1.世界の《大変容》と「復活」

 ――世界には、魔術も超能力も、実在していた。

 魔術を行使するものたち、魔術師と呼ばれる者たち、超常の力を持つ者たち。
 神も悪魔も、龍も妖精も妖怪も、神話の中の存在、そして異界さえも、存在していた。
 しかし、「それ」ら魔術や超能力は巧妙に隠され、超常の存在は異界の彼方へと消え、神話や伝説へと姿を変えていった。
 「それ」が実在しているということを知っている人間は、世界にほんのわずかしかいなかった。
 たとえ発覚しそうになっても、それらは与太話や都市伝説の類に終わり、真に「それ」が姿を現すことはなかった。
 世界には、調和と秩序が満ち満ちていた。人の歴史の影に、「それ」らは埋没する。

 あの時が来るまでは――

 21世紀、新世紀の始まりと共に、「それ」らは復活を遂げた。非現実な存在を知る者たちが必死に隠し通してきた真実が、突如世界にさらけ出された。
 若者を中心にしていわゆる「異能」――特殊な超能力に目覚める者たちが現れ始めた。
 それは何も特殊な立場の人間だけではない。普通の一般人にも、突如そのような能力が目覚め始めたのだ。その理由は様々だった。
 そして、時を同じくして、ネットワークを中心にして「魔術」の存在が人々へと暴露されはじめた。
 何者がそれを行ったのかはいまだ明らかではない。だが、「魔術」も「超能力」も、現実の存在として復活を遂げた。都市伝説や噂話では終わらない。
 次に、異界の存在たちが、突如現実世界に出現しはじめた。
 異界の彼方へと去ったはずの者たちがこの世へと帰還したのだ。異界の「門」が開き、それらは地球上へと再び舞い降りた。
 さらに、それだけではなかった。世界の至るところに出現した異界の「門」は様々な異世界、並行世界へと繋がっていた。
 異世界の住人、「異邦人」「マレビト」の到来であった。そして、彼らの多くは元の世界へ帰る術を持っていなかった。

 世界は、混迷と混乱、混沌に満ち満ちていった――

 世界の変容/世界の崩壊/世界の新生
 「魔術」と「異能」が公然と姿を現し、異界の「門」が開き、「異邦人」が到来し、
 神話と伝説に彩られた、架空のものとされた神性・妖怪・魔物、あるいは「超能力」や「魔術」が《復活》を遂げた――

 ――それらの発生・出現・芽生え・復活は、後に《大変容》と呼ばれる。そして、それらは新世界の到来を意味していた。

 相次ぐ「魔術」と「異能」の発覚と覚醒、神話や伝説の復活、異界の住人達の訪れ――それらに、既存の国家は対応することができなかった。
 「人」だけで保っていた世界の秩序はあえなく崩壊し、世界は暗雲に包まれた。
 「魔術」や「異能」を巡る混乱と争い、神話や伝説上の存在たちの脅威、そして異なる世界からやって来た来訪者たち。
 多くの戦争が起こり、多くの血が流され、その混乱は止まるところをしらなかった。
 新世紀にして、世界は世紀末の、黙示録の時を迎えたかに見えた。

 

2.「常世学園」創立

 21世紀初頭の《大変容》――21世紀初頭の諸現象の呼称については様々なものがある。《大変容》はその代表――と呼ばれる混乱、
 「恐怖の大王」はまさに降臨したのかと騒がれた時より数十年後。
 世界には再び秩序が形成されつつあった。魔術の学習や異能への科学的なアプローチ、謎を解明する努力が始まった。
 異能を制御し、魔術を習得し、迫る脅威へと対抗する力を人類は身につけつつあった。
 異世界への存在との接触も始まり、帰る場所を失った彼らへの対応も世界で議論が始まるようになった。
 既に世界はかつてのような「人」だけの世界ではなくなった。世界は変容してしまった。
 世界の国家も人々も、変化を認めて受け入れざるを得なかった。
 しかし、かといって魔術や異能などの事象と既存の人間の文化や社会を統合し、秩序として再構成することは容易ではなかった。
 どこかの国が先鞭をつけ、ひとつの「モデル」を作ることを、どこの国もが求めていた。

 そこに、一つの可能性が現れた。
 その可能性とは、21世紀の始まりの《大変容》以前から、「魔術」や「異能」、神話や伝説上の存在、
 異界の存在たちを研究し続けていたと自称する団体の出現であった。
 その名は「常世財団」――魔術や異能を研究し行使する者たちやさらには異界の存在すらも抱え込む組織だった。
 突如として現れたその組織は、その組織機構や総帥、出自など不明な点があまりに多く、世界の国々は当然不信感を抱いた。
 しかし、「常世財団」は今まで世界が知らなかった魔術や異能の知識、その制御技術を世界にもたらした。
 異世界の知識をもたらし、その住民たちへの交渉などを行って見せた。
 それは明らかに今のどの国よりも進んだものであった。世界は謎の「常世財団」の力を認めざるを得なかった。
 そして、「常世財団」は世界の国々に一つの提案をした。それは世界が求めていた「モデル」の提供だった。
 「常世財団」の所有する、日本近海に浮かぶ巨大な無人島。「常世島」と呼ばれるそこに、「モデル」となる都市の建設をするというのだった。
 「常世財団」の持つ、世界の変容への対処能力とその技術を用い、地球の人間の社会と魔術、異能、異界の存在の融和する「モデル都市」を作ることを財団は申し立てた。
 異能者や魔術を使う者、異界の存在などを「常世島」という巨大な島を一つの都市に作り変え、そこに彼らを集める。
 そこで、将来世界が取るべき社会のシステム、異能や魔術との融和、異世界の住民の扱い、それらを試行錯誤しようというのである。
 さらに、「常世島」でそれらの研究を行い、異能者などには異能の制御の方法を学ばせ、異世界の住民にはこの世界の事を教えていく。
 そのようにして今後の世界の秩序の回復に活かそうというのであった。
 「常世財団」という実態のわからない組織のいうことであっても、世界は彼らの力を目の当たりにしていた。
 何より、世界はこの厄介事を早く鎮めたいのであり、世界の国々や人々は「常世財団」にすがるほかなかった。

 ――そうして、国連は将来世界の国々が取るべきモデル都市の建設を「常世島」で行うことを可決した。
 異能と魔術、異世界の存在、それらが融和していく都市。学び、研究し、人間が制御できる技術として身につけていくための場所。
 その都市の建設は、まるであらかじめ計画されていたかのように迅速に行われ、驚くべき速さでそれは完成した。
 「常世財団」は「常世島」の都市をこう名付けた。

 異能学園都市“常世”――すなわち。
 「常世学園」と。

 

3.「常世学園」の繁栄――そして、現在

 こうして、「常世学園」は創立の時を迎えた。
 日本近海、太平洋上に浮かぶ巨大な無人島は今や巨大な学園都市となった。
 「学園」という形態を取ったのは、この都市が異能や魔術、異世界の住人とこの世界が融和していくための学びの場であるためであった。
 また、学園として運営することによって島の住民の把握などを行いやすくするためでもあった。
 「常世学園」は一つの疑似社会であり、一つの国家ともいえる場所となった。学園内の経済活動や運営などは、住民である学生が行うのである。
 これは、学園が未来のモデル都市として作られたために、当然のことであった。

 学園が創立されるや否や、世界の至る場所から学生たちが集まり始めた。
 自らやってくるものや、半ば厄介払いのように学園へと連れてこられるもの、それは様々だった。中には正規の手続きを取らずに住みつく者たちもいた。
 しかし、何にせよ「常世学園」は始動を始めた。多くの学生や教師が集まり、一つの巨大な学園都市が動き出したのだ。
 異能の制御や魔術の修得、それらの研究、異世界の住民はこの世界を知るためになど、学ぶために入学したものを学生、生徒と呼ぶ。
 そして、その生徒への授業、指導を行うのが教師である。魔術や異能の制御に長けた者、この世界をよく知る異界の者などがこれに従事する。
 教師は「常世財団」の者だけではなく、学園の外からも集められた。異能などの研究を主に行うものなども積極的に集められた。
 学生や教師、あるいはその他の住民が織りなす「常世学園」は、一つの独立した都市として、繁栄を始めた。
 性別年齢種族、異能を持つ持たぬ、魔術を使う使わぬ、この世界の者異世界の者、それらに差別はなく平等であるという標榜のもとに――

 それから十数年が経ち、「常世学園」の運営は安定し、盤石なものとなりつつあった。
 毎年、入学や編入者は増え続け、学園は発展を続けている。
 しかし、学園や世界の問題がなくなったわけではない。一つの都市として、様々な問題も生まれつつあった。
 異能や魔術犯罪を行う者、増える異世界の者たち、異世界とこの世界の者の亀裂、異能を持たぬことで悩む者、謎めいた学園の暗部――
 そのような問題を孕みつつも、明るく楽しく学園生活を送る者たちもいた。その逆もいた。
 この混沌とした世界の縮図として、この学園はあろうとしていた。様々な問題があるのは、どこの世界でも同じである。
 そして、その中で人々は生きていく。様々な出来事や事件を繰り返しながら。

 「常世学園」の日々は、今も続いている――