるようになった。彼らは「異邦人」と呼ばれ、「地球」側からすれば、マレビトであった。お伽話に伝えられるような存在が次々に「地球」へと招来し、「地球」側の人間は大いに混乱した。「異邦人」側でも事態を飲み込めないものも多く、この唐突な召喚は、戦乱の火種となっていった。「異邦人」の多くは自らの意志で「地球」に来たわけではなかったのだ。《大変容》以後、両者の間では戦争が起こるようになる。
そして、異界の「門」は人類にとっての脅威すらも「地球」へと案内した。それらは、神話的・伝説的存在を含めた異界の脅威であった。ドラゴンなどの架空のものと思われていた存在が「地球」へと現れ、街や人を襲った。当然軍隊などが出動してこれに当たったものの、大した成果は上げられずに、「魔術師」や「異能使い」が表に立って異界の脅威と戦うこととなった。異界の脅威と「異邦人」との違いは必ずしも明確ではないが、ある程度の文明や文化を持ち、「地球」人類との交流が可能な存在が「異邦人」と呼ばれる事が多い。いわゆる「ヒト」というものの定義の問題にも関わるが、ここでは深く触れない。
「門」の形状は様々であり、一見して「門」や「扉」であるとわかるようなものから、「穴」「鏡」「本」「壺」など、一見すれば「門」とはわからないようなものまで異世界へ続く「門」となった。「門」は非常に不安定な存在であり、対象を送り出すと即座に消えてしまう場合がほとんどであった。ただ、《大変容》の中でも特に有名な「門」はいくつか存在している。イギリスのダースベリーやオックスフォード、ギルフォードに出現した「ウサギ穴」、アメリカのカンザスに出現した「大竜巻」、プロヴィデンスの「虚空の門」、アーカムの「蛇の巣」、日本の出雲地方の「黄泉の坂・黄泉の穴」、ドイツのとある古書店にて売られていた「あかがね色の本」、月面の「モノリス」などが確認されており、これらは《大変容》直後の地球や月面において様々な現象を引き起こしたとされる。正確な記録が殆ど残っていないため、詳細などは不明な点が多い。これらの「門」は既に消滅している。
異界の「門」の影響は大きく、現在もなお様々な事物を「地球」へと繋げ、様々な現象を引き起こす切欠となっている。未だなお、安定して「門」を人為的に開くことや操ることは可能になっていない。一部組織などが「門」の解放に成功したとの報告もあるが、確証がなく、更なる調査が必要である。現在は、「門」の活動も落ち着きを見せ始め、《大変容》直後のような災禍を齎すことは少なくなり始めている。
一つに、様々な災異の発生。
《大変容》は上記のような、かつての「地球」では想像すらされなかった現象が次々に発生し、「地球」は大混乱に陥った。それだけでも既に各国政府の対応できる限界を超えていたが、それ輪をかけるように、「地球」上の様々な場所で災異・怪現象が発生し始めていた。これらの現象は、「地球」の神話や伝説、物語などを彷彿させるようなものが多かったため、「神話型」「物語型」と分類されることとなる。ただこれもあくまで便宜上のものである。実際にそれら「神話」に登場した神性が関わっていたのか、それとも人々の思念が具現化したものなのか、魔術によるものなのか異能によるものなのか、「門」の影響のためか、現在からでは確認ができない。
規模としてはごく小さなものから、巨大な街そのものを異界と化すなど非常に幅が広いものである。現在、《大変容》直後に起こったような大規模な災異の発生例は僅少となっているものの、同時に発生例も報告されている。「常世島」の転移荒野は現在でも時空が不安定な状態にあるため、これらの現象が起きる可能性は今なお高い。
《大変容》直後の代表的な災異は以下の様な物がある。あくまで現象の内容が似た神話や物語から取った名称であり、実際にその神話や物語との関係は不明である。また、「地球」の神話伝承だけでなく、「異邦人」の神話伝承に基づく命名も行われたことがある。また上記二つの分類が明確にはできないものや、上記の分類には当てはまらない災異も発生した。さらにはこのような分類に意味があるのかという疑問も投げかけられたが、《大変容》直後に起こった災異の多くを分類することは概ねの賛意を得ていると言っていいだろう。
その他にも異世界の一部が転移するなどの現象も頻発した。ただし、一国全てが崩壊してしまうような大規模な世界転移は確認されていない。
これら災異・現象の直接の原因は不明であるが、《大変容》が切欠なのは明らかであった。
【神話型】
日本国『岩戸隠れ』、中東『黙示録』、
北欧『神々の黄昏』、発生場所不明『<運命の鳥>』、
地球全土『呼び声』等
【物語型】
イギリス『不思議の国』、『闇の紀元』、海洋『有角の巨大クジラ』、
ドイツ『望みを統べたもう金の瞳の君』、あるいは『はてしない物語』、
日本国『かがやく月の宮』、『胎児の夢』、アメリカ『電流戦争』、『大いなる魔法使い』等
これらの災異や現象が世界の到るところで巻き起こった。上記したように、これらの諸現象は「地球」の近代文明ではありえない・架空のものとされてきたものであった。これらの諸現象により「地球」には未曾有の混乱が齎された。《大変容》直後は、「地球」側の混乱、地球・月周辺の時空の歪み、さらにこれらの諸現象を発端とした「戦争」「内紛」などにより、情報が錯綜し、正確な記録が取られた例が殆ど存在しない。現在から過去を検証する実験においても、過去の「時空の歪み」のために過去の事象を正確に観測することが非常に困難であったため、これらの災異・現象についてはこれまで多くが不明であった。ある一定の場所では時間の流れがそこだけ異なっていたというような例もあり、検証は困難を極めた。
これらの理由のため、さらには世界の復興のために多くの力が注がれたため、これまで《大変容》とそれに伴う災異・現象についての調査研究が体系的に行われることは一部を除いてごくわずかであったといえる。本財団は《大変容》直後から諸現象についての調査などを行っていたため、ある程度の記録は存在しており、それを元にした研究成果も存在する。このデータベースは、その調査研究の成果を公開するための場所である。
現在、「地球」の新たな秩序が形成されつつあり、混乱も収拾の時を迎えようとしている。そのため、《大変容》についての研究も本財団以外にも多く行われるようになり、新たな事実も明らかになってきている。現在公開している「常世財団公開文書」には、これら新しい研究成果を鑑みて、一部記述を改めたところも存在する。新事実が明らかになれば、その都度改訂を行う予定である。
このデータベースは、彼の《大変容》を乗り越え、新たな秩序のもと再生を迎え始めた世界に誕生した、《大変容》を知らない世代や異邦人のために公開している。未来を担う「常世学園」の学生にまずこれを公開したのは、《大変容》のことを知り、世界の秩序の形成の先鋒、モデルケースとなってもらいたいという理由が存在する。《大変容》以前に常識だと思われていた価値観・科学が破壊され、今なおそれを飲み込むことのできないものたちも多く存在し、それと《大変容》による変化を受け入れた者たちとの対立。異能や魔術を使うことのできるものとそうでないものとの対立。「地球」の人類と異邦人、異世界との交流と対立。それらの問題は現在では減りつつあるとはいえ、決定的な解決には至っていない。
諸君にはあまりに重い課題かも知れない。しかし、この研究成果を知ることにより、我が学園の理念の本懐を遂げることをどうかお願いしたい。世界は、この「常世学園」を未来の一つの形の例示として、希望として、注視しつづけている。